百合掌編集-三編の百合の言の葉-
わだつみ
第1話 黒百合の刀-執念-
「小娘が」とせせら笑う、仇の女を、私は見ていた。
芒が揺れる野に、不釣り合いなくらいの、優美な着物に身を纏い、この女は身構えもしない。
しかし、その眼差しだけは、決して油断などはしていない事を物語るように、気を抜けば、圧倒されるような鋭さを内に秘めていた。
私が目の前に立ち塞がっているというのに、女はその美貌に、恐怖の色一つ浮かべる事はない。
それが、「私を討てるものなら討ってみればよい」と、この仇討ちをあざ笑っているようさえ思えて、更に私は心の底で、憎しみの炎を燃やした。
愛する家族である、兄を謀殺した、この憎き女が生きている限り、私が報われる事はない。
この仇討ちが終わらない限り、夜な夜なこの女と対峙しては、無念にも取り逃がす、悪夢も終わる事はない。
夢の中で、この女は幾度も現れては、仇を討とうとする私の刀を、華麗さすら感じさせる所作で、難なくかわした。
少し触れただけでも斬れる、鋭く磨き抜かれた、冷たい刀の如きその美貌に、余裕を思わせる笑みまで、この女は浮かべていた。
これ程、私の心を強く奪い去った者は、皮肉ながら、私の短い人生の中でも、この女をおいて他にはいなかった。
繰り返し夢に見る程に、ある人を忘れられず、心を奪われる事。
それを世間では『恋』とも呼ぶらしい。
ならば、私のこの仇討ちさえも、この女への黒い恋なのだろう。
左腰に差した、この女に謀殺された、兄の形見の刀に私は手をかける。
その刀の鞘に私は、とある言い伝えを持つ、黒百合の花を刻み付けていた。
冷たく光る白刃を、鞘から迷う事なく抜き放ち、私は、この女へ刀の切っ先を向ける。
これもまた黒い恋ならば、仇であるこの女に、花でも渡さねばならないだろう。
恨みの刀という黒百合の花を。
仇であるこの女と諸共に、執念というこの黒い恋も斬り捨て、終わらせる為に。
私は、黒百合の刀の切っ先を向けたまま、この女へと言い放つ。
「黒百合の花に伝わる言葉は、復讐。この恨みの刀が、私からお前に贈る花よ」
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