三十四幕 保護者参観

 

 夕方というよりほとんど夜と言ってしまえるほど暗い中、急いで山へ戻ると家の前に所在なさげに佇むのっぽの姿が見えた。

 

「悪い! セルドゥル、遅くなった」

「ジャズ! ああもう心配したよ! 二人の身になにかあったのかとか、僕の弟妹に何かあったんじゃないかって、気が気じゃなかったんだから」

「本当に悪かった」

 

 セルドゥルはわざわざ小屋の前で待っていた。狼族特有の耳と鼻で異変にすぐ気付けるようにしたんだろう。セルドゥルを安心させるために俺の装備は置いていったつもりだったが、俺達自身の事をそんなに心配してくれるとは思っていなかった。

 機嫌を取ろうと、背負っていた袋を差し出してみせる。パンパンに膨らんだそれからは、入り切らなかった食糧が頭を覗かせていた。それを受け取るセルドゥルはなんとか怒りを継続させようとしていたが、やがて諦めて相好を崩した。スンスン鼻を鳴らし満足げな顔をする。

 

「さっきからすごい匂いがしてるなって思ったんだ。結構色々買ってきたんだね?」

「折角だからな。今さらだが、嫌いなもんとかあるか?」

「無いよ! もしかしてジャズ料理できるの!?」

 

 顔をずいと近づけてきたセルドゥルが、瞳をキラキラ輝かせて言う。その期待の圧に俺は仰け反って耐えるが、今の聞き方はおかしくないか?

 

「……最低限はな。もしかしてお前、料理できないのか?」

「う〜ん、塩を振ったりパンに乗っけたりはするけど、先生達のお世話担当みたいに、細かい事を色々やったやつは作れないかな」

「そりゃ料理とは言えねーだろ……」

 

 その返答を聞いて俺はがっくりと肩を落とした。道理で味に飽きたなんて言うわけだ。ここの食糧庫にある保存食はどれもスパイスが効いていたり塩味が強かったりと癖はあるが、さすが北の民と言うべきか、他で食べるよりよっぽど質が良く、ちゃんと素材の味が残っていて美味しかった。どんな肥えた舌をしているのかと思えば。

 俺の呆れた視線に怯んだセルドゥルは、大きな袋の影に隠れながら言い訳がましく口を出す。

 

「いや、でも、だって、家に居た時は学者志望じゃない妹がご飯作ってくれてたし! 僕らの胃は強いから先生がお腹壊すような物食べても平気だし。だからこれで十分っていうか……」

「でも飽きたんだろ?」

「ううぅ………」

 

 恥ずかし気に唸り、ひょろ長い身体を精一杯縮こまらせる姿は愛嬌がある。長い耳が垂れ下がっているのを見ると、ついなんでも許してしまいそうだ。得な姿だよなあと思いつつ、俺は小屋へとセルドゥルを急かした。

 

「ほら、はやく中へ入るぞ。夕飯はもう食べたか? まだだったら飯にしよう」

「うん、待ってた! もうすごくお腹空いたよ」

 

 縮こめていた身体を今度は伸ばし、ピョンと跳び上がる。そのまま意気揚々と小屋へ向かう背では、ふさふさの尻尾が左右に大きく揺れていた。俺は柔らかく緩んだ頬を戻すのを諦めて、今日の夕食にとユートが教えてくれた魚料理を振る舞うことに決めた。

 久し振りに生の魚を食べていたく感激したセルドゥルは、俺に食糧庫の鍵を預けた。

 

「お前こんなんでよく生きて来れたな……」

「ん? 何か問題でもあった?」

 

 人を信じすぎるという次元では無い気がするが、こういう奴の周りには決まって過保護な世話焼きが居るものだ。

 

 

「こんな事になるんじゃないかと思ったぜ……」

「何ですか? アナタの疑いはまだ晴れてないですよ!」

 

 小声でぼやくと、目の前で座った狼族の少女が目を尖らせる。辟易した顔をするジャズに、横で座っていたセルドゥルがハラハラと視線を彷徨わせていた。

 

「ア、アミィ……ジャズは僕の研究を手伝ってくれるって……」

「それはユートさんに聞きました! あの方の事は認めますが、お兄と一緒に暮らすならアミィがしっかり審査しないと!」

 

 セルドゥルの家へと挨拶へ行った日、ジャズは結局共に行くことは出来なかった。すでに夕方へ差し掛かっていたし、荷物も多かったのでユートに手土産だけ託して先に山へ戻ったのだ。その後は何事もなく数日過ごしていたが、今朝突然この少女が家に現れた。

 

「ユートさんが持ってきてくれたお花は大っ変きれいでしたが! アミィはお花ごときで騙されないのです。アナタがお兄の邪魔をしてないか、今日一日監視するのです!」

「一日って……僕らは研究するんだよ? アミィには退屈だと思うけど……」

「アミィはこの人を監視するので忙しいから大丈夫です。アミィのお眼鏡にかなわなかったらすぐ追い出すですからね!」

「……とにかく普段どおりに過ごしゃ良いんだろ。とりあえず朝飯にするか」

 

 こういう手合いは口で何を言っても納得しない。とりあえず普通にして悪心が無いことを証明するしかないだろう。俺が食事を作る間も少女は後ろをついて回り、そのちょろちょろとした影は正直鬱陶しかったがなんとか無視をする。

 

「ジャズはちゃんとした料理が作れるんだよ」

「肉とチーズをスライスしただけだけどな」

「でもこのパン、軽く炙った事でかなり香ばしくなってるです……。これは侮れないのです」

「………」

 

 真剣な顔でサンドイッチを睨む少女を無視して無言で食べる。食後は机を片付け、昨日の夜に取った記録を整理した。それが終わったら今度はセルドゥルと様々な資料や本を取り出し、二代前に星雪の学者が出した学説を検証していく。

 気付けば夕方に差し掛かっており、つい没頭してしまったと我に返れば、少女が部屋の隅の椅子に座りうたた寝している。宣言通りに監視を頑張っていたようだ。

 

「……セルドゥル。は、聞こえてねえな……」

 

 熱中しているセルドゥルはちょっとやそっとじゃ手を止めない。俺は参ったと頭を掻くと、そのまま無言で部屋を出た。


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