彼とV

白川津 中々

◾️

彼は底辺と呼ばれていた。


車道で旗を振り月八万の金子を得る生活。着る物、食べる物、住む所、全てが安く、貧相。清貧といえば聞こえはいいが、金を稼ぐだけの気力がないだけである。彼は、現代社会において諦めざるを得ない者であり、本人もそれを自覚していた。世帯も贅沢も手にできない、手にするつもりも無い。一般的な幸福を求めることによって生じる内外の圧から逃避し、平坦な日々を過ごすという選択をしていたのだ。


そんな彼の細やかな楽しみはVtuberのライブ配信を視聴することだった。何も持たない彼が唯一心を満たせるコミュニケーション型のコンテンツであり、コメントを読んでもらうために金も投げていた。若い女に自分を認知して貰えるという錯覚が、彼に充足感を与えていた。それは恋愛に近い感情であり、邪により動かされていたものである。コメントを投稿する際、「好きなわけではないと」と白々しく呟くのは僅かな自尊心からで、彼はVtuberに惹かれながらも心の奥底では彼女を見下し、軽視し、蔑していたから、恋愛感情があると自覚するわけにはいかなかったのだ。


その根底が露呈したのは、ある冬の日であった。


「裏切られた」


Vtuberの異性交際が発覚した際、彼はそう口にした。

彼女にとって自分が一番ではなく、他の男との生活のために自身の金が使われていたという事実を、彼は受け入れられなかった。

彼女のために使った金と時間が全て無に帰した。自分は騙されていたと思い込んだ彼は、動画や配信で批判的な投稿をするようになる。殊更、下賤であるという旨を強調していたのは彼の女の見方が如実に現れたものであろう。女は自分を認め、自分に尽くすべきだという潜在意識が彼の中にあったのだ。自分自身は、女に対して何もできない立場にありながら。


彼は今も、Vtuberに対しての誹謗中傷を行っている。近々法的処置を取るという報告があったにもかかわらず、一向に手を休める気配がないのは、彼にとって、Vtuberを批判することが日常を充足させるものとなってしまったからに他ならない。だからこそ、幸福もなにもないのに、誰にも認められないのに、彼は悪意ある言葉を投げ続けるのである。


狭く、粗末な四畳半で嘲笑する彼の顔を見る者は誰もいない。齢三十五の男は、一人キーボードを打ち続けるばかりであった。

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彼とV 白川津 中々 @taka1212384

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