第15話 報道の波紋
黎明艦内のモニターが薄暗い艦橋を照らしていた。そこには、ディア・ハリントンが特番放送の中で語る映像が流れていた。彼女の落ち着いた声が、艦内の静寂に響いている。
「この深海の中で、私は黎明の艦長、風間悠馬と直接対話する機会を得ました。」
ディアはカメラ越しに視聴者を見つめ、語り続けた。「彼は、国家を超えた平和を目指していると言います。武力による支配ではなく、静かに力を示し、対話による秩序を構築することが彼らの目標だと。」
艦橋のモニターの前では、風間が無言のまま映像を見つめていた。副艦長の大村修一が一歩進み、声を掛ける。
「艦長……これで良かったのですか? 彼女が伝えた内容がどのように受け止められるか、まだわかりません。」
風間は微かに首を振り、静かに答えた。
「それでいい。これからどう受け取られるかは、世界の判断に委ねるしかない。」
その言葉に、大村は眉をひそめた。
「しかし、これで我々の存在がさらに敵を増やすことになる可能性もあります。」
風間は短く息を吐いた。
「それでも、進むしかない。」
ディア・ハリントンの特番は、ゴールデンタイムに放送され、アメリカ中のテレビ画面に黎明の映像が映し出された。彼女は黎明の艦内で行われた風間との対話の様子を、編集せずにそのまま公開することを決断していた。
「戦わずして力を示す。」
モニターに映る風間の言葉は、鋭い眼差しとともに視聴者に迫った。
「武力を使わない。それは多くの人が理想として語るものです。しかし、黎明はそれを実行しようとしています。」
ディアの解説が加わる。
特番を見た多くの視聴者は、黎明の理念に驚きと疑念を抱いた。同時に、風間の静かな決意に心を動かされる者も少なくなかった。
ディアの特番が放送された翌日、アメリカ国防総省は緊急声明を発表した。
「黎明の行動は、現代の国際秩序に対する挑戦と見なされるべきであり、我々の安全保障に深刻な影響を及ぼすものです。」
国防総省の報道官は強い口調で語り、ディアの特番に対して「一方的な視点による報道であり、黎明を英雄視するものではない」と非難した。だが、政府の声明とは裏腹に、アメリカ国内では「戦争を回避するための新たな道」として黎明の行動を評価する声も徐々に広がりつつあった。
一方、中国政府もまた、ディアの報道に即座に反応した。中国外務省のスポークスマンは記者会見で、黎明を「国際秩序を乱す危険な存在」として非難。ディアの特番についても「西側のプロパガンダであり、中国に対する挑発」として強い口調で否定した。
「黎明の行動は、地域の安定を脅かすものであり、国際社会として断固非難すべきです。」
中国国内では、黎明への強硬な対応を求める声が一層強まっていた。
日本政府は、黎明に関する国内外の激しい議論に対応するため、首相官邸で緊急会議を開いていた。石破茂首相は冷静な表情で閣僚たちを見回し、発言を促した。
「我々の潜水艦がこのような形で世界の注目を浴びている。だが、それは必ずしも歓迎すべきことではない。」
防衛大臣の中谷が静かに答えた。
「首相、黎明の行動そのものは国際法に違反しているわけではありません。むしろ、彼らの理念を正確に伝えるべきだと考えます。」
石破は腕を組み、深く考え込んだ。
「それが我が国の立場をどう揺るがすかを考慮しなければならない。シンガポールの調停案についても慎重に検討すべきだ。」
外務大臣が付け加える。
「国際社会の圧力を考えれば、我々が黎明を擁護する形を取るのは難しいかもしれません。」
首相は短く頷き、言葉を続けた。
「いずれにせよ、平和的解決が最優先だ。その方針は変わらない。」
ディアの特番を見た乗組員たちの間には、微妙な空気が漂っていた。若い技術士官の山下は、休憩スペースで苛立ちを隠せずに話し始めた。
「俺たちのことが世界中で報じられるなんて、想像もしなかったよ。でも、これで俺たちが正しいことをしているって証明されたわけじゃないだろ?」
整備士の木崎が冷静に答える。
「そうかもしれないが、艦長の決断が間違いだったとは思えない。少なくとも、これまでの戦いで誰一人犠牲者は出ていない。」
山下は悩ましげな顔をして黙り込んだが、その視線はどこか不安げだった。
黎明が世界にその存在を知らしめたことで、国際社会の緊張はさらに高まった。だが、同時に風間が掲げる「戦わずして平和を示す」という理念が、人々の心に少しずつ浸透し始めていた。
艦橋でモニターを見つめる風間の背中は、どこか孤独に見えた。しかし、その視線の先には、まだ誰にも見えない新たな未来が描かれていた。
「これで終わりではない。次の一手が、すべてを決める。」
深海の静寂の中で、黎明は新たな挑戦への準備を進めていた――。
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