出せなかった雪のSS
一華凛≒フェヌグリーク
イマジナリーフレンド
「もう! 雪ちゃん、そんな頑張らないの!」
『はい、お母さまお決まりのジョーク! 決まるか? 決まるのか?!』
(決まるわけねーだろ食傷だよ)
もう60代になる母のおふざけに乾いた笑いを返す。
『あー』と残念そうな声が頭の後ろで一斉に合唱する。
仕方ないだろう。スキー場に来たり、雪が振ったりすると、毎回名前で弄られるんだから。リフトがズンズン進む中、周囲を見渡す。当然だが、誰もいない。でも私には声が聞こえているし、なんなら彼らの姿をありありと想像できる。
イマジナリーフレンド。
通常思春期の終わりと共に別れを告げるはずの彼らは、まだ私の傍らに存在する。何故なのかは分からないけれど、生活に支障はないし、なにより楽しいから放っておいている。私の場合、その時々ハマっているアニメのキャラクターの声がすることが多い。私がやってるTRPGの自キャラであることもある。
妄想の果てに気が狂ったと言われるなら、それもそれでいい。私が楽しいんだから。
(ねえ、サンタさんがソリから見る風景って、もっと遠いかな)
『どうだろう。だけど、俺たちの視界も随分すごかったんだぜ』
(だろうね、空飛べるんだもん)
『アンタらの想像する”自由”はなかったけどな』
「そろそろだねぇ」
「そうだね。もうそろそろゴーグル庇うのやめていいと思うけど」
「うん。でも雪がついて視界不良になると嫌だもの」
「そっか」
ストックを持ち上げて、足に力を入れる。板をナナメにすると、踵のほうにビィンと軽い衝撃。膝を曲げて押されるがままに立ち上がる。
毎度、自分の思考を疑問視する。
何故、ポジティブで明るく人のためになる仕事をしている善人から、私のようなひねくれものが生まれたのだろう、と。
『それは、君の幼少期の彼らの態度が問題だっただけだと思うよ』
(スイセンはそう思う?)
『それはもう。
「雪ちゃんはどこから滑る?」
「うぅん……右かな。新雪がそこそこあって面白そう」
「私は膝が心配だから真ん中から行くね。あの杉の木の前あたりで集合しよう」
「うん」
並列思考は苦手だ。
だって、彼らと話すのですでに半分脳みそを使っているから。普通の会話にだってちょっと難儀する。だけれど、20年来の友達を優先するくらいしてもバチは当たらないだろう。
大体、彼らとの会話を切ってまで現実の人間と話すだけでも、私としては随分な譲歩なのだ。現実で生きないと大変だって言われるし知っているからなあなあにこなしているだけで、正直かなり面倒くさい。
母が滑っていくのを見送って、右側に滑りだす。丁度私の目指す先に母の指し示した杉の木がある。
「でもさ、お母さんも頑張ってたなって思うわけよ。お父さんがさ、私たちカフェに連れて行って朝食摂ったり、晩御飯作ったり、洗濯物したり畳んだり、生活のことかなり分け合いっこしてたとはいえさ、おじいちゃんとおばあちゃんの介護と仕事と育児の三足の草鞋はきついって」
『それが、寂しがる我が子を放っておく理由になるのか。人間は薄情だな』
「仕方がないって奴だよ」
『アタシ、その言葉嫌い』
「コーラル……」
ぶつぶつと話しながら滑っていれば、あっという間に杉の木まで辿り着く。母はまだ来ていない。雪を掬って、両手で上へと投げる。雪ははらはら舞い散ることなく、べったりと互いを抱きしめながら落ちてくる。一度地面に落ちた雪は、もとのひらひらした雪には戻らない。
『アンタが母親を愛してるのは知ってる。だけど、アタシは嫌い。アンタのこと、ずっと独りぼっちにしておいて、いざ成人してから「構いたい」なんて言ってべったり依存してくる。とんでもない親よ』
「コーラルのとこは、幼児期に厚く面倒を見て青年期からは放任だものねぇ」
『そうよ。どれだけ自立できていなくたって、青年期には蹴飛ばすの。成人過ぎても一緒に暮らしてることは異常だわ』
「あなたのところの文化と、人間の文化は違うんだって……お母さん来た」
雪を月形に舞い散らして、母が目の前に止まる。
「膝心配って言ってた割に滑れるじゃん」
「まー、まだ身体が覚えててくれてよかったわ」
『俺らのがすごいことできるだろ』
(そうだけど、ちょっと静かに)
「次どうする?」
「あー……あそこの黄色い看板は?」
「合流地点でしょ、あれ。危ないと思う。……あの山小屋は?」
「うーん……」
「不服そう」
「ちょっと、リフトの下通のは怖いかなぁ」
「じゃあこのまま降りちゃう?」
「えー、もっとお話ししたい!」
「えー……いいけどぉ」
『アンタのかぁさん、アンタに甘えてるんだな』
『まったくだわ』
『さっさと自立したまえ。応援する』
(パートタイマーが自宅暮らしを手放せるわけもなく……)
愛と憎しみ、両方を親に向けて持っている。
『10年前に言ってくれ』と思う言葉をたくさんかけられた。『それを今ほじくり返すのか?』と呆然とする本音を語られた。
母と父が人助けをする仕事だったから得たものがたくさんある。そのうち一つが、鬱から抜けるまでの金銭的援助と社会保障だ。愛情深い人たちではあったから、うちの家族は周囲から見ても相当仲が良いと思う。家が帰るべき場所であってくれる幸運を、私は噛み締めている。
それでもやはり、幼少期の自分は『どうして?』と私を責めるし、ふとした瞬間過る本音には憎しみがにじむ。
「まあ、リフトで話せばよくない?」
「えー……あ、お父さーーーーーん!!!」
母が大きな声で大きく手を振る。
父が私たちより多少下の位置で止まって、同じように手を振る。無言で手を伸ばす仕草に頷く。多分父と合流して、それからまた目印を探そうと言いたいのだ。
母が行く。
私は背中を見送る。
「いいんだよ。どうせ、あと20年もしたら自力で頑張んないといけなくなるし。お母さんかお父さんの健康が損なわれたら、その時点で頑張らなきゃいけなくなるし。……今は、二人そろって元気なのに甘えてるの。それでいいの」
『君、そんなだと急なことに対応できないよ』
『ま、アンタの人生だ。好きにすりゃいいさ』
『アタシはやっぱり、アンタは自立すべきだと思うよ』
「そうだね」
苦笑して、また雪を蹴飛ばした。
どうせ春になれば、雪は消える。
春が遠いから、雪は雪でいられる。
まだ私は、春に来てほしくないのかもしれない。
出せなかった雪のSS 一華凛≒フェヌグリーク @suzumegi
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