天才魔法教師の憂鬱 ~本当は魔術師として大成したいのに、先に出世した教え子たちが教師辞めるのを阻止してくる~

仁香荷カニ

第一章

1人目 アオ・セイブル

第1話 問1:死にたくなるほど才能が無い

「アオ・セイブル、魔法の才能が無い者はこの教室にはいりません。今すぐ荷物をまとめて出て行きなさい」


 入学してから一週間、ついに私はその言葉を宣告された。


「そんな……! 私は魔法を学ぶためにここに来たんです! イリウス先生お願いします、どうかここにいさせてください!」

「魔法を一つも使えない無能が魔法学園で一体何を学ぶというのでしょう? かっこよく杖を振る方法なら、雑技団にでも教えを請うた方がよほど効率的ですよ」


 私は目の前に立つイリウス先生に必死に頭を下げ懇願するも、先生は肩の埃を払うように私を跳ね除けた。その様子を見て、周りの生徒たちはくすくすと笑う。


「セイブル家とは付き合いが長い。それ故、君のお父様の要請を無下にはできなかったのですが……流石に私も我慢の限界というものがあります。即刻立ち去りなさい。でなければ、相応の処分が学園側から下ると知れ」


 私はその言葉を聞いて目の前が真っ暗になった。私がこの学園に入学できたのは、決して自分の頑張りなどではなかった。ただ単に、父様の力で体裁を保たれていただけだったのだ。


 そして、私はそのことに気づかないふりをしていただけなのだと、その瞬間に理解してしまった。


「学園長には既に話を通してあります。荷物を纏めたら学園長室に行くといいでしょう」

「……はい」


 もはや抗議する気も起きない。


 私は少ない荷物と入学祝いで父様から頂いた杖を握りしめ、教室から出て行く。


「……お世話に、なりました」


 教室の扉を閉めると、私は足早に学園を駆けていく。すれ違う人は駆けていく私を見て振り返る。きっとみんな私のことを笑っているんだ。


 悔しい、悔しい悔しい!


 夢にまで見ていた学園生活がこんな簡単に終わりを迎えるのが、何より、先生に見限られるほど自分に魔法の才能が無いことが、悔しくてたまらなかった。


 階段を登り、長い廊下の果て学園長室の前まで来ると、目尻をハンカチで拭いてからその重々しい扉を叩く。


「入りたまえ」

「失礼します」

「やあ、よく来たねセイブル君。イリウスラット先生から話は聞いてるよ。まずはそこにかけるといい」


 中にいた一人の老齢な男性。およそ魔術師とは思えないほど発達した筋肉に、眩しすぎる頭部。そして、その頭とは対照的に口元に立派な髭を生やすその人こそ、我がオルピオン魔法学園の学園長。


 学園長先生は厳かな椅子に腰かけながら優しく笑う。歳月の重さを感じさせるその笑みを見て、私は少し冷静さを取り戻す。


「……私は退学ですか」

「いや、君には別の教室に行ってもらう」

「え?」


 思いがけず言われたその言葉に、私は驚いてしまう。別の、教室? 退学ではなくて?


 学園長先生は手元の杖を軽く振ると、カップとポッドが動き出して中の紅茶を優雅に注ぐ。それが私の前の机にコトンと置かれると、椅子が座りやすいように後ろに引かれる。


 私は導かれるままにその椅子に座る。


「イリウスラット先生はこう言っていた、”アオ・セイブルに魔術師としての才能は無い。オルピオンの生徒としてふさわしくない”とね」

「……はい」

「だが、君はまだ入学して一週間。才能の有無を判断するには流石に尚早だ」


 そう言って学園長先生は魔法を使い、今度は一枚の紙を私にふわりと私に渡す。


 そこに載っていたのは一人の魔術師の名前。


「諸々を鑑みて、君の新しい教室はこちらで決めさせてもらったよ。キサラギ・ランネイブ。それが君を指導する教師の名前だ」


◇◇◇


 学園長先生に言われた建物は、広大な学園の敷地の隅にあった。三階建てほどの高さのそれは壁からは朽ちかけた建材が剥きだし、庭先はロクに掃除もされていない。寂れた廃墟だと言われた方が信じられる様相だった。


 こんな所がオルピオンにあったなんて……。


 ここ、オルピオン魔法学園は帝国でもトップの魔法教育機関であり、貴族としての家柄と本人の資質、その両方を兼ね備えていなければ入学できないと言われている。帝国の中枢を担う魔術師の輩出を目的としているため、国中の技術の粋がこの学園に集まっている……らしい。


 だけど、この建物はどう見ても誇り高きオルピオンのものとは思えない。


「……あの噂、本当だったんだ」


 魔法学園には無能を集めた牢獄があるというのを耳にしたことがある。有望な人材が集まるオルピオンで、私のような落第生が他の優秀な生徒に悪影響を及ぼさないために隔離する専用の教室がある……そんな噂。


 退学じゃなくて教室の変更と聞いた時は、私の中にも少しだけ希望が湧いた。でも、結局違った。

 やっぱりこの学園は私のことを見捨てたんだ。こんな廃墟のような場所で勉強なんて出来るわけが無いのに。


 私は今にも泣きだしそうな瞼をグッと堪え、顔を上げる。


 ……あきらめない。どんな場所だったとしても、ここはオルピオンだ。


「よし、行くぞ!」


 建付けの悪い扉を開け、軋む廊下を歩いていくと人の気配がする部屋があった。横開きの扉は開け放たれていて、中には偉そうにふんぞり返った男の人が一人、ボロボロの教卓に足を乗せて何かを読んでいる。


「貴様か、セイブル家のご令嬢とやらは」


 私が教室に一歩足を踏み入れると、その人は手元の書類から目線を一切上げずに私にそう言った。


「ったく、今年も生徒は取らんとあの禿げ頭に再三言っておいたのに、三人もよこしやがって……本館の倉庫から机と椅子を取りに行くのも面倒なんだぞ」


 禿げ頭……学園長先生のことかな。一介の先生がそんな不遜なことを言って良いの?


 言動からこの人が先生なんだとわかるけど、なんだろうこの不信感は。貴族らしく一応髪や服装は整えられているのに、節々から雑さを感じる。


 落第生が集まる牢獄らしく、そんなに魔法とかできない先生なのかな。元からあんまり期待はしてないけど、やっぱりがっかりする。


 彼が足をかけている教卓の前には、ボロボロの席が三つある。私の他にもこの教室に入れられた生徒があと2人いるんだ。


 そうだ、まずは自己紹介しなきゃ。この先生の名前は確か……キサラギ・ランネイブ、だっけ。


「えっと、ランネイブ先生、私は……」

「アオと言ったな。既に書類には目を通している、自己紹介の必要はない。それと、私のことは家名を付けて呼ぶな。キサラギ先生、または単に先生と呼べ」


 私が自己紹介をしようとした瞬間に先生は顔を上げ、一息にそう言い放った。突然の行動にどう反応するのが正しいのかわからない。


 私が固まっていると、先生は立ち上がって中庭に繋がる扉を無造作に開ける。


「外に行くぞ。まずは貴様の実力を見せろ。話はそれからだ」


 そう言って振り返りもせずに私を置いてすたすたと行ってしまった。


 馬小屋のような教室にぽつんと残される。ずっとここにいても仕方ないので先生の後をついていくと、中庭と呼ぶにはおこがましい名の知らぬ草花が無秩序に生えた空間に出る。そこには手作り感あふれる案山子が数個点在していた。


 キサラギ先生はその内の一つを指さす。


「貴様、魔法を使ってみろ。《フレア》でいい。的は一番近いあれだ」

「え、でも私……」

「いいからやれ。私はごちゃごちゃ言う人間が嫌いなんだ」


 先生は私の話を聞かずにどんどん進めていく。私の後ろに立ち、私の背中をじっと睨んでいる。威圧感のあるオーラをひしひし感じる……やらなきゃ帰してくれなさそう。


 ……こうなったら覚悟を決めるしかない。


 私は杖を手に取り魔力を込め、頭に魔法式を思い浮かべる。《フレア》は火属性の魔法の中でも単純な構造をしている。発生させた火を前方に放つだけだ。


 発生させて放つだけ、放つだけだ。よし!


「ふ、《フレア》!」


 力強くそう叫ぶと、杖の先に魔法陣が浮かび上がる。が、そこから出てくるのは小さな火花と薄い煙。


「……」


 まただ……。


 魔法を使うといつもこうなる。これまで私のことを教えて来た先生はみんな、ここまで才能が無い人間は初めて見たと言っていた。魔術師じゃない一般市民でも《フレア》程度の魔法は使えるというのに、私は一度だって大きな火を発生させたことは無い。


 私は魔法が使え無い。自分でも自分の才能が嫌になる。


「ふむ、なるほど。貴様の技量は良く分かった」


 背後で見ていた先生は一通り観察を終えるとそう告げた。その言葉からは感情が一欠けらも感じられず、瞬間、私の脳内にイリウス先生の言葉が駆け巡る。


『魔法の才能が無い者はこの教室にはいらん』


 ……嫌だ、出て行きたくない。私はこの学園で魔法を学んで、立派な魔術師になるって誓ったんだ!


 私は先生に向かって勢いよく頭を下げる。


「お願いします、ここで学ばせてください! 私にはこの教室しかないんです! お願いだから追い出さないでください!」


 必死だった。そのまま靴でも舐めるのかというような勢いで何度も何度も頭を下げる。だけど、先生は何も言わない。


 きっと私に失望した。それか、無能だというのに卑しく学園に残ろうとする性根に呆れているんだ。


 私は恐る恐る顔を上げて、先生の顔を覗き見る。


「……貴様、何を言っている?」


 そこにあったのは失望や呆れといった顔ではない。キサラギ先生は私の必死の懇願を前に、ただただきょとんとしていた。


 私の言っていることが理解ができない、そんな風に。


「追い出す? 私が、貴様を? 何故私がそのようなことをせねばならんのだ」

「だって……私、見ての通り魔法の才能、無いから……」


 私がそう言うと先生はまた黙り込む。そして、しばらくすると何かに気づいたようにハッとする。


「……貴様まさか、自分に才能が無いと本気で思っているのか?」

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