流れ星に願いを

瀧田悠真

第1話

 ふと目が覚めて。辺りは暗くて。家族も。友達も。知り合いも。みんな、みんな、眠りの中で。

 それはまるで、世界に取り残されたような感覚だった。

 闇夜に沈んだ町。目が覚めて、辺りは暗くて、待っても待っても、朝は来なくて。ちっとも明るくはならないから、もしかしたらお日様はもう死んでしまったのかもしれない。永久とも言える闇の中で、家族も友達も知り合いも、ずっと眠ったまま。呼んでも揺すってもはたいても、誰一人目を覚まさない。まるで等身大のマネキンみたいだ。

 人だけじゃない。犬や猫も。闇夜に舞うコウモリさえ、宙に浮いたままで静止している。

 それはまるで、時間が止められてしまったかのようだった。

 町が、眠っている。昏々と。静かに。もしかしたらみんなは、自分の知らないうちに体を捨ててこぞってどこかへ行ってしまったのかもしれない。それこそ、天国かどこかに。

 それはまるで、世界の終わりのようだった。

 風はなく、空気は驚くほど重い。炎は踊らず、どこもかしこもひどく冷え込んでいる。水は流れず、川面には小波すら立たない。夜露もそのままの美しい花は、手折るとガラス細工のように砕けてしまった。ただただ、静か。

 夜の底。眠りの深淵。闇に閉ざされた世界。

 どれくらい時間は過ぎただろう。町中の時計は一つ残らず動きを止めていて、時間の流れを数えてはくれない。

 一人ぼっちだった。

 紲(せつ)は見慣れたはずの町並みの中、息をひそめて歩いていく。

 持っている物といえば、古びたガラス張りのランプだけ。まだ真新しいはずのろうそくは、芯が濡れているわけでもないのに火を灯すのに苦労した。やっとの思いで点けた灯りはひどく弱々しく、不安を取り去ってはくれない。孤独を消し去ってはくれない。

 見上げれば、満天の星。その微かな瞬きだけが、生きていた。どれだけ懸命に手を伸ばしても、決して届かないところで。

 淋しかった。

 孤独は夜を深くする。草木も眠りの中。淋しくて、淋しくて。怖くて、怖くて。喉を震わせたはずの叫び声は、ただ常闇に消えるだけ。不安ばかりが募る。

 暗がりは、嫌いだ。心が騒ぐから。

 孤独と焦燥と苛立ち。息が詰まって苦しい。聞こえてくるのは、自分の嗚咽と息遣い。荒い足音。それから。それから……。

「……っ!」

 音が、聞こえた気がした。

 自分の立てたものではない音。生きている、誰かが立てた音が。慌てて足を止めて。動きを止めて。呼吸まで押し殺して。そうして、耳を澄ます。

 心臓の鼓動がうるさい。いっそこの音も止められたなら、と、とんでもないことを思う。けれど、そんなことをしなくても、それは確かに紲の耳に届いた。

 辺りに漂う闇を蹴散らすような。微かな風を纏った、力強い音。静寂を裂いて響くような、乾いた音。それは、鳥の羽音だった。

 音の主は、町のどこかを飛んでいるらしく、羽音は確かに耳に届くのにその姿は見えない。すすけたランプの灯りは小さく、弱く、頼りない。

 羽音は、徐々に遠ざかっていく。紲は慌てて走り出した。

 ランプが揺れて、光の輪がぶれる。その端を、黒い塊が飛び去るのを見た。低空を飛んだ羽音の主は、真っ暗な路地裏へと消えていった。




 どうも、カラスらしかった。

 羽音を追いかけて走り込んだ横道で、紲はふわりと舞い落ちた黒い羽根を拾った。それは町中に淀むように張り付いた闇なんかより、ずっとずっと深い見事な黒色だった。辺りを覆う空気よりも軽く、手元で揺らぎ続ける炎よりもずっとずっと温かい。

 耳に届く力強い羽音は裏通りを抜け、町の奥へと向かっていく。まるで、どこかへ導こうとしているように。紲は黒い羽根をしっかりと握ったまま、必死にそれを追いかけた。

 裏通りを抜けて、川沿いを走り、橋を渡って。空を切る音は、迷いもなく町を進んでいく。紲をどこかへ連れていく。

 住宅地を抜け、大通りを走り、微かな音を頼りに進んで。

 辿り着いた場所は、町外れの大きな洋館だった。落ち着いた色合いの、漆喰の壁。古く、風格の漂う鎧戸。広い庭には、たくさんのハーブが植えられている。

 そこは、紲のよく知る場所だった。屋敷の主のことも知っていたし、彼女が既にこの世にいないということも。

 黒く背の高い門は、紲が手を掛けると、軋んだ音を立てて内側に開いた。わずかな隙間をすり抜けて、紲は庭に入り込む。

 カモミールの群生に足を踏み入れた途端に、ふわりとリンゴに似た香りが鼻をくすぐった。昔、祖母が淹れてくれたお茶の香りだ。仲間外れにされて泣いたこと。やさしい声と、手作りのビスケットが焼ける匂い。擦りむいた膝の痛みや、祖母をバカにされた悔しさや、背中をさすってくれた温かい手の感触なんかを、連想ゲームみたいに思い出す。そのすべてが、もう戻ってこないことを実感して、ひどく悲しい。

 薄明かりの庭。月明かりの作る影を足元に見つけて、初めて照らされていたことに気付く。明けない夜の中、今までずっと。

 空を見上げて、影を探す。

 カラスの姿は、そこには無かった。あったのは、古びた風見鶏。高い屋根の上で、風を待っていた。いつまで待っても吹かない風を、ただ、じっと。

 姿など、見間違いだったのかもしれない。羽音など、聞き間違いだったのかもしれない。そんなはずはない。心の中で、思いがひとしきり巡る。

 そのとき、足音が庭に響いた。屋敷の入り口へと真っ直ぐに続く、小道の砂利を踏み締める音。勢いよく振り返った紲の目に、人影が映った。

 背の高い青年だった。闇の色よりなお濃い、黒の髪と瞳が目を引いた。それは光の中でも色を変えない、生粋の黒だった。

 深い海の底。日の光を振り切った、更に先には、こんな黒があるのだろう。どこか、冷たさを感じる色だ。その黒に威圧されているかのように、彼の周りだけ、闇が薄らいで見えた。

「…あれ。女の子?」

 声が届いた。いささか掠れた、落ち着いた声。そこに、どことなく怪訝な響きが含まれていたから、紲は思わず唇を噛みしめて一歩後ずさる。

 彼はそんな様子など気にも留めずに目の前に立つと、長い脚をかがめて紲と視線を合わせ、ふうん、と呟いた。

「……悪魔の類か何かかと思ったんだけど、ただの人の子だね。君、どうして目が覚めたかわかる?」

 困惑した紲が静かに首を振ると、相手は困った表情を浮かべた。

「おかしいな。自然に目覚めたってことかな。まじないが弱かったのかな」

 おかしい。そんなはず、ないんだけどな。おかしいな。

 自分より十は年上だと思われる青年が、さっきからしきりに首をひねっている。やさしい声音。冷たく見えた黒の髪は、月明かりに目が慣れたせいか、さっきよりも温かく見えた。

 何かを不思議がるその様子があまりに生き生きとして見えたから、紲は思わず声を立てて笑ってしまった。

「……あはは。あははははっ」

 目の前の男は怒ることもせず、決まりの悪そうな表情を浮かべたまま紲の笑いが収まるのをじっと待った。

「自己紹介がまだだったね。俺は烏誡(うかい)。君の名前は?」

「紲。十歳。町の北側に住んでるの。カラスを追いかけて、ここに来て」

 久々に人と出会えた嬉しさからか、紲はまくし立てるように喋り出した。

「みんな、目が覚めないの。夜が終わらないの。淋しくて…」

 言った途端に、嗚咽が漏れた。しゃくりあげる紲の頭を、烏誡が静かに撫でた。骨ばった大きな手を通して、温かさが伝わってくる。烏誡と名乗ったその青年は、どこか申し訳なさそうな口調で、言葉を続ける。

「ごめんね。本当なら、君もまだ眠っているはずだったんだけど」

 明けない夜。その理由を、烏誡は知っているようだった。

「大丈夫。あと少ししたら、夜は明けるよ」

 そう言って、烏誡は静かに立ち上がる。

「俺は、行かなきゃいけない場所があるんだ」

 彼は思案顔でしばらく口を閉ざし、それから紲に問いかけた。

「君も一緒に、星を見に行く?」




 世界は、喪に服している。烏誡は、真面目な顔でそう言った。

「亡くなったのは、一人の魔女でね。彼女の想いを世界に還す間、夜に待っていてもらったんだ」

「想いを、還す?」

 問い返す紲に、烏誡は静かに頷いてみせた。

「そう。魔女の想いには強い力が宿っているから、そのままにはしておけないんだよ。苦しみや悲しみが残っていたら、災いになってしまうからね」

「……ふうん?」

 烏誡の言葉に、紲は歩きながら首を傾げた。

 緩やかな傾斜の丘陵地帯を、烏誡は紲の手を引いてゆっくりと進んでいく。町を抜けて、二人は小高い丘を目指していた。

「魔女の最期の想いたちをガラス玉に移して、世界に託して来たんだ」

 ほら。そう言って烏誡がガラス玉を一つ、紲に差し出した。

 紲の手のひらにすっぽりと収まるほどの大きさのガラス玉は、温かな緑色をしていた。木漏れ日を思わせる明るい色合いのガラス玉は、大粒のトパーズに似てとても美しい。

「きれい」

「それには、魔女のやさしさが篭められているんだ」

「これは、還さなくていいの?」

 ガラス玉を烏誡に返しながら紲が尋ねると、彼は頷いた。やさしさは災いにはならないから、と。

「ねえ、他には?他には、どんな想いがあったの?」

 紲が興奮した様子で問いかけてくる。烏誡は穏やかに笑ってそれに答える。

「悲しみと苦しみ。それから、切なさがあったよ」

 歩きながら見上げた烏誡の真っ黒な目は言葉と同じようにとても穏やかで、けれどどこか淋しげにも見えた。

「悲しみは夜空の果てに。苦しみは静寂の海底に。それから、切なさは風の始まる地に還した」

「どうやって?どうやって、空の果てや海の底に行ったの?」

 烏誡は、簡単なことだよ、と答えた。

「俺は、人ではないから」

 隣で紲が首を傾げるのを見て、烏誡は楽しそうに笑った。

「使い魔。魔女に仕えていたんだ」

「そうだったの?すごい!」

 紲はその言葉に驚くどころか、目を輝かせた。あの時町で見かけたカラスは、やはり烏誡だったのだろう。先ほど拾ったカラスの羽根をポケットから取り出してみると、隣を歩く青年の髪と同じ色をしていた。烏誡はその羽根を見て、少しだけ照れくさそうに笑ってみせた。

「空の果ては、どこまでも高く高く飛んでいけば済む。海の底へは、知り合いの人魚に頼んで届けてもらったよ」

 烏誡はゆっくりと歩きながら、その時のことを語ってくれた。

「空の果ては、この世とは思えないくらい寒い場所だった」

 大地から離れて。世界で一番高い山の頂よりも、もっと、ずっとずっと上。月にさえ手が届きそうな空の彼方に、大きな雲が浮いていた。何もかもを飲み込んでしまいそうな。悲しみさえも飲み込んで、ゆっくりと溶かしてくれそうな。そんな大きな雲だった。

 長い距離を飛び続けたせいで羽は乱れ、息はひどく苦しかった。

 どうにか呼吸を整えた烏誡が意を決して呼びかけると、雲はゆっくりと形を変え、たっぷりとした口ひげを蓄えた壮年の男の顔を形作る。人とは比べ物にならないほど大きなその顔は、烏誡を見ると途端に不機嫌そうに歪み、腹の底にまで響くような低い声で烏誡の名を呼んだ。すぐ近くで雷鳴が轟くのが聞こえる。

 烏誡はカラスから人へと姿を変えると、空中に跪き、深く頭を下げた。

「子飼いのカラスが、何用だ?」

「……空の主よ。突然の訪問をお許しください。魔女が、旅立ちました」

 雲の主は目を大きく見開き、束の間の沈黙の後、細く長く息を吐いた。病か、という言葉が聞こえ、烏誡は首を振る。

「天寿を、全うされました」

「……そうか」

 雲の主は消え入りそうな弱々しい声で、そうか、ともう一度呟く。

「また一人、惜しい者を失くした」

 雲が震え、大粒の雨水がぼたりぼたりと地上へ消えていく。涙はだんだん勢いを増し、やがて洪水のように降り注いだ。その大粒の雨が弱まったころ、烏誡は深々とお辞儀をすると、黒い布で丁寧に包んだガラス玉をひとつ取り出した。

「主は、かねてよりあなた様のことを心から信頼していました。もしも終の悲しみが残るのならば、そのときは、あなた様に託したいと」

「あいわかった」

 雲の主は泣きながら、大きな雲でできた手のひらを差し出した。烏誡が冷たいサファイアのような青いガラス玉を乗せると、大きな手のひらがそれを守るように包み込む。そのまま、雲はもとの姿へと形を変えた。

 烏誡は静かに一礼すると、カラスの姿になってその場を去った。

 悲しみのガラス玉は、長い月日をかけて雲に溶けるのだという。

 次に烏誡が向かったのは、静寂の海底だった。

「これは、一番簡単だったよ」

 海の上で、二、三度名前を呼ぶと、顔見知りの人魚はすぐに姿を現した。

「烏誡、久しぶりね。あなたの主はお元気かしら?」

 金色の長い髪と好奇心に輝く青い瞳を持つ人魚は、どこまでも透き通った美しい声で烏誡に語りかけた。

「彼女はもういないんだ。どうか、最期の苦しみを海に預けたい」

 烏誡の言葉に人魚は驚いた表情を浮かべたあと、ほろりほろりと真珠の涙をこぼした。涙は長いこと止まらず、美しい真珠が月の光にきらめきながら、海の底へと沈んでいく。

 ひとしきり涙を流した人魚は、ブラックオニキスのような黒いガラス玉を受け取って波間へと消えていった。

 しばらくすると彼女は再び水面に顔を出し、寂し気な笑顔を見せた。ガラス玉は齢を重ねた阿古屋貝が受け取り、苦しみを真珠に変えてくれることになったという。

 つぎの瞬間、海の底から大勢の人魚たちが歌う祈りの歌が聞こえ始めた。烏誡は、その歌声を聞きながらその場を後にした。

「最後に風の始まる地に向かったんだけど、これがなかなか見つからなくてね」

 風の始まる地というのは、風の神霊の居場所のことらしい。けれど、その居場所を見つけるのに、大きな苦労があったという。

 夜を留めておくために、世界の時を止めているのだ。風は流れることを止め、全て空気に混じってしまった。おかげで風の始まりを見つけるのに、五日もかかってしまったのだという。

 声も姿も持たない風の神霊はひどくいたずら好きで、烏誡がどれほど呼びかけてもなかなか応えてくれなかったのだ。

 やっとの思いで探し当てた風の神霊は、魔女の訃報を聞いた途端にびゅうびゅうと荒れ狂い、その死を悼んだ。

 風の戸惑いがようやく消えたころ、烏誡はダイヤモンドのように光る透明なガラス玉を託した。切なさの篭ったガラス玉は南風が受け取り、想いが消えるまで守ってくれるのだという。

 烏誡はそこで言葉を切り、しばらく無言で歩いた。




「紲、眠いの?」

 烏誡がもう一度口を開いたのは、疲れてきた紲が小さな石に躓いて転びそうになった頃だった。

 時の止まった夜の町で、自分以外の人を探して、ずいぶん歩き回ったのだろう。紲は疲れて眠そうで、足取りがふらふらと覚束なかった。

「紲、おいで」

 背中を差し出すと、少し迷ったあと、紲がそろそろと烏誡に身を預ける。年の割に、小柄な体だった。けれど疲れているからか、あるいは心を開いてくれているからか、ずっしりとした重みがかかる。首元に回された手がしっかりとしがみついてくるのを感じながら、烏誡はゆっくりと立ち上がった。

 半分眠ってしまっている紲を背負うとその手から小さなランプを受け取り、静かに火を吹き消した。

「どうして、消すの?」

 夢うつつの紲が不思議そうに声を掛けると、烏誡は苦笑を漏らした。

「光には嫌われるたちなんだ」

 ランプの灯りが無くなり、月光だけが辺りを照らす。けれど、闇は紲の思うよりずっと薄かった。まるで、烏誡から距離を置いているように。

 烏誡はその薄闇の中を、危なげもなく歩いていく。草の生えた地面を踏みしめる音だけが、規則正しく耳に届く。

「最後に、星に祈りに行くところだったんだ」

 しばらく無言でいた烏誡が、ぽつりと呟いた。

「……うん」

 今にも眠り込んでしまいそうな紲の返事は、弱々しい。烏誡は、それを気にする様子もなく続ける。

「星に祈って。そうしたら、喪は明けるから」

 紲は聞いているのかいないのか、ただ微かに頷く。

「日が昇って、明日が来て、そうしたら……」

 そうしたら、どうしようか。主となる人は、もうこの世にいない。

『俺は、どうしたらいいですか』

 別れの日。置いていかれる間際に、交わした言葉が脳裏に甦る。長年仕えた魔女は烏誡にとって、世界そのものだった。彼女に置いていかれることが恐ろしくて、不安で仕方がなかった。けれど、魔女はどこまでも追いかけていこうとする烏誡を許してはくれなかった。

『あなたはやさしいけれど、追いかけてきちゃいけないわ。私の想いを託す相手がいなくなっちゃうものね』

 残されたガラス玉は、枷のようだった。でも、その枷ももうない。

 烏誡はふと足を止めて、視線を上げた。月明かり。星明かり。このまま消えても、彼女は許してくれるだろうか。明けない夜の中、幾度となくそう考えた。けれど、満天の夜空は何も答えてはくれなかった。

「私、も……」

 小さな声が、背後でした。

「私のおばあちゃんも、この間、居なくなったの」

「え?」

 泣いているのか、それとも眠いだけなのか。紲は小さな手で目元を擦りながら、言葉を続けた。

「おばあちゃんは、烏誡がいたあのお屋敷に一人で住んでいたの。でも、もう亡くなったんだって」

「本当に?」

 突然、烏誡が大きな声を出した。驚いた紲は、烏誡の背中で体を強張らせたが、すぐにまたぼんやりとした口調に戻る。

「おばあちゃんが、お屋敷を私にくれたんだって。それがユイゴンなんだって。でも、お父さんもお母さんも、すごく怒るの…」

 眠ってしまったのだろう。紲の声は、それっきり聞こえなくなった。

「ああ、そうか」

 薄闇の中で、烏誡がふと、口元を緩めた。紲がどうしてここにいるのかが、わかった。どうして、出会ったのかも。

「そういうことか」

 もう一度呟いて、烏誡は再び歩き始めた。丘の頂は、すぐそこだった。




 名前を呼ばれて紲が目を覚ますと、丘の上だった。見渡す限り、星空が広がっている。灯りのない町は、暗い影に沈んでいる。

 月が大きい。星が多い。見たこともないような、夜空だった。空に見入る紲の視界の端を、ふいに光が走った。

「流れ星っ」

 紲が嬉しそうに声を上げる。その隣で、烏誡が頷いた。

「流星群だよ」

 夜更けの空を、小さな光が流れては消えていく。次々に。それはまるで、光の雨のようだった。

「最後に、祈りたかったんだ」

 小さな願い事。安らかであるようにと。

「これで、本当にお別れだ」

 烏誡はそう言って少し淋しそうに、空の東側を指差した。空の端。地平線に近い辺りが色を変えていく。夜が去ろうとしていた。日が、昇ろうとしていた。

「これから、どうするの?」

 紲が、どこか遠慮がちに尋ねた。烏誡はそれには答えずに口元を緩めると、あの緑色のガラス玉を取り出した。

「これは、紲が持っていた方がいい」

 明けていく空の下で、紲はきょとんとした表情を浮かべた。

 日が昇って、明日が来て、そうしたら。烏誡は口元を緩めたまま、静かに言葉を続けた。

「君のおばあさんは、とても優しい魔女だったよ」

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流れ星に願いを 瀧田悠真 @aoisakana

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