第二章:二人旅
五幕 共同生活
買い出しを終え宿に戻ると、先に戻っていた魔王……改めユートがベッドの上で何やら紙を睨みつけていた顔をパッと上げた。
「おかえり! どうだった?」
「まだ平気そうだな。俺の噂は勿論、お前の話もまだ回ってきていない」
1週間前に別れた元勇者パーティの魔法使い、ヴァイスはどうやら可能な限り時間をかけて王都に帰還しているらしい。俺達は別れた後、勇者として来たことの無い街へ移動していたが、おかげで勇者の行方不明や魔王討伐の失敗の報も伝わっていなかった。
もしかしたら、道中当たれそうな転移先に寄りながら移動しているのかもしれない。仲間の気遣いに感謝していると、ユートの持っていた紙の内容が目に入った。
「なんだ、俺が朝取ってきた依頼書か」
「うん、とりあえず読んでみたけど分からない所が多いんだよな」
聞けば、この世界とは言葉も文化も全く違う世界に住んでいたという。その割には言語関係に苦労してなさそうだが、訊ねると得意気に「チートだから!」という訳の分からない事を言ってきたので、何か知らんが大丈夫なんだろうと思っていた。
しかし言葉は通じても物の名前なんかはさすがに無理らしい。魔物や薬草の名前、指定された地名などを教えていくと、ようやく依頼内容が分かったようだ。
「じゃあこれは山に現れる魔物の討伐と結晶生物?の採取が依頼ってこと?」
「平たく言やそうだ。そんなに難しい依頼でもないから明日向かう。お前も準備しろ」
「………準備って?」
思わず無言になり、ユートと顔を見合わせて黙り込む。
正直この1週間、苦労が無かったと言えば嘘になる。冒険者ギルドのある街を目指す間、常識のないコイツがやらかしてしまわないよう常に見張る必要があった。旅路に魔法使いが居ることによる快適さと比較してもトントンだ。
宿を借りに行けば不潔だと叫んで浄化魔法をぶっ放し、通貨を持っていないからとお手製の魔導具(普通に売れば超高額)を渡そうとする。周囲を誤魔化し取り繕いユートに説教しこの世界の常識を教え……まるで一児の父になったようだった。
こいつには常識がない。しかし、逆に言えば問題はそれだけだ。
「……いや、いい。お前に準備は必要ない。多分お前の魔法ならどうとでもなる」
「適当になってない?」
「常識ってのは、周りに合わせるために必要なんだ。ソロで依頼こなすだけなら必要ない」
「ま、追々な」肩を竦めて雑に流したのに、何故かユートは嬉しそうだ。にまにまと笑いを堪える気があるんだか無いんだか分からない顔をする。
「周りに人がいなければチートし放題ってことか! 明日はついに初クエスト……いよいよ冒険者ぽくてテンション上がるなあ! 色々教えてください、先輩!」
薄々分かっていたことではあるが、こいつは大分調子がいい、というか能天気なだけか? 『元の世界に帰りたい』と悲壮感すら覗かせた決意はどこへ行ったのやら。
異世界人がこんな奴ばかりなら、その図太さに感心する。案外侮れないな。
翌日、ユートを引き連れて俺はサクッと山に向かう予定だった。が、
「わー! すご! マジでファンタジーじゃん!RPGっぽい!」
「おい、おま……」
「ねえねえジャズ! 鎧着て街中歩いていいの? あっちの人 すげーでかい剣とか背負ってる! 重くないのかな!?」
「依頼こなしてる間はいちいち街に入ったからって装備外さねえんだよ。護衛任務とかな。あとはこれから依頼に出るやつとか帰ってきた奴とか……まあ色々だ」
宿を出た途端ギャーギャー騒ぎ始めたユートの相手をすることになった。やれあの店はなんだ、あの服や髪型は流行りか、売り物の金額はどこだ……なんだ、こいつ? と答えられる範囲で答えつつ首を傾げる。興味津々にキラキラした目で辺りを見回すユートをまじまじと見つめた。
「……お前、この街に昨日ついた時は大人しかったろ。急にどうした」
「いやぁね、昨日はもしかしたら街に入った瞬間捕まるかも! とか思って緊張してたし。周り見る余裕なんて無かったんだよね。今初めてちゃんと見た! 今まで通った村とはやっぱり違うね!」
どうやら完全におのぼりさん状態らしい。考えてみれば今まではずっと殺風景な田舎町を人目を避けながら通って来たわけで、初めて安心してこの世界の人間の街を見たんたろう。このはしゃぎようも理解できなくはない。でもなあ……
「おのぼりさんよ、完全にカモ扱いされてるから少し黙っちゃくれねえか」
そばに俺が居るので近寄っては来ないが、遠巻きに俺たちを伺う視線がちらほら……。こいつには常時小結界でも張らせた方が良いかもしれない。
俺は慌てて口を噤んだユートを急き立てて足早に街を出た。山に向かう道中、俺は可能な限り街で行動する時の注意点、特にスリやら何やら街中での危険について滾々と説く羽目になった。
依頼開始前に草臥れた。こいつにはどうにかしてここまでの恩のお礼を払わせてやる。俺は改めてタダ働きにならないよう心の中で決意を固めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます