第11話
新しく使える土地が増えたので、今日は早速耕して畑として運用する準備を進める。新しいはずなのに最初からほぼ整ってるから不思議な感覚だ。ミルス達も気になるのか、なんとなくこっちを確認しに来てる。
気持ちは分かるけど、ミルス用の農園は足りてそうだしあんまり関係ないと思うんだけどね。
何も植えないままなのも勿体ないから、私が自分で試している南側の畑の下段には、上段とはまた少し土を変えて丸太ネギと紫トマトを植える。まだまだ土地は余ってるけど、いい加減な気持ちで育てると何が起きるか分からないから、植えるだけ植えておこうとまではいかない。
安全が証明された種を植える手もあるけど、そういうのは他のところでも育てているからここでわざわざ育てることもないかなぁって思う。
「ナウ?」
「ん?良いけど、何か植える植物あるの?」
「ゥー」
ないんかい。
使って良い?と聞くからようやく自分の植物でも見つけたのかと思ったけど、そうでもないらしい。
まあでも、広い場所が必要なこともあるかもしれないし、これを機に見つけてくるかもしれない。ユフィにも声を掛けて、ラナの成長を助けてあげよう。
「ミミミャー」
「え?」
昼過ぎにミルス農園で作業をしていると、ユフィが話しかけてきた。
「どういうこと?」
と返しながらも、ユフィの言ったことを確認するため下段へ向かう。
「うわーお。これは……どうなんだろ」
一瞬注意しようとも思ったけど、考えるとその必要もないかもしれない。いや、やっぱりどうなんだ?私には分からない。
午前中はまだ何もなかったはずの北側下段の土地に水が溜まっている。田んぼ?米は畑で作ってるからいらないはずだけど……。
田んぼの傍まで行く。底は見えているような、見えていないような。田んぼじゃなくてレンコン畑みたいな感じの可能性もなくはない。
周囲を見るとあまり見ない数人のミルスに混じって、知った顔もいた。
「ナーナ」
黒と赤の子。ラナのことを好きっぽい子。
ここにいるメンバーを見ると、なるほどなーと思う部分がある。見たことある子がいても、何かを植えることをしなかった子たち。今まで農園に植物を植えようとしなかったのは、植生が適さないからだったんだ。
ラナを通して好きにしていい土地があると聞いて、都合の良い環境を作ったと。多分そういうことだ。
「ミャー、ミミャー」
「うーん」
ちょっと困った事態だ。止めるほどのことではないと思うんだけど……。
まず田んぼ自体は、冷静になればそれほど問題ない。ミルスが自主的に管理してくれるなら、田んぼを作ることによる弊害はカバーしてくれるはずだからだ。
問題は、ミルスが管理するということだ。
私の農園から町までの間は、ミルスと人の緩衝地帯でもある。田んぼにミルスが出入りするようになるということは、緩衝地帯が少し削られてしまったということでもある。ユフィはそこを懸念してるみたいで、こうして私にも確認をとってる。
ミルスの農園を広げるなら、上段の私の畑を潰して下段を私が使う予定だったんだよね。その前に広げることはないだろうって話だったんだけど。
それに上段の畑と違って、水の周りにいる形になってるから町側にいるって印象が強い。
ミルス側が一歩人間側に近付いた、と思えなくもない。黒と赤の子なんて公園に長いこといたみたいだし、あまり気にしていなさそうだ。そうした慣れで、他のミルスたちも近くても許容できるようになった、みたいな。
少なくとも、ここにいるミルスは人間の住処に近いということを気にして避けるということはしていないわけだし。
「一応、ミサキさんには伝えてくるね」
ミサキさんは、やっぱりというか渋い顔をした。アイリスちゃんも珍しく困った顔。でもやっぱり今すぐどうこうするということはないみたいで、様子見という判断だ。
こういうのは何かトラブルがあってからじゃ遅いけど、だからこそ現状からなにも変えたくないというのが本音らしい。
今回みたいな変化は受け入れたくない。それでも、作り始めた田んぼを壊すのは確実に田んぼを作っているミルスの反感を買う。変化に対する対処や対策自体が、新たな変化になってしまうんだって。
簡単なことのように見えても難しい話なんだなって思う。こういう、沢山の人が関わることって色んな意見がある。
今何もないならそのままにしたい。新たな火種を作りたくないという気持ちがミサキさんから伝わってきた。何だか申し訳ない。
何もしなくて問題が起きればミサキさんが責められるけど、もし対策をしても上手くいかずに問題が起きれば結局ミサキさんが色々言われると思う。
どっちを選んでもどう転ぶか分からないようなことなら、わざわざ何かしたりしたくはないよなぁと私も思う。
とりあえずイルちゃんを呼ぶことだけ頼まれて、掲示板に書いといた。
戻って来ると、早速田んぼに植物が植えられてた。早い。
とりあえずミサキさんと話したことをユフィに言っておく。ラナは……まあいっか。
「あ、もしかしてさ」
とユフィに尋ねる。
今まで植物を植えずにいたミルスたちの一部が、こうして田んぼに植物を植え始めた。ということは、好きな植物の植生が合わなかったから控えていたってことだ。
それならば、もしかして他にも環境が適さないからと植えてないだけの子もいるんじゃないかなと思った。
答えは当たり前のように、「そうだよ?」と返ってきた。今更何で聞くのかって感じだったから確認してみたら、始めの頃にミルスの植えた草が大増殖したときに作った決まりにあるみたいだった。
随分久しぶりに保管処理してある文書を引っ張りだして見てみたら、『農園内で他の植物を疎外しない範囲に収まるモノのみ植えることが可能』というものと、『農園敷地内の意図しない土地の利用方法は不可』というものがあった。
「これか……」
意図しない土地の利用方法ってことは勝手に畑や田んぼを増やすことはダメってことだ。そうなると用意されている畑以外の環境で育つものは植えられないってこと。そこで私がラナに「新たな土地を使って良い」と言ったから、他の環境の農園を作ったわけだ。
「普通の畑で育つものに限られてたのね」
自分も一緒に考えて作ったはずの決まりを理解してなかった。うひゃー。
「ミ」
「え」
「ミーミャ、ミャ。ミャミャ」
「そっか!ひえー」
普通の畑で育つとしても、数を増やして範囲を拡大するような類の植物は植えられないみたい。他にも、ユフィの米畑のように最初から広範囲が欲しいような植物も植えられることはない。樹木みたいなタイプも育つと周りの植物に当たるはずだった日の光を遮ることになるからなしだとか。
思った以上に条件が厳しい!そんなの私の頭じゃ考えが及んでないよー!そんなことになってたなんて知らなかった。
ミルスたちは片っ端から植えているような印象があったけど、結構種類は絞られていたってことだ。
「ミャー、ミャ」
「あ、はい。そうだね」
そうした植物を植えられるように場所を用意してあげたいなと思ったけど、そうした植物が手に負えないから禁止することになったんだった。少なくとも増殖系はダメだ。
いや、樹木も馬鹿みたいにデカくなったら困るな。案外考えられてるのかも?……というか、ユフィやイルちゃんが考えてくれたんだよね。ありがたやありがたや。
その後もユフィとちょっと話し合ってみたけど、環境を増やすようなことは簡単にいかなさそうだった。
一番簡単なものでも、温室を用意することになる。もともと欲しいなと思っていた設備だけど、植物を育てるためのものとなると作るのも運用するのも、コストが全然違う。しかも室内で育てるとなると、たまに起きる植物の暴走も大惨事になるとすぐに想像がつく。その度に修理費を払うことになると考えると、とてもやってられない。
作ったのが田んぼ?っていうのは、一番良い感じに収まるからこその選択だったのかな。私が今どうこうする必要もないのかも。
ミルスたちも考えてやってるんだなー。私が一番考えてないんだろうなぁ。しみじみ。
いざ田んぼの植物の世話を手伝おうと思ったら、困ったことに気付いた。これを田んぼと呼ぶのかどうかは分からないけど、他の呼び方も思い浮かばないから田んぼでいいや。それはともかく、服がない。
植える植物によって深さを変えているらしいので、中は傾斜がついている。長靴の高さだけで足りるとはとても思えない。長靴と一体型の防水ツナギが必要だ。
急いで町へ買い物に行く。
「無いんですか!?」
「そらね。この町で農業やってるのリコちゃんだけだし、水場は基本危険だから防水以外の機能が無い服を買う人なんていないよ。しかも水中で平気なくらいの完全防水でしょ?あるのはこっちの皮鎧だけよ」
ホームセンターがあれば簡単に手に入りそうだけど、そんなものこっちの世界にはなかった。
禁断の森には水場や湿地もあるので、防水装備が全くないわけじゃない。でも禁断の森に入るのに普通の服を着て行くような人がいるわけなくて、しっかりと通用しそうな装備しかない。
それがこの皮鎧なわけで……
「たっかい!!」
無理無理無理。桁がぱっと見で分からないお値段。恐ろしい。
「中級の上澄みか上級かって冒険者が使うような装備だからね。安いもんを置いても仕方がないさね。こっちで近くの町に確認しとく?」
「お願いします!防水機能以外いらないんで!」
お店をやってる人は、大体専用のネットワークを掲示板で持ってる。この町になくても、近くにはなんかしらあるはずだ。あって欲しい。お願い。
すぐに返事が来るとは限らないので、とりあえず一時間後にまた来ることにして、町をぶらつく。田んぼで必要な道具ってなにかあるかな。
「おや、久しぶりだね。何か探してる感じ?」
雑貨屋に入ったら、すぐ声を掛けてくれた。この町ではミルスの関係で私はわりと有名人。
「田んぼができたので、何か良いものあるのかなーって思いまして」
「田んぼね……。鎌はあるだろうし、クワやスキもあるよね。それ以外俺には思いつかんなぁ」
「ですよねー」
私ももともと農業をやっていたわけではないし、全然分からない。
あーでもないこーでもないと店内を見回り。最終的には必要なのかも分からないけど、大きめのドジョウすくいで使うようなザルを買った。長居してしまったから意味もなく買った感もあるけど、まあ余分にあって困るものじゃないしね。
まだ一時間は経ってないけど服屋兼装備屋に戻ると、いくつか返信が返って来ていたみたいでその一覧のメモを見せてもらう。
良かった。まだ少し高いけど、まともな値段のものがある。
「じゃあこれの取り寄せお願いします」
見た目はあんまり分からないけど、注釈がない程度には普通なはず。早めに欲しいしサクッと決める。
「まだ他に……いや、急ぎみたいだしせっかく決めたんだから口出しするのもおかしいか。りょーかい。速達?」
「はい」
速達は相応に追加料金が発生しちゃうけど、しない場合はわりといつになるか分からないんだよねー。
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