第28話

「ごめんください」


 農園にお客さんが来た。


 見た目が冒険者なこともあって、また悲しい知らせなのかとも思ったんだけど、ちょっと違いそうだった。


 見るからに魔法使いって分かる格好。女性だから魔女?三角帽子とローブは黒いけど、内側は茶色や白、緑色なんかを覗かせていてオシャレに思えた。茶髪は私より少しだけ明るくて、格好と良く似合っている。


「お話を……と思ったんですけど、良くありませんでしたかね?」


 睨みつけているミルスたちを見て、そう思ったみたい。


「えーと、丁度手が空いたタイミングなので、ちょっと町の方で話しましょうか」


 ミルス相手に怯えている様子を見ると、こっちの事情も知らなさそうだしこの町周辺で活動するために来た冒険者でもないみたい。でも悪い人じゃなさそうだし、話を聞いてみることにした。


「あ、はい……お願いします。わざわざ申し訳ありません。ありがとうございます」


 ちょっと言葉を濁してからだけど、話はしたいのか一緒に町へ向かうことにした。


「歩きながらでも構いませんか?」


 無言のまま一緒に町に行くのも変だもんね。気を使ってくれたのか、すぐにそうやって声を掛けてくれた。


「はい、大丈夫ですよ」

「ありがとうございます。えーと……遠まわしに言っても仕方がないのでそのまま言わせてもらうんですけど、一緒に働かせてもらいたいんです」

「なんと」


 珍しい。というか初めてだ。


 農業を始めたいと思っても普通は自分の畑を持ちたいから、こうやって誰かのところっていうのがあんまりないんだと思う。私の場合は、それに加えてミルスがいるから近付けないっていうのがあるんだろうけど。


 むしろ農園はどうでも良くてミルスと仲良くなりたいって私の元へ来る人はたまにいる。でもそれは最初からミサキさんの方へ案内することになってて、私は取り合わないようにしてる。


「他の農場で少し働いたこともあるんですけど、本当に決められたものを作るだけというか、あんまり私が求めていたものじゃなかったんですよね。そうして聞いたり調べたりしたら、大体はここの農園で新しい作物を見つけているって聞いて、それで来ました」


 本当に農業目当てなんだ。


「自分で畑作ったりはしないんですか?」

「最終的にはそうしたいと思いますけど、こっちの農業に関してはど素人ですから。品種改良しようにも元となるものがないと仕方ありませんし、まずは勉強と横の繋がり作りかなと。夢を果たすためにも、順序があると思いますから」


 すごい。私みたいな行き当たりばったりとは全然違う。しかも言い方からして転生前から農家の方だ。


「期待させてもしょうがないから言っちゃうんですけど、多分無理です。私がどう思うとかじゃなくて、ミルスたちが受け入れないことにはなので……」

「そうですよねぇ、さっきの見たらそんな感じしました。これだ!と思ってここへ向かい始めちゃったんですけど、先に調べて置けば良かったです」


 居ても立っても居られないってやつだ。確かに調べればそういう事情も分かったかもしれないし、旅費や時間がもったいなかったのかも。


「農業好きなんですね」

「はい。元々農家でしたから」


 やっぱりそうだよね。でも、それなら……


「何でそんな格好なんです?」


 すっごく気になる。どっからどう見ても魔法使いだ。


「ああ、これは舐められないようにです。畑を守るためにもモンスターを追い払えるようにはならなきゃいけないと思って、とりあえず冒険者をやっているんです。でも使える魔法も魔法ですから、下に見られないように見た目から入りました」

「魔法?」

「これです」


 そう言って杖を振ると、光りが集まり銃弾のような形を作り、仄かに色を乗せ……大根になった。大根?


「え、大根だ!」

「はい。大根です」


 大根を貰う。ペタペタ触っても、本当に大根だ。


「大根を出す……魔法?」

「大根魔法です」


 そんなことあるんだ!


「だ、大根で戦うの?」

「はい。こうして、こうです」


 新たに大根を空中に作って……打ち出した。真っすぐ飛んで、そのうち勢いをなくして地面にサクッと刺さる。形の良い大根は結構流線形だもんね。


 ……。


 申し訳ないけど、その、弱そう。いや、でも結構な速さで飛んでたし、本当は弱くないのかも。そっか、だからこの格好からなんだ。


「あの、聞きたいんですけど、これって食べられます?」

「そっちのは食べられますよ」

「そうなんだ……。あれ、結構すごいのでは?」


 魔法で飲み水を出すのは聞くけど、食料は聞かない。それだけ珍しいってことだと思う。


「でも、納得がいかないんです」


 確かに。なんで食べられるんだろう?


「もっと美味しいはずなんです!私が作った大根はもっと美味しい!そのままどうぞ齧り付いてくださいって言えるくらい!」


 わっ、いきなり大きい声になったからびっくりした。そういうことだったんだ。


「悔しくて……!でも良いんです。所詮は魔法、育てた愛情も篭っていません。本物にはやはり敵わない。でもいざ大根農家を始めようと思っても、私の知る大根がないんです!」

「まるっきり同じような野菜ってほぼありませんもんね……」


 一番近い大根ってなんだっけ。ヘチマみたいなやつだったかな?重くなるけど地面に付いたらいけないとかで、わりと大変だった気がする。


「だから一から大根を作るか見つけるなりしたかったのですが……残念です」

「そういうことだったんですね……。えっと、力になれるか分かりませんか、大根に近いものがあったらその種を集めておきますね」

「本当ですか!」

「でも、ミルスがいないと育てるのも難しいと思いますよ。私でも大抵は上手く行かなくて諦めちゃいますし」

「構いません!何にもないのとは大違いです!あ、そうしたら代金とか必要ですよね。蓄えなくては!」


 なんだかやる気を漲らせている。すごい情熱だ。


 こっちで農家をやるには土地の確保からして大変なはずだけど、この人なら絶対農家になるんだろうな。


 そのまま町の喫茶店に行ってからも、農業論、育成論を聞いたりした。農業についてはミルスたちだったりイルちゃんとも少し話せるけど、こういう「農業やるぞ!育てるぞ!」って人は初めてだから新鮮で面白かった。


 喫茶店は立て直されてから初めて入ったんだけど、ずっと話を聞いていたせいであんまり様子を確認できなかった。ちょっと話声が大きかった気もしたから、迷惑かけちゃったかも。今度謝ろう。


 この人が本当に畑を運用し始めるのにはまだまだ時間が必要そうだけど、この人の作る畑と大根が楽しみだ。




「あれ、この大根美味しいけどな」

「ミャ」


 すっごくこだわりが強そうだなと思った。

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