side 魔王
おれは、ぐるぐるの簀巻きにされた状態から、伺うように周囲を見ていた。本当は怖くて、ちびってしまいそうだったが、それをやると本気で殺されそうだと思ったのが良かったのか、今のところは我慢できている。
意識を取り戻してから、二人の男から詰問され思わずギャン泣きしてしまった後、二人はおれをほっぽりだして何か準備をし始めた。目つきの悪い、いかにも荒事に慣れてそうな方が外へ行ったので、いくばくか緊張が緩む。
血行が悪くなってきた手足をバレない程度に揺すっていると、銀髪赤眼美人が床に一定間隔で綺麗な丸い石を置き始めた。思わず気になって身を傾けると、切れ長の瞳がこちらを捉える。
それは先程までガラの悪い男と軽快なやり取りをしていた時には見なかった鋭い目だった。思わずひゅっと息を呑む。こっちの方が話しやすそうだし、もしかしたら話を聞いてくれるかも……という淡い期待がガラガラと崩れ落ちる。
余計な事を言わないようきゅっと口を引き結んでいると、形の良い薄い唇が腹に響くバリトンボイスを紡いだ。
「あなた、勇者の優しさで生かされているってこと、きちんと理解していますか?」
「……はえ? え、えっと……それは、俺も一緒に転移してくれたっていう、あの……」
「転移魔法については、彼の虎の子でしょうし私から細かい事は言いません。それでも転移とは、人ひとりを移動させるだけでかなりの魔力を消費します。彼はそれを承知であなたも助けた。宝がなんだと言っていましたが、そんなものはきっと後付ですよ」
黙って聞くおれを、観察するように鋭いアイスブルーが貫く。少しでもおれが邪な事を考えようものなら、彼が戻ってくる前に殺す、そう言っているようだった。
「私はあの人ほど優しくありません。魔王の首を持っていけばそれで依頼は達成される。本気でそう思っていますし、今でもそうした方が良いと思っている。それでも彼が望まないからそうしない、それだけです」
本当だと思った。
本気でこの人はおれを殺そうとしていて、それはおれを人ではない、ただの害獣か何かだと認識している目だった。そこに温度はなく、殺意もない。だからこそおれはゾッとした。
「あなたはあの人の優しさで生かされている。その範囲から出れば容赦なく殺される。それを理解しなさい。あの人の厚意を無下にすれば……わかっていますね?」
コクコクと無言で首を動かす。喉が引きつってとても声は出せそうになかった。冴えざえとした月の化身のような人は、満足そうに頷くとまた床に石を並べる作業に戻った。
この人はきっと、蚊を捕まえるのと同じように、側を這う蟻を潰すように、なんの感動もなくおれを殺すだろう。それが分かっておれは縮み上がった。元から身動きなんて取れなかったが、見えない範囲で手足をスリスリすることも止めた。
息が詰まるような静寂の中、石が置かれるパチリ、パチリという音だけが響く。これだけ聞くと囲碁のようなのに、なぜこんなに空気が殺伐としているんだろう。
凍えるアイスブルーに身も心も凍らされていたおれは、ガラの悪いあの人が小屋に戻ってきた時、薪に火がつけられる前から空気が暖まったのを感じてほっと息をつくのだった。
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