よごれたみどり

根ヶ地部 皆人

よごれたみどり

 やあ旅人さん。ここで雨宿りかい。それとも夜が明けるまで腰を下ろしていくのかい。

 もうしばらく旅立つ気がないのなら、暇つぶしと思って昔ばなしにつきあっておくれ。

 とても幼い、愚かな子供の話なのだけど。


 さて、旅人さんは緑の指グリーン・サムを知っているかい?

 それはとても不思議な魔法の指で

 それは天から与えられた素敵な指で

 まいた種を即座に芽吹かせ、あっという間に成長させる。

 それだけじゃあない。

 この指の持ち主はね、自分が望んだ植物を自在に生み出すことができるんだ。

 ね、素敵な指だろう?

 そんな指を持ってたら、どんなことをするだろう。

 灰色の街を花でいろどる?

 立ち枯れの森を蘇らせる?

 ああ、砂漠に木陰をつくるのもいいね。

 ね、なんて素敵な指だろう!

 そんな指を持っている子が、昔ここに住んでいたのさ。

 そうだね、その子の名前はサムとしようか。

 とても幼い、愚かな子供の名前なのだけど。


 サムは捨て子でね。

 ある朝、辺鄙な村の入り口に捨てられているのを、村人たちに見つけられたんだ。

 だからサムに両親はいなかったけど、村人たちはサムを家族のように育ててくれた。

 そうさ、とってもいい村だったのさ。

 どこのだれの子かもわからないサムに、村人たちは愛情込めて接してくれた。

 もちろん、労働の手伝いくらいはしたさ? その頃はどこの子供だって、そう両親がいる子だって野良仕事の手伝いなんかをするもんだったからね。

 だから、サムの素敵な指のことはすぐに知れ渡った。

「この種をうめておくと、おいしいスモモのなる樹が生えるのさ」

 だからって翌日に若木が育ったりはしないだろう?

「いま植えてる豆も、また嵐が来たらダメになっちまうんだろうねえ」

 そりゃあ大粒の雹に打たれても立ち上がる苗が生えるなんて思わないだろう?

 もちろん村人はびっくりしたさ! でも誰もサムのことを怖がったりはしなかった。

 そうさ、とってもいい村だったのさ。

 奇跡の指だ。人生の宝だ。なんて素晴らしい才能だ!

 ね、なんていい人たちだったんだろう。

 いい人だった村人たちはね、この幸せを村の外の人たちとも分かち合いたかったのさ。

 サムもそれを喜んだ。自分がたくさんの人を幸せにできると考えたのさ。

 とても幼い、愚かな子供の考えなのだけど。


 ある日、村に立派な服を着た、優しそうな女性がやって来たんだ。

 その女性は、サムのところへ一直線に駆けてきて言ったんだ。

「ねえ坊や。あなたは麦は植えられるかしら。暑さにも寒さにも病気にも虫に負けず、すぐに実って美味しいパンが作れる麦は」

 サムはいきなりのことにびっくりしたけれど、やってみようと女性に約束したのさ。

 だって、それはいいことだろう?

 決してダメにはならぬ麦。すぐに、そしてどっさり収穫できて、しかもふかふかの白パンが焼きあがる麦さ!

 そうさ、緑の指はそんな夢みたいな麦だって生み出せるのさ。

 他にもサムは作ったよ。豆も、芋も、大根ニンジン瓜も蕪も、優しそうな女性の言うままに。

 だってそれはいいことだもの。サムはみんなの役に立てると思ったのさ。

 とても幼い、愚かな子供の思いなのだけど。


 またある日、あの優しそうな女性が立派な服を着て村へやって来たんだ。

 その女性は村のなにものにも目をくれず、サムのところへ歩み寄って言ったんだ。

「ねえ坊や。動く植物は生み出せるかしら。人の言葉を聞いて歩いて道具を使う、わたしたちのお手伝いができる植物は」

 サムは本当にびっくりしたけれど、やってみようと女性に約束したのさ。

 だってそれはいいことだろう?

 自分で歩きだす植物。自在に動いて、言葉を理解して、しかも農作業だってやってくれる植物さ!

 そうさ、緑の指はそんな夢みたいな植物だって生み出せるのさ。

 たくさんサムは作ったよ。村のため、女性のためにたくさんたくさん、優しそうな女性の言うままに。

 だってそれはいいことだもの。サムはみんなが幸せになるように願ったのさ。

 とても幼い、愚かな子供の願いなのだけど。


 そしてついにあの日、あの優しそうな女性が立派な、でも窮屈そうな、とても厳めしい服を着て村へやって来たんだ。

 その女性は村人たちには一瞥もくれず、サムを呼び寄せて言ったんだ。

「ねえ坊や。武器になる植物は作れるかしら。銃弾の代わりに種を撃ち、敵をたくさん殺せる植物は」

 サムは本当に本当にびっくりしたんだ。そんなことはできない、そんな植物を生むことはしないと、サムはちゃんと言ったんだ。

 だってそれは悪いことだからね。

 人間を傷つける植物。自分の身をまもるためではなく、自分の子孫を残すためでもなく、ただ人間のために人間を殺す植物さ!

 そうさ、緑の指はそんな悪夢みたいな植物だって生み出せるのさ。

「できるのならば、やりなさい!」

 女性はそれまでの優しそうな顔をかなぐり捨てて叫んだよ。

「我々には無尽の食料がある。傷ついても後から後から生えてくる兵士もある! でも兵器が足りないの! このままでは負けてしまう。おまえたちも殺されてしまうのよ!」

 それでもできないと、サムは泣いて叫んだよ。

 幼い、愚かな子供だったんだ。

 サムが嫌がるなら協力できないと、村人たちも口をそろえて言ったよ。

 ね、なんていい人たちだったんだろう。

 だから女性は言ったよ。ならば捕らえて言うことを聞かせるしかないわねと、とても冷たく傲慢に、吐き捨てるように言ったんだ。

 そして兵士たちが村になだれ込んで来た。

 かつてサムが生み出した、植物の兵士たちがさ。


 サムは決心したんだよ。新しい植物を生むことを。

 兵器になる植物を? いいや違う。

 女性を殺す植物を? もちろん違う。

 サムが作ったのは、サムの植物たちを枯らす植物さ。

 植物の兵士たちに取り押さえられたサムが必死で緑の指を地面にねじこむと、そこから大きな芽が出て、大きく大きく育って、あっという間に空を覆うほどの巨大な花を咲かせて、国中に花粉をまき散らしたよ。

 そして舞い散った花粉にふれたサムの麦、大根ニンジン瓜や蕪、そして人間の言葉に従う植物の兵士たちは、みるみるうちにしおれて腐ってしまったんだ。

 サムはね、幼い、愚かな子供だったんだよ。


 国は滅んだよ。もちろんさ。

 どこの畑もサムが生んだ野菜しか植えてなくて、それが全部駄目になったんだからね。

 人も死んだよ。仕方がないさ。

 すでに戦争は始まっていて、国を守る植物の兵士がいなくなったんだからね。

 サムの村もそうだったさ。優しそうで実は怖かった女性も、あのいい人たちも、みんなみんな居なくなってしまったよ。

 最後に、最期に誰もいなくなった村で、村人の体を焼く炎の中、異国の兵隊の黒い影が迫りくる中で、サムは一度だけ緑の指を使ったよ。

 大きな、とても大きな、でも空を覆うほどじゃあない、せいぜいが家くらいの高さしかない、普通に大きな樹を生やしたんだよ。

 その樹はしゃべる以外には、なんにもできないんだけどね。

 昔の幼い、愚かな子供の話を聞かせる以外には、旅人を雨から守るくらいしか能のない、いたって普通の植物なんだけど。

 ね、これはそういう話なのさ。


 ああ、雨が上がったのかい。旅人さんはもう行くのかい。

 じゃあね。気が向いたらまたおいで。

 昔の幼い、愚かな子供の話しかできないけども。

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よごれたみどり 根ヶ地部 皆人 @Kikyo_Futaba

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