第10話 □ 転送者と滞在者
□ 転送者と滞在者
「俺は確……」
今、自分を取り巻く環境を、見て神夜は、ここで数時間気を失っていたことを理解した。
神夜が倒れて居た所は、気を失う前にいた線路だった。
神夜は直ぐに暁斗を探した。
―――いない―――。
だが視界があまり良く見えない……。
周囲を見渡しても、暁斗はどこにもいなかった……。
それもそのはずだ……。
暁斗といた時は、4時過ぎだったはずだ。だが、今は真っ暗闇だ。
この状況で、判断する限り、2時間はとっくに過ぎて、気を失っていたことになる。
暁斗が居るはずがない。
「もう一人で家に帰ったのだろうか」
そう思えることならそう思いたかった。
なぜなら、神夜の記憶が正しければ、暁斗は普通では有り得ないことを神夜の目の前で、起こしたからだ。
そのことを確かに受け止めた神夜は、単純に思った。
「あの時見せた暁斗の表情といい、あの暁斗の周りに着いた青白い発光体は、何だったのか」
そんなことを考えている内に、段々と何も起きていないことに「ホット」して、ひとまず安心感を覚えた。
神夜は脚の力が抜け、その場で崩れ落ちるように、手を線路のレールに着き、自分が崩れ落ちるのを止めた。
「!」
ふと、奇妙なことに気が付いてしまった。
「えっ! 俺は2時間この線路の上に居たのか……?」
―――ザワッ―――。
「だとすると……俺は……もう……死んでいる……」
神夜は、「死」の恐怖を感じた。
それと同時に体全体が震えた。
なぜなら、ここの電車が通る線路は、30分おきに、通る電車だということを知っていたからだ。
―――でも、俺は生きている―――。
「何で?」
電車が通っていない……?
それに気づいた神夜は、線路の上から、道路にある白線まで行こうとした。
そう考えていた時だった。
急に暗闇の向こうから「2つの丸い小さな発光体」が見えた。
微かに聞こえる……聞きなれた音。
その音は、いつも書店に行く時に聞く「電車」の音だった。
2つの発光体が段々と大きくなってくる。
「ガタンッ……ゴトンッ……」
―――ゾワッザワッゾワッ―――。
神夜は電車が通ることを知り、ここは危険だと思い始め、急いで脚に力を入れようとする。
「……動かない……」
―――足が―――。
―――動かない―――。
神夜は、動かない自分の太ももを、無理矢理でも、力を入れるため、手で触れて立とうとした。
その時だった。
神夜は違和感を覚えたのだ。
その違和感の正体は、衝撃的なものであった。
なぜか自分の脚に触れられない神夜は、自らの「脚」に違和感を覚えた。
恐る恐る……。
―――正直見たくなかった―――。
―――理由は、薄々自分の脚がどうなっているかは、感づいていたからだ……。
―――自覚をしたくない―――。
だが確かめないことには、今後の「未来の決定」ができず、電車に引かれる「死」が待っている。それを自覚していた神夜は、覚悟を決めて、脚を見た。
「脚がない……」
神夜の両脚は、太ももから、足先まで、脚が無くなっていたのだ。
その代わりに、両脚には、青白い正方形型の光が筒状の丸い円になって、ふとももの付け根から足の先まで、「ぐるぐる」と回っていた。
「何だ! これは!」
その上には、暁斗の時と同じような画面が展開されていた。
その画面にはこう表示されていた。
《復興中です》
《実体化中です》
神夜は頭が真っ白になった。何背先ほど両脚で立っていたのにも関わらず両脚が消えていたのだからだ。
神夜は、困惑していたが、電車から逃げる危機感だけはまだあった。
神夜は、とっさに腕で移動する手段に換えると、手の重みを使ってジャンプし、近くの踏切までたどり着いた。
懸命に地面を這う、踏切棒までたどり着いた神夜は踏切棒を両手で掴んだ。
すると、先ほどまで力が入っていたはずの、肩から手先に、全く力が入らなくなっていた。
なんと、手の先から青白い光が放たれ神夜の腕は、段々と燃え落ちていく様に……。
その燃えカスは青白い綺麗な粒子になって、輝きながら暗い空へと散っていくではないか、その散っていく腕の前にもまた違った画面が展開された。
そこにはこの様に表示してあった。
《エラーしています》
《現在の実体化率55%で一部に集中して使用したため、エラーしています》
《現在復興中です》
と、複数の画面が表示してあった。
自分の身に、立て続けに起きるこの現実から、かけ離れた有り得ない状況を見て、理解が及ばず神夜の頭の中は真っ白になる。
そして、電車はそんなことがあろうとも知らず刻一刻と迫ってくる。
「ガタンッゴトンッ、ガタンッゴトンッ……」
ドンドン迫ってくるレールの上を走る電車の音。
神夜は自分自身に言い聞かせた。
「戻ってくれ……手……足…………どっちでもいいから戻ってこい‼」
神夜は必死だった。
「戻れ……戻れ、戻れ、戻れ、戻れ! 俺の手足、もどれ、もどれ…戻れ! 戻ってこぃよ‼」
すると両脚の画面が消えて、新たな画面が展開した。
《復興中です》
《実体化中です》
から、画面が変わり。
《復興成功しました》
《実体化成功、定着しました》
と、その画面が展開したのと同時に、脚の付け根から青白い光を放ち、脚が戻ってきた。
「ガタンッ、ゴトンッ、ガタンッ、ゴトンッ」
―――やったあぁ!―――。
神夜は、無我夢中ですぐさま立ち上がり、まだ、腕がない状態で踏切棒を脚だけで、越えようとした。
そして、神夜はまたもや、有り得ない状況に遭遇した。
「‼」
何と、電車が通る信号と信号の間の踏切がある場所だけ、透明で丈夫な板が四方八方に張り巡らされており、密閉されていたのだ。
神夜と電車の距離はまだあったが、神夜は理由もなく戦意喪失した。
(あ~もう意味わかんねーよ……手足が急になくなったと思ったら、今度は見えない壁とか……ふざけんなよ…………まじで……)
―――もう駄目だ……電車に引かれて、俺は死ぬのか……‥…―――。
冗談交じりに言った神夜の言葉は、冗談ではなく本当にそうなるのだと、心の奥から思った。
―――腕も戻ってこない……それよりも、なんだこの透明な壁は……―――。
もうどうすることもできなくなった神夜はここで、「死」を覚悟した。
どんどん迫ってくるレールの上を走る電車の音。
「……ガタンッ……ゴトンッ」
自分が死ぬ直前の光景を見る勇気がなかった神夜は下を向いた……。
自然と涙が出た。
「……ガタンッ……ゴトンッ」
目から出てくる涙がこぼれない様に上を向く。
真っ黒な闇にも似た、空を見上げた神夜……。
何ともこの時涙で濡れた瞳には神秘的な夜空に見えた。
「ガタンッ……ゴトンッ」
神秘的な夜空を見てから、神夜はゆっくりと覚悟を決め、目を細め静かに、最後の一時に浸りながら下を見て、神夜はゆっくりと瞼を閉じ様とした……。
「……ガタンッ……ゴトンッ」
その時だ、地面に映った2つの電車の光は、片方から段々と二本の黒い影が浸食していく。
その影は、段々中心へと、移動していくではないか……。
神夜はその影を見て直ぐに何なのかが分かってしまった。
――人だ――。
二本の黒い影は人の脚だった。
ゆっくりと頭を上げてみると脚が見えた。
「……えっ!」
神夜は驚いた。
暗くてよくは見えなかったが、そこに居たのは確かに人間だった。
しかも、その人間は黒髪で、髪が長く、背が小さく、腕も脚も細い中学生位の少女だったからだ。
神夜が、驚くには十分な理由だった。
その少女は、コスプレと言っていいものか、派手な感じではなく、実践で使用するような、リアルな戦闘用の武装をしていた。
見せかけの見せるような派手な作り、ではなかったが、洗練されているが、見た目にも花がある斬新なデザインをしていた。
そんな不思議な格好の少女が立っている。
電車のライトの逆光でハッキリとは見えていなかったがそんな感じだろう。
その時、神夜は ―ゾクッ― とした。
なぜなら、この少女も神夜の様に、ここで死ぬと思ったからである。
神夜はその時だけ、叫ぶ力と勇気が出た。
声を張り出した時にその反動と死の恐怖からか目から涙がまたあふれ出てきた。
「おっおい‼ 早く逃げろ‼ 君も死ぬぞ‼」
神夜は、泣きながら叫んだ。
だが、その少女には届いていない。
聞こえていないのだ。
レールの上を走る電車の音で掻き消されてしまっている。
それが理由じゃなかったとしても、透明な壁で密閉されているため、もしかしたら、完全に聞こえないかもしれない。
「ガタンッゴトンッ!」
神夜はとっさに立ちあがり、透明で丈夫な密閉された空間で聞こえていない少女に向かって大声で叫ぶ。
「馬鹿やろ―‼ 何してるんだ! 早く逃げろ―‼ 早く! 早く……」
電車と少女の距離はもはや無いに等しい。
「もう無理だ……」
神夜も遥かに電車に近い前に居る少女の目の前に電車が来てしまった。
それを望んでいたかのように、少女はか細い手を右手だけ前に出した。
「もう死ぬ!」
神夜は顔を下におし覚悟する。次の瞬間。
「ガッーン!」
大きな音がしたが、自分の見に何も起きていないことを自覚すると、恐る恐る顔を上げて目の前の電車と少女を見た。
すると、青白い光を放ち、少女は片手で電車を止めてしまったのだ。
止めたとはいえ、かなりの強さで少女は押されている。
「‼」
神夜は思わず呟いた。
「……嘘だろ……片手で止め……電車を、止めた……電車だぞ……」
その時だった、少女は空いている、もう片方の腕から青白い光を放つと大きくしゃがみ込み、電車の下から上に向けて、アッパーを繰り出す。
すると電車の前車両が浮いた。
「⁉
すかさず、少女は軽々と何メートルもジャンプして、右脚に青白い光を放ち、空中に体が浮いているのにもかかわらず、左脚を軸にして豪快に右足で電車を蹴っ飛ばした。
右足の青白いなにかの力でこんなにも威力がでている喉と思ったが、それにしてもありえない光景を目の当たりにした神夜。
電車の全車両が軽々しく吹っ飛んで行き、青白い光を放ち《GAME OVER》と何かの音声機(ボーカロイド)によって発した音が聞こえ、電車は前方から後方まで散っていった。
その後、少女の着ていた斬新な鎧は、青白く発行して電車のように細かい粒子となり、消えていった。
「このシステムはこれで限界のようね……今度は、耐久性に難ありか……」
そう呟く少女の武装がどんどん透明になって青白い粒子を放ち消え散ってゆく。
数秒で、少女は武装要素がなくなり、ロングコートを来ている少女に切り替わった。
そして少女は振り返り、神夜の方向へ歩み寄ってきた。
神夜は、またあの時と似た光景を見にした。
PCの画面の中にある、消去画面のゲージの様なものが出てきて、《消去中です》と書かれてあり、ロード中のゲージもあった。
暁斗の時とは違う画面ゲージが出ていた。
暁斗の時は《転送中です》で、この電車の時は《消去中です》……一体全体どうなってるんだ。
助かったよりも、何て有り得ない光景を見てしまったんだという思いと、あの少女は何なんだという気持ちの方が大きく、今一番の神夜の中の問題でもあった。
そして神夜は背を向けている少女に問いかけた。
その問いかけは、透明な何かにより、少女には聞こえていないようだった。
「今のは……一体……君……電車を素手で……いや……吹き飛んだ⁉……」
「《GAME OVER》とか《消去中です。》とか一体どうなっているんだ……」
―――どういうことなんだ―――
神夜の慌てふためく様子を見て、少女は絶句した。それもそのはず、両腕が無くなっていて、しかも、謎めいた透明で丈夫な密閉空間の中に居るのだから。
誰がどう見たって、その反応を見せるだろう。そう思っているうちに神夜の手が戻ってきた。
《復興成功しました》
《実体化成功しました》
少女は少し時間がたつと、片脚で透明の丈夫な板を意図も簡単に蹴り壊した。
その後少女から急に質問攻めにされた。
「君……感情表現ができるの⁉」
「もしかして、君は私と同じ世界から来た人?」
とっさに神夜は答えた。
「え? 今の出来事を見たらだれでも表情くらい……! 暁斗も転送中とか出てきて、何なんだ一体あれは……同じ世界⁉……」
神夜の問いかけに答えず、少女は驚きながら更に質問をしてきた。
「その暁斗って人、ホントに転送中ゲージが配信されていたの⁉」
「あぁ…そうだけど配信とかPCデータじゃないんだからそんな言い方はないだろ……」
神夜の回答に少女は理解して、納得したのか、急に真面目な顔で話し始めた。
「PCデータだよ」
「えっ!」
「そういうことね、だから私以外のウイルスを排除しようとしていたのね。君は暁斗って言う人に転送ゲージが出ている時に恐らく触れたよね⁉」
「あぁ…触れたけど、何でそんなことを……そもそもウイルスって何だよ」
「ウイルスっていうのは君と私みたいな存在を、この世界ではウイルスというのよ、君は暁斗と言う人と一緒にこの世界に転送されたってこと」
「人格がデータ化してしまうのよ」
神夜は、話を信じず、自分の主張を始めた。
「よくわからない……というか暁斗を知らないか⁉ 俺と同じ場所にいたはずなんだ……」
「この場所には君しかいなかったわよ……。単純に消滅した可能性もあるわ……存在の力が少ないと転送できずに消滅することもあるから……」
「ありえない⁉ 転送って元々ここに神夜は居たぞ、この世界って俺が今住んでる世界じゃないか……さっきからこの世界がデータだって面白くない……冗談だろ⁉」
「本当よ、この世界は分かりやすく言うとコンピューターで言う内部メモリー、そして、その中にあるデータ情報がここにあるもの全てだってこと」
冗談のような言葉を並べる少女。
だが、そんな話を真に受けるほど冷静さを失ってはいない神夜は、段々といらだちが隠せない口調になっていった。
「ふーん、じゃあ暁斗は俺達と同じだよな~。何で暁斗の事はウイルスって言わなかったんだ」
「そこなんだよ。暁斗という人は、もしかしたら、人間じゃないかもしれないわ……」
「⁉」
「そもそも、人間がこの世界に来ることが出来るには、この世界で作られた情報に触れた人だけよ。もし、普通向こうの世界で話せたとしたら、情報ではなく、人工的に作られたこの世界の新たな人間のサンプルの可能性が高い気がするわ……。私の知っている限り、それは可能なのよ……」
「サンプル?」
「そう、暁斗っていう人は、実験のためのサンプルにされたのよ、多分それもまだ一段階のね……」
「なんだよ……なんだよ、それ……サンプル……要するに人体実験……」
「恐らくこの《仮想世界(データワールド)》には、《現実世界(リアルワールド)》と比べて唯一足りないものがあった」
神夜はその時に「ピーン」と足りないものがなんなのか頭の中に浮かんだ。
その浮かんだものを言葉にして発してみた。
「それが人間の心……」
神夜の予想は当たり、少女は何の躊躇いもなく話を続けた。
「そう……人間の心……気持ち、思いやる心、友情、恋愛感情など人間の全てのものが足りないってこと、そして自分が望む偽りの世界を作ろうとしているのよ。そう……アイツはそのためならどんな事でもするのよ……誰だろうと命さえもたやすく奪う……例えそれが自分の大切な人であっても……」
「自分の大切な人って…………アイツって……まさか……君の家族……」
神夜は恐らく当たってしまったのだろう。
その言葉を聞いた途端、少女は我慢していたのか、顔を歪ませて今にも泣きだしそうな目で下をうつむき小さな声で言った。
「私の……母と……姉の命を奪ったの……父が……」
「!」
神夜は、その話を聞いて黙ることしかできなかった。
「……」
沈黙が続いた。
それもそのはず。
人の不幸な話を聞いて何か言える方が少ないのだ。
だが神夜は必死にその何かの答えを探していた。
今ここで少女に何か一言を言いたくて下を向いて考えていたその時だ。見覚えのあるものを発見した。
―――クロワッサンが入った紙袋―――。
あの時、暁斗から渡されたパンの紙袋だった。
神夜は、今頃気づく所かと思ったが、悲しげな表情を浮かべている少女になにか言葉を投げかけてやりたがったが、そうそう、気の利いた言葉を思いつかない。
そんな事を、考えながら、クロワッサンが入っているパンの紙袋を拾おうとした。
すると、少女がそのパンの紙袋の中身を見てあることに気づく。
「あれ……この紙袋の中に、スマートフォンが入っているわよ⁉」
周囲は暗い。
当然紙袋の中に何が入っているかすら、見えない状態だったが、神夜はその言葉を確かめるようにパンの紙袋の中身を確認した。
恐らく少女の目は暗闇でもよく見えるのだろう。
神夜はそんな事を思いつつも紙袋の中を確認した。
「あっ! ホントだ!」
紙袋の中に潜んでいたスマホを手に持った。
「……これは、俺のスマホ⁉……」
だが、スマホの電池切れで、起動しない。
神夜は直ぐに気がついた。
暁斗が俺に《何らかのメッセージ》を残しているのではと思う神夜。
その要素として一番スマホでやり取りをしていたのはコミニュケーションアプリ。
もしやと思い、アプリを開こうと何度も起動を試みるも、やはり、電池切れ……。
打開策を見出すため、少女に問いかける神夜。
「電池切れだ……PCかバッテリーを持っていたら貸してくれ。あとUSBコードも」
そう思った神夜は少女からPCを借りようとした。
先程、の少女の様子から、聞けそうな状態ではなかったが、今のタイミングで聞かないほうが逆におかしい雰囲気だったため、少し可愛そうだが、対応してもらうことにした。
そんな、神夜の思考を知ってか知らずか、少女は先程の暗い表情が消えていた。
こんな世界に長年いるに違いない。
そのせいで、ポーカーフェースが染み付いたのであろう。
普通の少女であれば泣きじゃくってもいいくらいの嫌な過去を思い出したに違いない。
そんな事を考えていた神夜の顔を「ジー」と少女が見つめていた。
「それの中身の情報を見たいのでしょ、いいよ、USBケーブルもあるから充電してもいいわよ」
少女の様子は至って冷静。
先程の出来事が嘘だったように淡々と言葉をかわしてきた。
「あっ……どうも」
神夜は少女からPCを借りた。
スマートフォンをノートPCに差し込んでその中身のデータを見た。
PCからの電気の供給を受けることができたスマホは、起動するようになった。
神夜は自分の推測があっているかを確認するため、アプリを起動させた。
アプリ内の通知アイコンには、1つの未読メッセージが赤く光っていた。
そのアイコンをタップする。
「何だ……これ……音声データ」
神夜のスマホのコミュニケーションアプリには音声データが入っていた。
《ジッジ―――イ》
「俺は、暁斗だ。結論から話すから、聞いてくれ。まず、2つ伝えたい事がある。1つ目は、データコードを送るから、そこからログインし、コードを入力してくれ」
神夜は、音声を再生した状態で、スマホを操作し、概要を確認する。
「2つ目は、俺はもう、そっちの世界にいない……でも、持っていてほしい。それだけだ。細かいことははなせないが、データワールと、リアルワールドが繋がればまた会える。時間がない――――――……」
《ジッジ―――イ……ブチッ!》
「その……俺も……お前と同じ世界に居るんだけどな……」
神夜は暁斗の伝言を聞いて一人で嘆息を漏らした。
「え~と……このコードを個々に打ち込んで送信……」
暁斗に言われたとおり、スマホの端末に送られてきたURLをクリックすると、コード入力画面が表示された。そして、コードを打ち込んだ。
《コードを承認しました》
《指定先の該当者にデータを配信します》
すると、神夜の目の名に青い画面が表示された。
《データを配信しました》
《ダンロード中》
《実行中……》
《実行完了》
《能力を獲得》
《シークレットデータに追加》
という画面が表示され一瞬で消えた。
「シークレットモード……」
神夜のつぶやきに鞘が反応する。
「そのような情報は200年データワールドにいるが知らないな」
「私も見たことないわね」
神夜は、見たこともないという言葉を信じようとしたが、疑問にも感じた。
理由は200年の部分だ。
200年という発言で、シークレットモードのことは頭から飛んでいってしまった神夜は、鞘に問いかける。
「鞘の声の方? でいいんだよな? 200年この世界にいたってこと⁉」
「その通りだ」
それ以降に、少女と出会ったのだろうそう思っていた。
「じゃぁ鞘とであったのはいつ頃?」
「はぁ⁉ 勿論200年前に決まっているじゃない!」
長い間この世界に住んでいて、順応しているとは思ったが、そこまでとは思わなかった。
この瞬間、神夜は少女が夜でも周辺のものがよく見える目を持つ事に納得がいった。
「え……じゃぁ……もしかし……年上⁉」
「そうよ お姉さんよ」
「お姉さん……なのか……⁉」
少女?の目線が鋭くコチラを凝視する。
「勘違いしてもらっちゃ困るけど……データワールドで、200年ていったら、現実世界の2時間位なのよ! だから、リアル世界に戻れば確実にお姉さんなの! わかったわね‼」
「分かりました!・・・」
神夜は少女の怒りに圧倒されて、つい敬語になってしまったが、理由は他にもある。
それは鞘から、禍々しいオーラが漂っていたからである。
案の定、丁寧に返事をしたことで、禍々しい黒いオーラは消え、少女の怒りも収まった。
よくわからないが、命拾いをしたような気がする。
一息すると、神夜は空を眺めてふと疑問に思う。
―――夜だからかもしれないけど……なんだか現実世界より暗く感じるなぁ―――
その影響かも知れないが、道の白線など、明るい色は、この世界では発行して見えるようにも感じた。この感覚は現実世界になかった感覚である。
まるで、柔らかいLEDラインの輝きにもよく似た、東京の夜景にも匹敵する美しさ。
―――星も、現実世界より輝いているように見えた―――。
こんな時に夜景が綺麗だなんて、平和ボケしているとは思ったが、今の状態を逃避するかのように少しの間時間が止まって見えた気がした。
「ま、暁斗は昔、俳優になりたいって言ってたから、演技の練習がてら俺をおちょくってるんだろう」
暁斗ならやりかねない。
だが、その言葉は神夜に……自分に、言い聞かせるように、独り言を呟く。
そう、自分に言い聞かせているのだ。
神夜は、スマホのコミュニケーションアプリで暁斗に電話をかけるが、待っても待ってもつながらない。
いつもの暁斗なら、すぐに電話に出て「よ! 相棒! どうした?」と陽気な明るい声が聞こえてくるはずだ。
だが、その声はもう聞けないみたいだ。
そもそも、この世界はよく理解できていないが、暁斗とは小学生からの腐れ縁だ。
恐らく、パン屋の手伝いをしているのだろう。
ここへ来て、ここが現実の世界じゃない事を理解したはずだった。
そう、頭では理解していた。
だが、気持ちがついていかなかった。
神夜に気持ちはまだ、現実世界と仮想世界の区別がつかず、混合している状態。
簡単に言うと脳に送られる正しい情報(現実世界)と今起きている正しい情報(仮想世界)の情報をうまく処理できないでいるのだ。
つまり、パニックを起こしている状態。
そこには、希望すら感じられるほど、信じたくない気持ちが優先していた。
ごくまずかでも、ここが、リアル世界だという現実身ある何かを求めて……。
神夜は完全に現実を少駆使できず、ごく僅かな逃避の可能性を求めた。
「パン屋の手伝いをしている時は、電話に出れないからな」
また、一人で発した内容は自分に言い聞かせるようにとっさに言葉が出ていた。
「君、別にいいんだけど……現実理解してる?」
「あぁ、今パン屋で働いているから、電話に出れないだけだよ! 暁斗のパン屋に行けば会えるだろ」
鋭い口調で、少女が指摘した。
「この世界は、現実世界とは異なるのよ」
少女が言うことが正しい。
現実世界の人間がいる確率は少ない。わかっている。頭ではわかっているが、感情がついていかない。
「行けばいるさ! うん! 君もパン屋行こうよ! クロワッサン以外にも、メロンパンとかアンパンとか定番のパンがあるし、どれも絶品だよ!」
「まぁ……いいわ……ついてくわ(頭では理解しているけど、気持ちが理解を拒んでいるといった状況かしら、気が住むまで待つしかなさそうね……)」
少女は、呆れたのか諦めたのか、しかめっつらで神夜の提案に乗っかった。
そういうと、約2メートルの間をあけながら神夜の後をついてきた。
パン屋に行く間も、何度か電話を掛けるがつながらない。ためしに、親にも電話をしたが、つながらなかった。
何かがおかしい。
とっくに気付いているはずだが、受け入れられない。
少女は、神夜の動向を探るようにあとをついてくる。
不自然だが、それでも、現状起きた出来事を把握し受け入れるより、いつも通りの生活に戻るほうが、遥かにマシに思えた。
それは、脳の防衛本能であり、精神的ダメージを回避するための変わらない日常を脳は欲していた。
信じられない。いや、信じたくないという方が近い。
少女は、黙っているが、2メートル感覚を継続しながら、後をつけてくる。
その足取りを意識しながら、玄芳パン屋に足を運んでいた道中。
たまに見かける《黒猫と白猫》に遭遇した。
この猫達を神夜はよく知っていた。
どちらの猫も、日頃、お互いに威嚇しあって喧嘩しているイメージだったが、今回は仲良くと言っていいのか、並走している。
珍しく仲が良いのか。不思議な違和感を覚えた。
「白! 黒!」
神夜はその2匹の猫をそう呼んでいたのだ。
呼びかけるといつもなら、喧嘩をやめて、近寄ってくるはずだったが……、今回は様子が違う。
様子が違うどころか、神夜の声が通じていないのか、こちらを気にする素振りも見せないまま並走して、いつもどおりの位置書きの上に飛び乗り、草むらへと消えていった。
2匹の猫が草むらへと姿を消した瞬間ふとあることを思い出し、血の気が引けるのを自分の頭で理解した。
―――ゾワッ―――
なぜなら、神夜の幼少期に出会った猫で恐らくそんな長くは生きているはずがない。
なぜなら、2匹の猫は子猫のままだったのだ。
神夜は違和感を覚えた。
成長が止まっている。
神夜が知っていた猫じゃない可能性も選択肢としてはあったのだが、片方の黒猫は、しっぽが2本に分かれている特徴を持っており、白猫のほうが耳は、片目が赤くなっている猫でその二匹のまれな組み合わせはそうそう無いだろう。
その理由は、どちらも虐待を受けたとされ、動物保護団体に引き取られ、近所のおばあちゃんが飼い主として志願したという流れである。
この時点で、少女が言っていたことの信憑性が増していたが、それでも現実を受け止めたくなかった神夜は、玄芳パン屋の玄関にたどり着く。
玄芳パン屋の店内に入り、一目散に工房の中に入る神夜。
そこで目に入ったのが、いつもどおりのパンを焼いている玄芳父と玄芳母の姿があった。
神夜は玄芳母に問いかけた。
「こんにちは! 暁斗はまだ帰ってないんですか?」
「・・・」
「え~と・・・暁斗はもう帰ってるんですよね?」
「あの~すみません! 聞いてますか?」
「・・・」
返答がない。
神夜の存在に気づかないのか、いないものとしてパンの製造を続ける玄芳母。
「なんでだよ……なんで、返事をしてくれないんですか……」
神夜は、無意識に下を向き一番大きな原因を思い出す。
―――仮想……世界(データ……ワールド)―――。
◇◇◇
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