除雪

あるまん

しんしんと

 雪が降る。


 当たり前だ。雪だって物体だ、雲とかあんな高所から落としたら大抵の物体は下に落ちるに決まっている。落ちないのはヘリウム風船とか、空気よりも軽いモノだけであって……。

 もし雪が空に飛んで行ったらどうだろう? いや、風で舞い上がるとかじゃなく、ヘリウム風船の様にぷかぷかと浮き上がる感じに。

 そんな物体だと今の様に、雪イコール重たいモノってイメージは無かったかもしれない。ま、研究所の実験装置の中ででもなければ雪は雲から降るモノで、僕達の目線の先に降り積もるモノでもないが。あ、人工降雪機ってモノもあったっけ?


 そんな他愛もない事を、深々と降り積もる雪の中、ママさんダンプで除雪をしながら思う。あ、ママさんダンプというのはどうも方言らしく、内地……本州の方ならスノーダンプというのか。30センチ以上は積もった雪に其れを突き入れて、黙々と道路脇の排雪場に運ぶ。

 ダンプという位だから本来は雪をスコップやジョンパ……是も方言か。要は面積が広いプラスティック製の雪投げ道具……等、土木機械におけるショベルカーの様な物でスノーダンプに積み、運搬する為に使うべきかもだが、そんな使い方より雪に直接突き入れて運ぶ方が早い。10センチ程度の大した事のない積雪量なら玄関前から20mは離れた排雪場迄押していく場合もある。

 しかし都会では僅か5センチ程降ったらもぅ交通が麻痺し、道では人々がこけまくっているそうじゃないか。此方では其の程度なら雪かきすらしないだろうな。雪国マウントと言われてもいいが、都会は各地方から人が集まるものだし、其の様な知識等ある人も居て然るべきじゃないのか? 最近は割と都会でも降る事も多いのだし、せめてこの時期位は冬靴を販売しろよと。

 

 都会に行ってしまったアイツの事を思い出した。ま、アイツも少なくとも10数年はこの豪雪地帯に居たのだ、下手な内地の人間よりは解っているだろうが、もぅ10年以上経つし忘れてしまったかな?


 アイツ……美玖は雪が好きな娘だった。小学生の時は雪が降ると男子よりも早く教室の外に飛び出し燥ぎ回る様な活発さを持っていた。

 僕は其処迄行動的ではないので、そんな様子をぼうと眺めているだけだったが……一体何時から気になり始めたんだっけ?

 深々と降り積もる雪の校庭で、お気に入りの赤いフリースを着込み薄桃色の帽子と白い耳当てを被り、くるくると雪の中を舞い踊り、偶に新雪にダイブしては手足を動かし天使を形造るその姿、ま、其の当時に本物の天使の様だ、とか洒落た思いを抱いた訳ではないがな。

 狭い町だしクラスも何度も一緒になり、まぁ喋らない訳ではなかった。とはいえ活発な美玖と漫画好きで今でいう陰キャな僕、必然其処迄付き合いもなく……。

 美玖とは中学も一緒だったが、流石に其の頃には新雪に飛び込む様な事はしなくなっていたが、其れでも運動系の部活に入り、帰宅部の僕とは益々接点が無くなってきた。友達が多い美玖と陰キャらしく教室で本を読んでる事も多かった僕……幸い虐めという物の対象にはならなかったが。


 ある日、深々と雪が降りしきる中学2年の冬……商店街の隅を歩く美玖を見かけた。

 其の様子は普段の明るく、周りに友達の姿が途切れる事もない様子と違い、赤いフリースを着ているのにまるで蝋燭の炎が消え入りそうな……。

 其の時の僕は、多分衝動的で何も考えてなかったと思うが、何かを感じ取ったかもしれない。接点が無くなりかけていた美玖に「どうしたんだよ」と声をかけていた。

 

 美玖は此方をぼうと見つつ、親の都合で転校するの、と言った。


 ……僕は一瞬言葉に詰まったが、「そっか」と言った後、雪が5センチは積もった近所の公園へ行った。ベンチの雪を手で払い、尻が濡れるのも構わす二人で腰かけ色々と話をした。部活の時期エースで部長になるかもしれなかったのに断らないといけないなとか、あっちではここまで雪が降らないみたいだしスキーとかも行けなくなるな、とか。

 僕はそんな美玖に、お前の力ならあっちの学校でも直ぐエースだよとか、あっちは冬でも花が咲くんだってさとか、差し障りの無い言葉をかけるしかなかった。


 其処には小学生の時の校庭で見た赤い天使の姿がなかった……其れ処か雪の様に儚く消えてしまいそうで……。


 僕は思わず大きな声で

「しっかりしろよ。あっちに行っても繋がりが無くなる訳じゃないんだ。携帯だってあるし、冬休みとか小遣いを貯めて帰っても来れるじゃん。寧ろこっちを忘れる位楽しい思い出作ればいいじゃん」


「最後なんだし、せめて何時もの様に、明るい姿でいてくれよ!」

 

 といっていた……美玖は突然の僕の大声にぽかん、としつつ、まさか君に此処迄励まされるなんてね、とくすっと笑い、


 ありがとう、これは御礼よ。


 ちゅっ。


 ……


 ……一瞬何が起きたか判らなかった僕が、其れをされた所を触ろうとすると


 こらっ、一応私の初めてなんだから、直ぐに拭おうとしないのっ!……じゃ、今日はありがとう……普段からもっと話しておけばよかったね。じゃ、また学校で。


 ……


 翌日朝のホームルームで美玖の転校が発表された。男子のえ~っという驚きの声、女子のすすり泣く声、休み時間になっても美玖の周りから人が途切れる事がなく、僕は何時もの様にその様子を、本の間からちらちらと覗いていた。


 でも美玖の様子は昨日の様子とは全然違う、すっきりとした様子で……。


 お別れ会を開こうというクラスの意向も固辞し、一カ月程経った頃割とあっさりと、彼女の転校の日が来てしまった。

 クラスの皆に別れを言った後、何人かの親しい友達や部活の仲間と最後の夜を楽しむらしい。僕はそんな様子をぼうと覗いていた。


 ……


 彼女が行ってしまった数日後、帰宅した僕に母親から手紙が届いてるよと言われた。


 美玖からだ。


 部屋に入り封を開く。中には……あの時はありがとう、結局最後まで余り喋れなかったね。もし良かったら……と彼女のメールアドレスが書かれた手紙が入っていた。

 だが僕は其の当時携帯もパソコンも持っていなく、若し持っていたとしても……とても返事など出来なかったであろう。其の手紙に返信も出来なかったのだ。


 かくして僕と美玖の繋がりは、其処で終わってしまった。高校に入って同級生になった奴の噂話を傍で聞いて、何度か美玖の近況を聞いたりしてたが、其れも其の内聞かなくなり……僕は大学に入り、漫研に入り、其処で出会った後輩……今の彼女と出会い、同棲を始めてもう3年になる。

 今の彼女にも美玖の話はしたが……美玖との公園でのファーストキスの話は黙っていた。無論中学生の時の話など今となっては時効かもだが、何となく……この部分の思い出は胸に秘めたいと思ったのだ。


 こんな思い出話に浸ってるうちに取り敢えず玄関前から道路迄駐車場スペースを除雪出来た。家に入り、彼女のお疲れ様という声と、用意してくれていた手製のクッキーを摘まむ。

 外はまだ深々と雪が降り注いでいる。是は午後にはまた除雪しないといけないな、と霹靂しながら、


 僕はあの時の赤い天使の記憶を、また心の中に封印する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

除雪 あるまん @aruman00

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画