第13話

「ふぅ」


 風呂でラナを洗って出してから、一人でお湯に浸かりながら引き続き田んぼについて考える。


 いや、正確には魔法のことについて。


『素質の如何は強さに影響しない』


 冒険者がよく言う話だ。


 魔法の素質は、無限にある。というか実際には分からないけど、なんとなく言ってるだけみたい。

 「炎」だとか「水」みたいに属性のようなものを指すこともあれば、私のように「傘」なんて訳の分からないものもある。イルちゃんは「母」だっけ。自称だから嘘っぽいけど、本当にあるなら意味不明だ。

 そもそもこの素質は魔法に限ったことを言うものじゃなくて本人の性質を端的に表現するものらしい。ノット性格。


 魔法にすると一番分かりやすく見えてくるからこそ、魔法の素質と呼ばれることが多いだけとか。私は分かりやすく魔法で傘を広げるし、水との相性も良いから傘なんだなぁと自分でも納得した。


 傘なんていかにも弱そうな素質だと思うけど、冒険者からするとそれはくだらない言い訳。自らの素質を使いこなすからこそ強いのであって、素質自体は関係ないのだそう。

 私が「魔法の手が良い」「土が良い」なんて言うのも、そうした人たちが聞いたら馬鹿にしそう。魔法は飲み水出せるやつが欲しいとか、いっつも言うのに。おかしな話。


 でも間違っている、なんて言うつもりはない。私が本当に土魔法の素質を持っていたとしても、ダイキさんのように土地を増やすことなんてどうせ出来やしない。魔法の手を使えたとしても、私の貧弱な手が一本か二本増えるだけ。


 何なら名前が同じ「傘」という素質で戦っている上級冒険者がいることも知ってる。


「はぁ」


 何にせよ、私は私なりに頑張るしかない。幸い冒険者と違って、それが出来ないからといって明日の命が危ういということもないし。



 ◇



「『例え雨が降り止まずとも、傘を差せば日常に戻る』……あれ、合ってるっけ。傘を差せば愉快な日常?ただの日常、日常の……んー?」


 ハードボイルドな傘魔法の使い手の台詞が思い出せない。私とは似ても似つかない冒険者。なんとなく「かっこいー!」って思ったことは覚えてるんだけど、肝心な内容がはっきりとしない。

 一口に傘魔法と言っても、実際の性質はかなり違うみたいだけどね。私のは持ち手も無ければ先端の石突って部分も無いわけだけど、その人の傘魔法はしっかり傘の形をしてるし。


 そんなことを考えながら練習用に作った水たまりに膜を張って、えいえいと手で水を掻き混ぜ行き来させる。しゃがんで細々とやっていると、いじけているようにしか見えないかも。


 ラナが頭に登って「どうしたの?」と頭をポンポン叩く。「練習かなー」と答えるけど、練習になっているのかも分からない。


「ナー?」

「んー?あ、こんにちは」


 一旦頭から下りて何処かへ言ったラナが戻ってきたかと思ったら、黒と赤の子だった。声が結構似てるから、ボーっとしてると聞き間違える。

 トコトコと私のすぐ横、水たまりの前まで来て伏せるように体を休めながらチョンチョン水を触る。協力してくれようとしてくれるのかもしれないけど、ちょっと驚きだ。


 というのも、距離感がおかしい。親しくなった常連さんでも、手が勝手に触れそうなほどのこの距離まではあまり近付かない。


 意図が読めなくて私は固まる。こっちから離れるにも感じが悪い気がしちゃうし、かと言ってそのままだと本当に触れてしまいそうだ。ミルスと仲良しな私と言えど、分かりやすい理由がないのに勝手に触れるのはよろしくない。


「ナーナー」


 手の先から墨汁のような黒い液が分泌されて、私の作った膜へ触れ……ずに、そのまま通過する。


「ナ」

「あ、はいはい」


 この黒い液を通さなければ良いらしい。


 二人で水たまりに向かってチョンチョン、チョンチョン。なんともこじんまりとした状態ながらも、私は「むむむ」と唸りながら頑張る。一方の黒と赤のミルスはあくびを交えて眠そうにしている。

 チラッと様子を見る。なんでこの子はこんなに協力してくれているんだろう。期待に添えられるよう傘魔法をこねくり回しながらも考える。


「……ラナのこと好き?」


 ビクッ!と垂れていた耳が垂直に立って大きく反応した。傍にいた都合上、その耳が私の手に触れる。


「わっ、と」

「ナ、ナナナナ!」

「え、あ、うん」


 図星を突かれて慌てているわけじゃない。いや、それもあるかもしれないけど、触れてしまったから洗えと言われてる。魔法で水を出して優しく洗う。


 ヒリヒリする。すこし皮膚が溶けたんだと思う。普段付けている皮手袋もしてなかったわけだから、こういうこともある。


 スススッと私の傍から少し距離を置く。ヤマアラシのジレンマって言うんだっけ。なんともいじらしくて、わしゃわしゃしてやりたい気分だけど、もちろん出来ない。


「ナーナナー!……ナナ」


 「気を付けてよね」と言ってから、「ごめんね」って言うこの感じ。たまらなく可愛い。


「ナゥ?」

「なんでもないよー、ありがとね」


 気になったのか心配しに来てくれたラナ。なんでもないと伝えるとサッと何処かへ行く。……そしてその後ろ姿を目線で追う姿。それをじっと見ていると、ラナが視界の外に行ったのか目線が戻って来て、私と目が合う。


「……」

「……」


 何も言わずに練習を再開する。


「……どんなとこが好きなの?」


 もし近くに来てもラナの耳に入ることがないように、声を潜めながら話しかける。ミルスって耳が良いから、どこまで意味があるのかよく分からないんだけどね。


 観念したのか、そっぽを向きながら語り始めてくれた。

 「何にも考えてなくて、馬鹿そうで……」そうやって文句のように始まって、上から目線で語っていく。内容も似たようなもので、最初はからかいの遊び半分で子分のように面倒見てあげたらしい。そして気付いたら後ろに付いて来るのが可愛くて好きになっていたとのこと。


 でも、教えてあげられることも減ってしまい、連れまわす建前も無くなってしまった。格好つけてそのまま何でもないように過ごしていたが、寂しくなってこうして私の方に助けを求めるように来たと。


 なんとも健気なツンデレさんだ。しょんぼりと語り終えた姿にうるっと来た。私が仲人をしたときからしてそういう性格だったろうから、むしろ私に頼るのは抵抗が大きかっただろうに。

 プライドを捨てラナを選んだのだ。是非とも応援してあげたい。


 ただ、私にどういう協力が出来るだろうか。

 私との距離も縮めてきているし、私の仲間になることにも抵抗はなさそうだ。だから予め仲間として一緒に暮らして、その上で仲良くなるという方法もあるにはあるけど……。先に仲間になった上でラナに振られてしまったら悲しすぎるよね。


 聞くのも憚られる重要な問題もある。私はついさっき触れただけで手が溶け始めたわけだけど、ラナは触れるんだろうかということ。

 前提として、この子の交際相手には高度な防水魔法が求められる気がする。しかしラナは使えないのだ。ラナは濡れても気にしない派のミルスだから使えないことに困ってはいないのだけど、この子と交際するならそうも言ってられないはず。


 ラナが「まだ」使えないだけなら良いのだけど、そもそも覚えないなんてことだったらどうしようもない。


 あと、この子は今まで見ていた感じユフィと仲良くはない。

 多分だけど、植える植物の傾向が水辺型と陸地型では仲良くなる機会が少ない。そもそも協調し合う必要がないのかな。


 ラナと仲良くなるならユフィを通じてっていう手もあるわけだけど、それが上手く機能しなさそう。

 この子は前に植物が暴走したとき大いに役立ってくれたわりに、ユフィからの感心が低いのだ。流石に嫌われているようなことはないと思うけど……。どうなんだろ。能力の原理は分からないけど「溶かす」っていうのが好ましくないとかあるのかな。


 この子の恋の障害、なんか多くない?

 水たまりにチャプチャプ手を入れる姿がすごく悲しいものに見えてしまう。


 孤高を貫いている時に覚えたであろう能力が足を引っ張ってるのかな……。うぅ……。


「応援するからね……」


 まずはユフィに聞くところからかな。ユフィ経由でラナのミルスとしての状況を聞いて、ユフィとあの子との間を取り持って、ってところだ。


 田んぼのろ過うんぬんよりも、よほどやる気が出る。頑張ろう。

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