第4話 静寂の覇者
ワシントンD.C. – 2025年1月20日
厳しい冬空の下、アメリカ合衆国大統領就任式が執り行われていた。星条旗が掲げられ、広場には数万人の人々が詰めかけている。演説台の中央に立つのは、再選を果たしたドナルド・トランプ。彼の背後にはアメリカの象徴である国会議事堂がそびえ立っている。
トランプは右手を高々と掲げ、特有の自信に満ちた笑みを浮かべながらスピーチを始めた。
「皆さん、アメリカの再び偉大な時代が到来しました! 私たちは強さを取り戻し、世界のリーダーとして君臨しています!」
観衆の中からは大きな歓声が上がり、その声が冬の空に響き渡る。
だが、そのスピーチの途中、トランプの背後に控える大統領補佐官が耳元で何かをささやいた。その瞬間、トランプの顔がわずかに険しくなる。すぐさま表情を立て直し、スピーチを再開するが、その後の演説にはどこか落ち着きのなさが漂っていた。
同じ頃、ペンタゴンの地下作戦室では、アメリカ国防総省の高官たちが集まり、黎明(旧・暁翔)の独立宣言に関する緊急会議が開かれていた。モニターには黎明の宣言が映し出され、その背後ではAI分析チームがリアルタイムでデータ解析を進めている。
「我々の技術に匹敵する、いや、超えるかもしれない潜水艦が現れたというのか。」
海軍作戦部長のスティーブン・ホプキンス提督が険しい顔で言う。
「EMPシステム、AI制御、完全自律型の潜航能力……すべてが脅威だ。特に独立を宣言した点が問題だ。」
CIAのアナリストが冷静に付け加える。
国防長官が鋭い声を上げる。
「独立を認めるわけにはいかん。アメリカの安全保障における抑止力が揺らげば、我々は世界中の敵対勢力から狙われる。」
「では、直接行動を起こすべきか?」
ホプキンス提督が問いかける。
そこに通信が入り、トランプ大統領がホワイトハウスからペンタゴンの会議に直接接続してきた。モニターに映し出された彼の顔には、不機嫌そうな表情が浮かんでいる。
「いいか、諸君。」
トランプは特徴的な低い声で話し始めた。「日本の潜水艦が勝手に独立した? 馬鹿げている! こんなことが許されるわけがない。」
国防長官が口を挟む。「大統領、問題はその潜水艦の技術力と、それを背景にした行動です。あの艦は通常の潜水艦ではなく、世界中の軍事バランスを崩す可能性があります。」
「なら、どうするんだ?」
トランプは短く問いかけた。「すぐに沈めるのか?」
「それが問題です。」
ホプキンス提督が応じる。「深海での行動は非常にリスクが高い。あの艦はステルス性能も高く、通常の手段では追跡が困難です。さらに、EMPを使えば我々の艦艇や航空機も無力化される可能性があります。」
トランプは顔をしかめた。「EMP? まるでSF映画だな。だが、もしそれが本当なら、あの艦をコントロールするのはアメリカの役割だ。」
トランプはしばらくの間沈黙した後、いつものように自信満々の笑みを浮かべて言った。
「CIAと海軍に指示を出せ。あの艦を捕らえろ。破壊するのではなく、アメリカの力に取り込むんだ。」
「大統領、それは……外交問題を引き起こす可能性が。」
国防長官が慎重な声で提案するが、トランプは即座に否定した。
「問題ない! もし日本が文句を言うなら、こう伝えろ。『アメリカは君たちを守るために行動している』と。」
ペンタゴンの高官たちは互いに視線を交わしながら、トランプの指示に従わざるを得ない状況を理解した。
「了解しました、大統領。」
ホプキンス提督が短く応じ、会議は終了した。
トランプの指示に基づき、CIAと海軍が共同で極秘作戦を開始した。目標は、黎明の場所を特定し、その技術を奪取すること。最新型の潜水艦や無人潜航機が次々と動員され、太平洋の深海に目を光らせ始める。
一方、黎明は依然として深海の中で静かに航行していた。艦長の風間悠馬は、モニターに映る微かな敵の動きを確認しながら、次の指示を出していた。
「米軍が動き始めたか……。」
風間の声には微かな緊張と確信が混ざっていた。
副艦長の大村が険しい顔で尋ねる。「艦長、どうされますか? 米軍が本格的に動けば、この艦も危険に晒される可能性があります。」
風間は短く答えた。「まずは様子を見る。彼らが何を仕掛けてくるのかを見極める必要がある。」
藤崎玲奈がモニターを操作しながら声を上げる。「EMPシステムを準備しておいた方がいいかもしれません。接近する艦艇がこちらを探知した場合、即座に対応できるように。」
風間は静かに頷いた。「必要なら使う。ただし、先に手を出すことはしない。彼らにこちらの力を試す機会を与えるだけだ。」
深海の静寂の中で、黎明と米軍の戦略的な駆け引きが始まろうとしていた。その影響は、やがて国際社会全体を揺るがす新たな対立の火種となることを、まだ誰も知らなかった。
モスクワのクレムリン宮殿では、ロシア連邦大統領ウラジーミル・プーチンが側近たちを集め、黎明の独立宣言に関する緊急会議を開いていた。豪奢な装飾が施された会議室の空気は重く、緊張感が漂っている。
「これが日本の技術力だというのか?」
プーチンは冷静ながらも鋭い声で問いかけた。彼の前のモニターには、黎明の性能を分析した報告書が表示されていた。
「はい、大統領。」
国防相が短く答える。「EMPシステムやAI制御など、その技術は既存の潜水艦をはるかに凌駕しています。特に、EMPが実戦で使用されたとなれば、ロシアの艦隊も無力化される可能性があります。」
「……ならば、どう動くべきか。」
プーチンは深く椅子に腰掛け、周囲を見渡す。
国防相が意見を述べた。「我々も米軍と同じく、黎明の動きを監視し続けるべきです。ただし、直接行動を起こすのはリスクが高い。むしろ、米国が先に動いた隙を突くべきではないかと。」
「米軍か。」
プーチンは小さく笑みを浮かべた。「あいつらが先に動けば、我々は外交的にも軍事的にも有利に立ち回れる。」
「ですが、大統領。」
情報機関長官が慎重に言葉を選びながら口を開いた。「黎明の独立が本物だとしたら、彼らはどの国にも属さない存在になる。これは、ロシアにとっても未知の脅威です。技術を奪取する選択肢も考えるべきです。」
プーチンはゆっくりと頷いた。「その通りだ。我々が奴らの技術を手に入れれば、ロシアはさらに強くなる。」
プーチンは席を立ち、窓の外に広がるモスクワの景色を見つめた。冷たい空気が会議室全体に漂う。
「まずは情報収集を徹底しろ。」
彼は指示を出した。「黎明の正確な位置と航路を突き止める。そして、奴らの力を見極めるのだ。それまでは、米国や日本の動きを監視しつつ、我々の立場を明確にしない。」
「了解しました。」
国防相と情報機関長官が同時に応じ、会議は一旦終了した。
プーチンはその場に残り、再びモニターに映る黎明のデータをじっと見つめていた。
「風間悠馬……君の次の一手が楽しみだ。」
彼の声は低く、冷静だったが、その目には揺るぎない野心が宿っていた。
同じ頃、中国北京市の中南海では、国家主席習近平が党中央軍事委員会の幹部たちを招集し、黎明に対する対応を協議していた。会議室には厳粛な空気が漂い、中国軍最高幹部たちが一斉にモニターに視線を向けている。
「この潜水艦が、我々の国防戦略にどれほどの影響を与えるのか。」
習近平は厳しい口調で問いかけた。
中国人民解放軍海軍の総司令官が進み出て説明する。
「主席、黎明は我々の海軍にとって重大な脅威です。もしEMP技術が実戦で使用された場合、南シナ海での我々の艦隊は一瞬で無力化される可能性があります。」
「無力化?」
習近平の目が鋭く光る。「それでは、どうやって対抗するつもりなのか。」
「我々は現在、黎明の行動を監視し、米軍や日本政府の対応を注視しています。また、我々独自の作戦を立案中です。直接的な行動を起こすのではなく、まずは外交的手段で圧力をかけるべきかと。」
習近平は考え込んだ後、静かに語り始めた。
「日本が統制を失ったという事実を利用しなければならない。この状況を我々の外交戦略に組み込むのだ。」
軍幹部の一人が問いかける。「具体的にはどう動きますか?」
「まず、日本政府を批判する声明を発表する。」
習近平は冷静に指示を出した。「国際社会に向けて、黎明の独立がアジアの安定を脅かしていると強調するのだ。そして同時に、米軍がこの問題を利用して地域の軍事プレゼンスを強化しようとしていることも批判する。」
「なるほど。」
海軍総司令官が頷いた。「アメリカと日本を同時に非難することで、我々が道徳的優位に立てるわけですね。」
習近平は満足げに頷いた。「その通りだ。さらに、黎明に接近する手段も模索しろ。もし我々がその技術を手に入れられれば、中国は世界の海洋支配において圧倒的な力を持つことになる。」
会議が終了すると、中国海軍は最新鋭潜水艦「海龍」を南シナ海に向けて出撃させた。「海龍」は中国が誇る新型潜水艦であり、黎明を監視するための任務を受けていた。
「海龍が黎明に接近するまでに、国際社会の反応をさらに煽れ。」
習近平の最後の指示が中南海に響き渡った。
ロシアが情報収集を進め、中国が外交的攻勢を仕掛ける中、黎明の存在がさらに国際社会を揺さぶり始める。それぞれの国が異なる思惑で動き出す中、深海に潜む黎明は、次なる行動を静かに準備していた。
風間悠馬の決断が、これから世界にどのような影響を及ぼすのか――その行方を知る者はまだ誰もいなかった。
「緊急速報です!」
スタジオに響くアナウンサーの声。その背後には、最新鋭潜水艦「暁翔」が独立を宣言したという報道が繰り返し流れていた。画面には、黎明(旧・暁翔)の独立宣言の映像とともに、その技術的特徴や国際的な波紋が解説されている。
「現在、政府関係者はこの事態に関してコメントを控えており、詳しい情報は明らかにされていません。しかし、暁翔――現在は『黎明』と名乗る潜水艦が、独立を宣言したことは確かです。」
アナウンサーは緊張感を滲ませた声で続ける。
コメンテーターの一人、元自衛官で軍事評論家の山城哲也が重々しい表情で口を開いた。
「今回の事件は、戦後の日本が経験したことのない非常に深刻な事態です。この潜水艦は、日本が誇る最新鋭の技術の結晶であり、それが独立を宣言したというのは、日本の防衛政策そのものが問われる事態です。」
「具体的に、どのような影響が考えられるのでしょうか?」
キャスターが尋ねる。
山城は頷きながら答える。「まず考えられるのは、国際社会からの日本に対する信頼の低下です。自国の技術を管理できなかった国というイメージが広まれば、外交的な地位が揺らぎます。そして、何よりも危険なのは、黎明がその技術力を背景にどのような行動を取るかです。」
同じ頃、週刊誌やインターネットメディアでは、黎明に関する憶測記事が次々と配信されていた。
「『暁翔の反乱』――最新鋭潜水艦が日本を捨てた理由とは?」
「元乗組員が語る、艦長風間悠馬の知られざる素顔」
「黎明の真の目的は『第3次世界大戦』の引き金か!?」
センセーショナルな見出しが溢れ、各メディアは視聴率やアクセス数を競い合っていた。
特に注目を集めたのは、風間悠馬艦長の過去を掘り下げた記事だった。ある週刊誌は、中東での国連平和維持活動で風間が指揮を執った際のエピソードを取り上げ、彼が国際的な正義感を持つ人物である可能性を示唆していた。
「彼は単なる反逆者ではない。その行動には深い信念がある。」という元部下の証言が掲載され、多くの読者がこの記事に注目した。
一方で、別のメディアは「風間艦長が国家反逆を計画していた」との疑惑を追及する記事を掲載した。
「彼は暁翔の建造段階から、独立を画策していたのではないか? その裏に外国勢力が関与している可能性も否定できない。」といった内容が、読者を煽る形で広まった。
日本のテレビワイドショーもまた、黎明の話題一色となっていた。各局のコメンテーターやゲストが、独自の視点で事態を語り合っていた。
「これって、つまり国家への反逆ですよね? どう考えても許されないことだと思います。」
タレントコメンテーターの一人が強い口調で語る。
「ですが、彼らの言葉を聞く限り、単なる反乱ではなく、国家の枠を超えた平和を目指しているようにも思えます。」
別のコメンテーターが冷静に反論する。
「でも、それを勝手に決めるのはおかしい! 国家のために建造された潜水艦が勝手に独立するなんて、筋が通りませんよ!」
視聴者からの意見も番組内で紹介されていた。
「黎明の行動には納得できません。」
「でも、日本の未来を考えれば、彼らの意見も一理あるかもしれない。」
賛否両論が寄せられ、議論がさらに白熱していった。
一方、SNS上ではさらに多様な意見が飛び交っていた。
「黎明を支持します! これこそ、新しい時代のリーダーシップだ。」
「国家を裏切る行動は絶対に許されない!」
「でも、平和のために動いているなら応援したい気持ちもある……。」
ハッシュタグ「#暁翔独立」「#黎明の正体」「#風間艦長の信念」がトレンド入りし、ネット上での議論は過熱していった。
一部の支持者たちは、黎明を「新しい平和の象徴」として捉え、彼らの行動を称賛する投稿を繰り返していた。反対派は「黎明は国際秩序を乱す存在」と非難し、日本政府に対して早急な対応を求める声を上げていた。
これらの報道と反応は、日本国内の世論を二分する結果を招いていた。政府の対応に注目が集まる中、石破総理の記者会見の中継が予定されており、さらなる波乱が予想される。
しかし、その裏で政府と特定のメディアが連携し、黎明を「危険な存在」として国民に認識させるための情報操作を行っているという疑惑も浮上していた。その動きに気づいた一部の記者たちは、独自に黎明の真相を追うことを決意する。
深海を進む黎明に向けられる視線は、もはや政府や軍だけではなく、日本中の人々の注目を集めていた。その存在が、国民一人一人に新たな問いを投げかけているかのようだった。
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