魔王イザベルの東京さんぽ~江戸巡り見聞譚〜
明桜ちけ
一巡り
第1話 魔王イザベル
魔王とは、絶大な力の上に君臨する――
「そこまでっ!! 勝者、イザベル!!」
土煙を舞いあげ、蛇龍の巨体が地にひれ伏す。
闘技場に響き渡る、審判の声。
観戦席からは、魔族たちの歓声があがる。
「見事であった」
乾いた拍手をしながら、貴賓席の女性――大魔王ラーシャ様が立ち上がった。
熱狂に包まれた闘技場は瞬時に静まり、一同は大魔王に頭を垂れる。
私も地に膝をつけ、跪く。
大魔王様は静かな通る声で、闘技場の魔族たちに宣言した。
「イザベルよ! よくぞ第六界の魔王を打ち倒し、力を示した! そなたに魔王の資質があること、余がここに認めようぞ!!」
「はっ! 光栄に存じます!!」
魔王の承認と共に、辞令が下る。
「魔王イザベルには、第三界――魔界グリートニアを与える」
第三界グリートニア――先代魔王が亡くなり、空位となっていた地。
多種多様な魔族の住まう、混沌の地だ。
「そなたの活躍、グリートニアの発展――期待しておるぞ」
「承知いたしました」
話が終わると、大魔王様は貴賓席から退場された。
その姿を見送り、私も退場通路へと向かう。
通路では世話役のモリーが、出迎えてくれた。
「おつかれさまでございます、お嬢様」
「モリー! 問題ない、容易い事であった」
「ほっほっほ。他の魔王を倒すのが、『容易い』でございますか。さすが、イザベルお嬢様でございます」
「む……そんなに笑うことはないであろう?」
御前試合で力を示し魔王になったこと、モリーにはもっと褒めて欲しい。
幼少の頃より私に剣と魔法の指南をし、今も身の回り世話から公務の補佐まで務めてくれている彼に。
「そんなお嬢様に、グリートニアで大仕事が待っておりますよ」
「大仕事? なんだ、それは?」
こちらの気を知ってか知らずか、モリーは次なる仕事の話を始める。
まぁこれも、いつものことなのだが……。
「グリートニアの――魔王城の、改修工事にございます」
「かい……工事?」
これから居城となる、グリートニアの魔王城。
今しがた与えられたばかりだと言うのに、工事の必要があるのか?
「城の建て替え……ということか? なんだ、グリートニアの魔王城は雨漏りでもするというのか?」
「いえいえ、とんでもない!! 城では今も先代魔王の従者が城の管理維持を担っており、古いながらも荘厳な姿を保っております」
それならば、住むのに問題無さそうだが……。
だがモリーがわざわざ工事が必要と進言するのだから、何かしら理由があるのだろう。
城の工事か……。
「……よくわからんが、土木工事ならばオークやドワーフに任せればよかろう。我が口を出すことなど――」
「それはなりません!」
長い廊下に、モリーの声が響き渡る。
思わず怯んでしまったところに、熱い口調で畳み掛けるモリー。
「魔王城とは、主たる魔王の資質を映す鏡なのです!!」
「お……おう……?」
「ですからイザベル様の、イザベル様による、イザベル様のための魔王城を建てなければなりませんっ!!」
「そ、そうか……」
確かに戦いにおいても、武装や構えが敵への牽制や威圧になる。
城の備えにも、同様のことが考えられるのであろう。
「しかし改めて言われると、城のことなど深く考えたことが無かったな……ふむ、どうしたものか……」
手っ取り早く、罠を設置するとか?
いや、戦乱の世でもあるまいし、自他ともに得るものがないな……。
思案している私に、モリーは更なる提案をする。
「まずは城や町について、知見を広めるのが良いかと」
「知見を広げる、とは?」
魔王になるため、武芸と共に学問もそれなりに納めたが……。
それとは別に、学ぶべきことや手段があるのだろうか。
「そうですね……人間の世界を見て回るのは、いかがでしょうか?」
「他の魔界ではなく、人の世を? 確か、モリーの故郷であったか……」
「ええ」
懐かしく、慈しむように、モリーは故郷について語る。
「東京という都市なのですが、面白く、刺激的で、素敵な場所にございます」
「……そうか」
人の身でありながら、我ら魔族と互角に渡り合うモリー。
魔王と認められた今の私ですら、訓練試合をしたら勝率は五分五分であろう。
そんな彼が、東京なる地に学ぶべきことがあると言うのだ。
「モリーがそう言うなら、そうなのであろう。東京とやらに、行ってみようではないか!」
私の決断に、モリーはニッコリと微笑む。
「では、案内人を手配いたしましょう」
「なんだ? モリーが一緒ではないのか?」
自分の故郷を紹介しておいて、案内をしないとは。
不服な私に対し、モリーは飄々としている。
「お嬢様の目で見て、感じてこその学びがございましょう」
「ふむ……そういうものか」
「私めは、城の留守を預かっております。ささ、これから忙しくなりますよ!」
そう言うと、モリーは軽い足取りで出口へ向かう。
私が東京に行くだけなのに、なんでモリーがそんなに嬉しそうなのか。
軽快な背中をおって行くと、モリーがくるりと振り向く。
「そうそう! 案内人の桜木谷つむぎちゃん、とっても面白い子なんです。きっとお嬢様も、気に入りますよ!」
「……つむぎ……ちゃん?」
案内人とやら、若い娘なのか?
モリーめ……自分の孫でも紹介するように言いおって。
桜木谷つむぎ……どのような者なのだろうか……?
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