笑顔のために
@nanashi_nagare
笑顔のために
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「勇者さん!もう朝ですよ!!」
閉じていた瞼の向こう側から透き通った声が聞こえてくる。
「ん…おはよう、聖女。今日もありがとう」
「戦士さんも魔法使いさんも下の食堂で待っているので早くきてくださいね」
聖女は満面の笑顔をこちらに向けて部屋から出て行った。至福の時間だ。あの笑顔を見るためなら何でもできる。この想いを伝える勇気は勇者といえどまだ持てない。聖女の笑顔を早くまた見たい一心で重い体をベッドから起こし支度を始める。やはり食堂の宿屋に泊まるとメシにすぐありつけるのがいいところだ。
「お、やっと起きたな。こんな日でもいつも通りとは流石勇者様だな!」
「はぁ、もう少し緊張感を持ったら?あなたが起きるのを私たちが待つのはいつものことだけどさ」
戦士からは軽口を叩かれ魔法使いからは指摘される。いつもの朝だ。
「別にいいだろ、いつも通りに起きて、いつも通りに帰ってきて、いつも通りに寝る。そしてまたいつも通りの朝を迎える、その為に戦ってきてるんだからさ」
「そうですよ、それにそのおかげで勇者さんの寝顔を毎回見れますし…」
小声だが聖女の声はばっちり聞こえている。しかし恥ずかしくて追及はできない。場を仕切りなおすためにも気を引き締めて皆に声をかける。
「さあ、いよいよ今日は決着の日だ!」
今日俺たちのパーティは魔王へと挑む。長い間争い続けてきた人間と魔族との闘い。その魔族の長である魔王の力は強大だ。それでも俺たちパーティなら勝てる。それだけの旅路をこれまで歩んできたのだから。
「死闘を潜り抜けてきた俺達なら魔王にも勝てる。俺が勇者として勝ってみせる!」
「お前だけいい恰好はさせないからな!俺の剣で魔王にとどめを刺してやるぜ!!」
「あまり出しゃばりすぎないでよね。私の魔法の巻き添えになっても知らないわよ」
「わ、私も全力でサポートします。治癒は任せてください」
それぞれ決意を言葉にする。皆の思いは良く知っている。それでも言葉を聞くと温かい気持ちになる。これは大切な仲間たちとの大切な日々の結晶のようなものだから。仲間たちの言葉を胸に刻んで号令をかける。
「みんなの笑顔を守るために出発だ!!」
戦士の腹に穴が空いた。
魔法使いの腕が吹き飛んだ。
聖女が涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら二人の治癒を続けている。
俺は満身創痍の3人の前に立ち眼前の魔王へと剣を構える。
「お主たちも中々やるな。だがまだ私には届かないようだな」
余裕のある言葉をかけてくる魔王。しかし魔王も疲労困憊だ。元々口数の少ない魔王から言葉が引き出せてるのが順調な証だ。あと一歩で勝てるところまで来ている。
死んでもやり直せる。それが僕が勇者として女神に与えられた力だ。もう何回魔王と戦っただろうか。最初はまともに攻撃を与えられずに負けてしまった。やり直す時を変えて魔王へと届くだけの鍛錬をみんなでしてまた挑む。それを繰り返すたびに少しずつ攻撃が通るようになり、戦いを続け魔王を倒せるところまで成長してきた。しかしこの1025回の戦いの記憶は僕にしかない。あの余裕のあるかのような言葉を引き出せたのは121回。相打ちにまで持ち込めたのが32回。倒せたのが13回。
魔王の剣が俺の胸を貫いた。あの笑顔がまた見られる。至福の時が待ち遠しい。
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「勇者さん!もう朝ですよ!!」
笑顔のために @nanashi_nagare
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