四十幕 辿り着いた答え
生ける伝説とも呼ばれる老人を前に、ユートは強く緊張していた。実際に使用できる魔法の実力で選ばれる魔塔と違い、この人はこの世界の魔法の理論に最も精通してるといえる。つまりこの人に聞けば、研究次第で魔法を使って元の世界に帰れる可能性があるかどうか、その結論がはっきり出てしまうことになる。
既存の魔法での帰還は諦めたが、可能性があるかもしれないという希望自体は捨てていなかった。それがこの人に聞けばはっきりしてしまう。
「最近外の者が星の研究について尋ねて回ってると聞いての、一度話をしてみたかったんじゃ」
「……あなたは魔法理論の専門家ですよね? その、星の研究……真星学のことも詳しいんですか?」
「ふむ、詳しいと言えんことも無いが……どこから話すべきかのう?」
髭を撫でながら首を傾げる老人は、相変わらず目を瞑ったままだ。ここに来るまでの道中足取りはしっかりしており、全くそうは見えないがもしかしたら目はあまり良くないのかもしれない。
「しておぬし、何のために真星学を探しておった?」
「それは、その……セルドゥルという生徒を知っていますか?」
「おお! おお! 今年の卒業生じゃの。何じゃあやつと知り合いか。であればあれに聞くのが一番手っ取り早かろうて」
神出鬼没とはいえ学院の教授。どうやらセルドゥルのことは知っていたようだ。やはり彼らが今でも研究を受け継いだ、一番詳しい人物らしい。しかしユートが気になっているのは研究の中身じゃない。
「星見の塔を探しているんです。知り合いがずっと探しているみたいで……。それに、星や天体に関する研究が何で廃れてしまったか知りたくて」
「ふむふむ、なるほどのお」
大仰に頷いた老人は、しばし考え込むように黙っていたが、すぐにパッと顔を上げしわくちゃの笑みを浮かべて言った。
「この研究棟には当時の資料がそのまま残っておる。ここにある資料を全部読めば、何か掴むものがあるかもしれんな?」
好々爺然とした雰囲気を出していた食えない爺は、ユートを試すように言ったきり自分からは何も教えず、また会おうと言って姿を消してしまった。一人取り残されたユートは、呆然としながら三階分の高さはある棟の壁一面に並んだ本を見上げる。
「……これを全部読めだって?」
一体何日掛かるのかとしばらく呆気にとられていたユートは、頭を振って無理やり正気に戻す。パンと頬を叩いて気合を入れた。
「闇雲に探すよりはマシだろ。とりあえず今日で読めるだけ読んでみよう」
よし、と張り切り数冊抜き出す。今は全部読むことより、どんな内容が書かれた本があるのかを一通り確かめよう。ジャズに教えられた要点さえ守れば、数日で全体像は掴めるはずだ。
ユートは何から始めれば良いかわからない聖域の事より、目の前に課題のある星の研究の探求を選んだ。それは今思えば何か予感していたからかもしれない。聖域について深く調べれば、自分は知りたくない事まで知ってしまうかもしれないと。
しかし物事というものは、いくつもの要素が絡み合っているものだ。避けて通った道だからといって、その先がどこに繋がっているかなんて誰もわかりはしない。
ユートは徹夜して本棚の約一階分の面積を読み切ることに成功した。フラフラになりながら帰り、セルドゥルの家に着くなりご飯も食べずに爆睡した。それから毎日、ユートは真星学の棟へ通い本を読み続けた。
毎日脇目も振らず塔に向かうユートを見て、交流のあった学院の人達は首を傾げた。何をしているか聞こうにも、どこか必死な様子に声を掛けることは出来なかった。
それから不審の目を集めること一週間。
「……そんな、それじゃあおれがこの世界に連れてこられたのって……」
驚異的なスピードで資料を読み切ったユートは、最後の一冊を手にして呆然と呟いた。頭の中で組み上げた真実が受け入れられず、寝不足の頭をなんとか動かしてまた本を読む。
無理難題を言った自覚のあるセレフィスが様子を見にその研究棟へ訪れたのは、それからさらに三日が経った頃だった。
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