執事、家出する。

吉珠江

1. 夜半、スコーン。


「アァァンタなんか出てけばいいのよ、スコーンもまともに作れない能なしクソ執事!」

「言われなくても出て行きますよォお嬢様!! あと汚い言葉遣いやめなさい!!」

「あっ、ちょっと!! 出てくならついでにティーセット下げて!」

「……このぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 ネクタイを外そうとしたタイミングで命令されて、感情は反発したが身体が反応してティーセットを下げていた。日頃の習慣、恐るべし。

 ティーセットを手早く片して部屋を出る。この豪邸ともお別れだ。廊下に敷かれた贅沢な柄のカーペットを歩き、下品にならない程度に足早に階段を降りて、ティーセットを返すため厨房の方を振り返ったところで、パタパタと上階から足音が聞こえた。


璃空りく!」


 優雅な彫刻の手すりから身を乗り出すのは、フリルが贅沢にあしらわれたパジャマを身に纏い、洗い立ての長い黒髪を肩からさらりと流した、同い年の少女。

 謝る気になったか――と思ったら、少女は肩を回して振りかぶり、白い何かを投擲。


「これも洗濯に出してちょうだい!」

「は!? うわっ、あっぶな!」


 ティーセットを庇いながら、飛んできたフェイスタオルをなんとかキャッチ。「いい加減に……」と顔を上げた頃には、「じゃっ」と、少女――椿ヶ原つばきがはら湖羽音こはねは姿を消していた。


「くそぉ……」


 厨房に顔を出して、メイドさんにティーセットの片付けを頼む。「遅くまでご苦労様」とニッコリ労ってくれる彼女に、「もう辞めます」なんて言えなくて、「……お願いします」と曖昧に返して、屋敷の隅の自室に戻る。

 そして自分の荷物一式をボストンバッグにまとめると、誰にも言わず豪邸から夜逃げしたのだった。


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