四十三幕 星の巡り

 

 ジャズに聞いた話では、ユートと戦う三年前に雪山で聖域に迷い込み聖剣を見つけたという。その時はただよく切れる剣だと思っていたが、寄付に訪れた教会で突然剣を取り上げられ、帝都へと召喚された。

 どこで手に入れたのかと詰問され、答えるも信じてもらえずほとほと困っていたら、大神官と呼ばれる老人にあれが聖剣で帝都で厳重に保管されていたことが説明された。それと同時に、ジャズは聖剣に選ばれた勇者だと告げられる。

 

 その頃から徐々に活発になった魔族の動きを、魔王侵攻の前兆だと予感した帝王は国中から実力者を集め、勇者パーティを選定した。それから各地の混乱を解決しながらゆっくり南下。約三年かけて勇者パーティは魔王城へと到達した。

 ジャズは魔王としてユートが召喚された頃も魔王城から特に嫌な感じはしなかったため、パーティメンバーから強く言われなければまだ向かうつもりは無かったという。

 

「星のゆらぎは、勇者の誕生を示唆していたんでしょうか」

「あれは決まって災厄を知らせるもので吉兆ではないから、おそらく違うのお。あれはわしら魔王の仲間だった魔法使いが、当時魔王を慰める為に造った魔物の目覚めを示していたと考えられる」

「魔物を、造った……」

「さすがにこの辺りは暗号化しておったし、まだ読んどらんか」

 

 唖然として見つめるユートに、全ての本を完璧に読み切った訳では無いだろうとセレフィスが頷く。しかし〈魔物を造る〉という発想にユートはある人物を思い出していた。魔塔で出会った食えないエルフの顔が過ぎる。

 

「当時の魔王は世界を憎んでおった。王国が革命で変わった後も葛藤し、苦しんでいた。見かねたわしらは、五人の知恵と研究の粋を集めて世界を滅ぼしうる存在を造った。それが〈災厄の魔物〉じゃ」

「な、何でそんな……そんなことをして大丈夫なんですか?」

「無論危険じゃ。しかしわしらは自分達を過信しておった。〈災厄の魔物〉を自らの手で堅く封じ、その鍵を魔王に預けた。これを開ければいつでも世界を滅ぼすことが出来るとな。わしらは彼女がそうしないと信じておったし、それ以外の方法では封印は開かんと思っとった」

 

 その不穏な語り口に、思わず眉間にしわが寄る。険しい顔で睨むユートに、セレフィスは苦笑した。

 

「その数年後、ヨアネスに言われたよ。わしらが魔物を造った時期に星の揺らぎがあると。なにか心当たりは無いか、との」

 

 星の揺らぎは、運命の分かれ目に現れる。結果が出るのは何年も先の未来だ。しかし何が切欠か分かれば、対策を用意することも出来る。

 

「〈災厄の魔物〉の誕生が星の揺らぎを起こしたなら、いつかはその封印が解かれるということじゃ。わしらは慌てて〈災厄の魔物〉を処分しようとしたが、魔王となった彼女はあれを誰の手も届かない所へ仕舞い込んでしまっていた」

「もしかして……」

「だからわしらは、今度は五人だけでなく当時の主要種族だったエルフとドワーフにも協力を仰ぎ〈災厄の魔物〉と魔王に対抗しうる物を生み出した。それが聖剣じゃ」

 

 今考えても、何故完成したか分からない。当時聖域から落ちてきた風変わりな剣を元に作製されたソレには、高純度の魔力の結晶にして様々な魔法が練り込まれた。出来上がった剣には確かに神性が宿っていた。当時の人間では誰も扱うことが出来ず、いつか来たるべき時に備えて厳重に保管されることとなった聖剣。

 

「それが聖域の中にあった……いえ、その魔物と共に封印されていた。聖域での出来事をジャズは詳しく話さなかったけれど……」

「ヨアネスが予言した揺らぎの年。それは〈災厄の魔物〉の封印が解け始めるはずじゃった。しかし、その後も一向にこの世界に災厄が降りかかる様子は無い。何よりも、制作者としてのわしじゃからわかる事がある」

 

 ユートは耳を塞ぎたくなった。これ以上何も知りたくない。ひとつ真実を知る度、胸に空いた穴が広がるようだった。でもこれ以上、知らない事に振り回されるのも嫌だった。

 

「〈災厄の魔物〉は既に討伐されておる。恐らくはジャズは聖域に導かれ、魔の国の奥深く〈災厄の魔物〉が封じられた場所へ辿り着いたんじゃろう。そこで聖剣に選ばれ勇者となった。初代魔王が姿を消している今、すでに世界の危機は無くなったのじゃ」

 

 討伐された魔王とやらは不運じゃったの。よりにもよって本物の勇者を相手にせねばならんとは。そう呟いたセレフィスの言葉は、既に耳を塞いでいたユートには届かなかった。

 召喚されてすぐ、魔族側で巫女と呼ばれていたエルフの言葉が蘇る。

 

『このままでは聖剣に選ばれし勇者によって魔族は滅ぼされてしまいます。どうかお力を貸してください』

 

 妙にへりくだった態度。ユートを何かと魔王と持ち上げる割に、自分達の国の事は何も教えてくれない。教わるのは戦い方と、いかに勇者が恐ろしいかとそればかり。

 違和感はずっとあった。

 魔族が求めていたのは国を治める本物の王じゃない。それは初代魔王にしか求めていない。ユートが召喚された理由は、ユートに求められていたことは、

 聖剣に選ばれし本物の勇者を倒すこと。

 初代魔王がいつ帰ってきても良いように、身代わりとして本物の勇者を始末すること。

 

 ジャズを殺すためだけに喚ばれた存在。

 それがユートだった。

 

 

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