第2話 案内人・桜木谷つむぎ

「良いですか? これが人の世の通貨です。ハンカチとティッシュと一緒に、ここに入れておきますね。あとこれはスマホといって、使い方は――」

「わかったわかった! そんなに世話を焼かずとも、我もいい大人なのだぞ……」


 グリートニアの魔王城、玉座の間。

 今日は人間界――東京とやらに行く日なのだが……。

 準備に余念のないモリーの、長い長い話が終わらない。


「またそんなこと言って! いいですか、お嬢様? 人間界では無暗に魔法を使ったり、物を壊したりしてはなりませんよ?」

「モリーは我をなんだと思っておるのだ!? それに、案内人とやらがおるのであろう? なんとかなる」

「そうですね、つむぎちゃんなら大丈夫でしょう。つむぎちゃんですから」

「…………」


 ずいぶんとモリーは、つむぎという娘を信頼しているようだ。

 我への対応との違いを見せられると、なかなかどうして釈然としない。


「コホン――では人間界の『駅』なる場所に、転移いたします」


 玉座の間の中央に立ったモリーが、手にしたステッキで床を叩いた。

 打たれた床に魔法陣が浮かび上がり、中央に巨大な金属の扉がせり上がっていく。

 ゆっくりと開く重い扉の先に、白黒の――時の止まった人間界が、垣間見える。


「お帰りの際も『駅』にて、モリーに呼びかけて下さいませ。お迎えに上がります」

「うむ、わかった」

「それでは、いってらっしゃいませ。お嬢様」


 扉をくぐり降り立った先には、膨大な数の人間。

 モリーがゲートを閉じると、世界は一気に彩られ――人間たちが一斉に、忙しなく動きだす。


「ここが『駅』か……はまま、つちょ……」


 何か大きなものがうごめいているのか、僅かに足の裏に振動が伝わってくる。

 それだけではない。

 人間がゲートのような場所を通り抜ける際、ピコピコと軽妙な音を立てていく。

 頭上からもときおり、人の声で何かの案内が流れる。


「……けたたましい場所だ……」

「あの……イザベル様、ですか?」

「ん?」


 駅に降り立って間もなく、大人しそうな娘が声をかけてきた。

 黒い髪に、変わった文様の上質な布――モリーがときおり着る、着物に似た服を纏っている。

 形はモリーの着物とは異なり、シンプルなワンピースのようだが。


「いかにも。我がイザベルである」

「よかった! 初めまして、桜木谷つむぎです。すみません、お待たせしちゃったみたいで」

「いや、我も今来たところだ。よく我の事がわかったな」

「それはもう……一目瞭然です!」


 大人しそうな娘だと思っていたら、急に声を張り上げるつむぎ。

 だがうるさいのは一瞬で、うっとりと我の姿――服を見つめ、ため息をつく。


「はぁ……すごい……本当に魔王様みたいなお洋服……」

「ん? 何か言ったか?」

「あ、いえ! すみません、じっと見つめちゃって」


 詫びるように、つむぎは軽く頭を下げる。

 我の装いに見惚れるとは、趣味の良い娘だ。


「実は今日、結構急な坂道のあるコースを考えていたので、大丈夫かなって」

「なんだ、愛いやつめ」


 人間の身でありながら、魔王である我の身を案じるとは。

 なかなかどうして、気が利くではないか。


「我が人間の娘に後れをとるわけが無かろう? 気にせず案内せよ」

「は、はい! では参りましょう」


 つむぎに連れられ、建物の外へ向かう。

 建物は迷宮のようで、長い階段は自動で動いている。

 どこに向かっているのか皆目見当がつかないが、つむぎはよどみなく進んでいく。


「ところで、つむぎ」

「なんでしょう? イザべ……魔王様」

「む……今はおしのび中だ。イザベルでよい」

「あ、はい。ふふ……イザベルちゃん、なんでしょう?」

「そなたはモリーとはどのような関係なのだ?」

「モリーさんですか?」


 何と無しに、つむぎとモリーの関係について尋ねてみた。

 するとつむぎは、嬉しそうに早口で語り出す。


「えっと……モリ―さんとはSNSで知り合って」

「えすえぬえす?」

「はい! モリーさん、いつもカッコいい殺陣たての画像をUPしてらっしゃるんです!」

「タテ……? あっぷ……?」


 訳の分からぬ言葉が、次々に飛び込んでくる。

 つまりモリーが趣味か何かを公に発表していて、それをつむぎが見て知り合ったということか?

 ふむ……モリーにそんな一面があったとは。


「今回は、お孫さん――イザベルちゃんが経営するテーマパークの参考に、東京を案内して上げて欲しいって頼まれたんです」

「てーまぱーく……? 魔王城の改修工事ではなかったのか……?」

「あ、はい! 魔王城の参考に、とのことです!」


 どうも話がかみ合わないが……人間であるつむぎにわかりやすいよう、モリーが色々言い換えて説明したのであろう。

 そうこうしているうちに、建物の外へと出た……出た?


「なんだここは!? 巨大な建物ばかりではないか!?」

「ああ、駅前が開発されて、大きなビルが増えましたよね」


 空こそ見えているが、屋内にいるのかと錯覚するほど一面建物だらけ。

 道の中央部分には、箱のような車がいくつも高速で走っていく。

 これが……東京……!?

 呆然とつむぎの後をついていくと、空に突き抜けるような赤い柱が見えてきた。


「あの赤いのは……魔界樹か?」

「まかいじゅ……ああ! 東京タワーのことですか?」

「とうきょうタワー……?」


 タワーと言うことは、建造物なのか?

 我の質問をおかしそうに笑いながら、つむぎは説明する。


「なんだかんだで、やっぱり高いですよね。高さは333メートル……正確には、332.6メートルだったかな? あるんですよ」

「さんびゃく……それが人間の手で作られたのか……?」

「ええ、それも六十年以上昔に。本当、すごいですよね」


 なるほど……モリーが東京をすすめたのも、合点がいった。

 人間は、あのような高い建物を作り上げるのだな。

 我が配下のドワーフやオークは、果たして同じような建物を作れるだろうか?


「今日はあの東京タワーの手前、増上寺ぞうじょうじに行きます」

「ぞーじょーじ?」

「とても有名なお寺で、今日はみなと区民まつりをやってるんです」

「ほう、祭りか。それは楽しみだ」


 祭りとは、そこに住まう者たちの文化を知ることができるもの。

 何より――楽しい!!


「それにお祭りの日しか入れない、特別な場所があるんです。とても素敵な場所なのでテーマパ……魔王城の参考になるかもしれません!」

「なるほど。よし、案内せよ!」

「はい! イザベルちゃん!」


 我らは東京タワーのたもと、増上寺へ歩みを進めた。


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