第10話

「という感じなんですけど、出来そうですか?」


「うん、それくらいは出来るはずだ。問題ないだろう。確定ってことで依頼しておくかい?」


「じゃあお言葉に甘えて、お願いします。ありがとうございます!」


 この日はミサキさんの家を訊ねて、畑を広げるための相談に行った。イルちゃんの言っていた通り、特に問題なく出来そうだったのでそのまま依頼することに。


 先日の大雨で土砂崩れみたいなこともあって、どちらにせよその手の魔法が得意な人を遠くの町から呼び寄せる予定だったとか。そのついでに私のとこの方も頼んでくれるみたい。


 ただ土を盛るだけなら町の人でも出来るみたいだけど、崩れないようにしたり水はけを考えたりとかすると相応の魔法使いに頼んだ方が良いんだとか。


 私が農園をやってるからかもしれないけど、土魔法って便利だなと思う。人が暮らしていく上で必要な環境を、簡単に整えられちゃうなんてすごすぎる。


 魔法は何が良いのかっていう話題はよく議論されていて、掲示板でもいっつも話し合われてる気がする。戦いが生活の常である冒険者にとっても、攻撃一辺倒なタイプは好まれないみたいで如何に応用が利くかってことを中心に議論されてる。


 私はユフィの魔法が一番良いと思ってた。魔法の手を出すやつ。


 手が増えるということ事態便利だし、とんでもなく力持ち。長さや大きさもある程度変えられるから色んな作業に使えるし、地面や壁を掴んだりして移動にも使える。それこそ攻撃や防御だって出来る、万能な魔法だ。


 でも農園を広げることを考え始めてからは、土魔法を使えることの利点をたくさん思い付いちゃった。

 土づくりも、耕すのも、雑草抜きも。ぬかるんだ地面を前にしても、「土魔法使えたらなぁ」なんて考えちゃう。まあ結局どっちも使えないんだけど。


 この前の籾殻を取り除く魔法みたいに、傘魔法も頑張ればもっと使い道が増えるかもしれないけど、分かりやすく便利そうな魔法と比べたら見劣りしちゃう。


 世間的には飲み水を確保出来る水魔法か氷魔法が一番良いってよく聞くけど、飲み水を出すだけなら私も出来る。求められる魔法の強さや技術と、欲しい能力の関係が違うからややこしい。


 残念ながら私が土魔法を覚えても、今持ってる魔法アイテム以下しか使えなさそうなんだよね。これからの人生で精一杯頑張ったところでどこまで使えるようになるやら。

 素質って呼ばれる才能みたいなものが、土魔法だったら良かったのに。



 数日後行われた畑の拡張は、何事もなくスムーズに終わった。


 ふもとから土を大量に持ってきて、私の敷地の土を確認して調節しながら作ってくれた。

 優しい感じの男の人で、ユフィを含めてミルス達が見学してたから緊張していたみたいだけど、それでミスするようなこともなかった。

 ミサキさんが自信を持って勧めるだけあって、術師の方の能力が高いみたいだった。


 出来上がったばかりの新しい地面を踏みしめる。たった今作られたばかりなのに、頼りがいのあるしっかりとした土。すっかり丘の一部になっている。すごい。


「こんな感じで大丈夫でしょうか?」


 と確認だけして、サクッとふもとへ帰って行った。


 その後軽く耕しながらミルス達にも再度見てもらって、問題なさそうなことを確認した。

 


「ありがとうございました。どうぞ」

「はい、確かに」


 ミサキさん家の応接室で報酬を渡し、依頼は完了だ。契約の確認とかは私じゃ自信がないから、ダブルチェックしてもらってる。他の依頼も終わったみたいで、仕事上での関係は終わり。のんびりお茶タイムだ。アイリスちゃんがいないからと、ミサキさん手づから飲み物とお茶菓子を用意してくれた。


「こういうのって、設計図とかあったほうが良かったんですかね?」


 ついでに、って感じで大した具体案もないままお願いしちゃったけど、もしかしたら迷惑だったかもしれない。


「いや、大丈夫ですよ。現地の視察をしたわけでもないですし、下手に理想だけ考えても机上の空論になっちゃうかもしれませんから。それにいちいち繰り返し話し合ってから決めるよりも、こうしてやってみちゃえばすぐ分かりますからね。よっぽど厄介なお客さんじゃなければ、この方が早いし楽で良いと思いますよ」


「そっかー。失礼じゃなくてよかったです」


 転生前だったからこんな風にはいかなかったんだろうけど、この世界ではこっちの方が良いみたいだ。重機やら人員やらの用意もないし、一対一で済んじゃうもんね。魔法様様だ。


「土砂崩れの方も、あっと言う間に以前より良い形にしてくれて助かりました。やはりその場で見ながら意見を言えて、すぐ反映してくれるというのは大きいですね。うちの町にも一人は欲しい人材ですよ」


 ミサキさんからしても、やっぱりすごいみたいだ。


「いえいえ、僕なんて所詮冒険者を諦めた脱落者ですよ。魔法にしたって、上を見てしまうとあんまりね」


「ダイキさんより上って……。いや、少なくとも私からしたらこれ以上はありませんでしたよ。今日の仕事を例え数秒で終わらせたところで意味はないので、気にするようなことはないかと」

「十分すごかったですもんね!」


「ハハハ、ありがとうございます」




「戦争?」


 魔法の話がひと段落し時事ネタの話になった途端、物騒な話が出た。


 諍いには縁遠く、立地的にも奥まっているこの町には届いていなかったけど大変な事があったみたいだ。


「誰と誰の戦争なんでしょうか」


 冒険者個人が多大な力を持つこの世界では、国や町同士というよりも組織や個人での争いになりがちだ。必然的に長く続くこともなく、戦争なんて言葉が使われる事は珍しい。


「かなり特殊な状況だったみたいでね。異界と町の勢力争いみたいで、冒険者はあまり関わらなかったんだ。村や町がいくつか潰れたところで互いに戦力がなくなり、そこを野盗が狙って壊滅、野盗を冒険者が潰しておしまいって感じかな」


 気付けばダイキさんの言葉遣いが砕けている。ミサキさんとは何だか面識がありそうだし、完全にプライベートに切り替えてるのかな。


「余計ないざこざに巻き込まれないために、冒険者は手を引いたということですか。エベナにおける最大戦力が傍観に徹するとなると、それはそれで町の住民はやるせなかったでしょうね」


「そういうわけでもなくてね。何も知らない一般人は冒険者たちによって避難していたみたいなんだ。真偽は分からないけど複数の町が壊滅状態にも関わらず、巻き込まれた市民はゼロだって言われてる。冒険者の本気のすごさを感じるよね。僕も手伝いたかった気持ち半分、関わらずに済んで安心する気持ち半分だよ」


「被害者ゼロ!良かったしすごいけど、わけわかんないですね!」


 何をすればそんな事になるのか不思議でいっぱいだ。ともあれ、犠牲者が出ずに済んだのなら何よりだ。


「ざっくりと移動させるのは理解できるけど、一人残らずって普通出来ないよね」


 ここまで聞いて分かったけど、私がイメージするような戦争とは全然違うようなものだったのかも。ティータイムの話題だし。


「僕は壊滅した町の復旧に駆り出されたんだけど、そこにはいわゆる支配者層って呼ばれるような冒険者もいてね。とんでもない速さで町を作り直していくんだ。僕も微力ながら手伝わせてもらったけど、あまり役立てた気はしなかったね」


 ダイキさんだって簡単に地形を変えてしまうくらいの力を持っているのに微力だなんて、もう考えられない世界だ。


「補填もしっかり行われたみたいで、市民からするとむしろ得した人も多かったんじゃないかな。もちろん思い出の品とかが失われたかもしれないから一概には言えないけどね。そんなこんなで、戦争があったってこと自体の意識が希薄なんだと思う。市民が直接何か特殊なものを見たわけでもないから、話のネタとしても盛り上げ難くて伝わらないだろうね。ミサキさんたちが知らなくても不思議はないよ」


「なるほど、そこまで完璧に処理がなされていたのですか……。今の冒険者の心強さと共に、空恐ろしさを感じますね」


「恐ろしさ?」

 

 滅茶苦茶頼もしいし、優しくて嬉しくなっていたところだけど。


「仮にも複数の町が壊滅するほどの戦争なのに、対処が完璧過ぎてその話が入ってこなかったんだ。逆に、その気になれば知られずに町を消し去る事だって出来そうな気がしてくる。今の支配者層は理性的に動いてくれているから良いものの、この状態が崩れてしまったら抗う術があるのかと考えてしまうよ」


「僕もそう思う。むしろ、そこまでの力を手に入れておいて好き勝手に振る舞わない方たちばかりっていう現状が、異常なのではないかと感じるね。もっとも、上からすると当たり前のようにしているから、そこからだとまた違う景色が見えるのかもしれないね」


「金も地位も手に入れて、あとは名誉だけ。ということかもしれませんね。おとぎ話の魔王もいませんし」


 何だか難しい話だ。私にも無関係な話じゃないんだろうけど、あまり考えようとも思わない。


「みんな仲良くしてた方が楽しいじゃないですか。どんなにすごい冒険者だって、きっと同じですよ」


「ふふっ、そうかもしれんな」

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