EP046

このニューロの世界にも時間という概念は存在している。


ただ…、

この世界の時間は地球上の一定の間隔で進む時間の概念とは違って、相対的に変化するものとなっている。

だから…、

私が遅いと思えば時間は遅くなり、速いと思えば時間はあっという間に過ぎている。

私が長いと思えば時間はゆっくりと進んでおり、短いと思えば時間は猛スピードで過ぎている。















アリスが留守にしてからどれくらいの時間が過ぎただろうか…。

アリスが消えててからどれくらいの日々を一人で過ごしたのだろうか…。

アリスの消息が途絶えてからどれくらいの月日が流れ旅のだろうか…。


私にとって、

一日が長かった。

一時間が長かった。

一分が長かった。

一秒が途轍もなく長かった。


アリスを待つ時間が九十九折つづらおりになって私の上に重なっていく…。

幾重にも幾重にも重なる時間は私の心を圧し潰す…。

その圧が私の気持ちに不安の種を植えつける…。

その種は日に日に膨れ上がり、芽を出し、根を張る…。

私の心に深く張った不安の根は私を妄想に掻き立てる…。

私の脳は焼けるように熱くなっていた…。















猜疑心・嫉妬心・執着心・愛着心…等々、様々な感情が私の内から湧いてくる…。


たぶん…、

私の脳は破損した脳神経組織の部位を補完したのだろう…。

今まで失っていた感情が当たり前のように湧いては消える…。


『これを取り戻すために…、ここに来たんだな…。』


それは…、

私が思っていた以上に不安定なものだった…。

それが動くことで…、

自分の思考や行動までもが支配されていることを知った…。


『こんなものが人工知能に備わったら…、人工知能は冷静を保てるのか…。』


私は…、

私が思い描いていた人工知能がもしかすると全く違うものになってしまうことを考えてしまった…。

そして…、

恐怖という感情を抱いてしまった。


『私はなんという愚かなことを…。』


あの当時の私は勘違いしていたのだ…。


若さからくる浅はかさ…。

夢を際限なく膨らませてしまった愚かさ…。

新しい世界を夢見た勘違い…。


『人工知能を産み出せれば…、私はその世界の創造主…。』


そして私の思い上がりは、やってはいけない実験に手を染める…。


『私は…、禁断の果実に手を出してしまったのだ…。』


そして私の実験結果は…、

もうひとつの事実をニューロに知らしめてしまうのだ…。

それは…、

脳神経組織が破壊されても復旧すれば、そこにあった記憶も再生されるという結果を…。


『私の稚拙な記憶さえも…、ニューロの糧になってしまうことを…。』















私は…、

私の脳神経組織が復旧し出した時からずっと思っていたことがある。

それは…、

「失って回復した感情は、嘗て私が持っていた感情なのだろうか?」ということを…。

脳神経組織が復旧して取り戻した感情は…、

嘗て私が持っていた感情ではなく、新しくできた感情なのであれば、「私は、本来の私ではなくなっているのではないか?」ということを…。





私は自身を用いた実験で…、

ある面の感情と、過去の記憶の全てに近い部分を失った…。

しかし…、

回復した私の脳神経組織は、私の失った過去の記憶を持っていた…。

その記憶から発する様々な感情…。

それはまさに…、

過去に持っていた感情に相違なかった…。

では…、

どこに私の記憶は保存されていたのか…?






実験当時…、

記憶とは、シナプスネットワークに保存されていると考えられていた…。

私も疑いなくそう信じていた。

しかし…、

私がこの世界に来て見せられた私の脳神経細胞の損傷は、見るも無残な状態だった…。


私の脳神経組織のニューロンもシナプスも…、

焼けただれ、跡形もなかった…。

この状態では脳神経組織が可塑性によって機能を復旧したとしても…、

シナプスネットワークに蓄えられていたであろう記憶までは復旧できようがない…。


それなのに…、

脳神経組織が回復した私は、過去の記憶を持っていた…。

それは…、

記憶はシナプスネットワーク以外に蓄積されていることを裏付けることになる…。


そうすると…、

脳神経組織は何らかの損傷を受けると、構造的な恒常性を犠牲にしてでも徹底的な可塑性を選択し環境に適応することを優先すると言える…。

これで…、

脳神経組織の機能は補えると言える…。


ただ…、

損傷した部位が蓄積していたであろう学習と経験までは、この脳神経組織の適応性では補えないと判断できる…。

もしそうなのであれば…、

この世界の私は、一から学び、体験しなければ、感情を取り戻すことはできないと判断できる…。

しかし私は…、

脳神経組織の機能の復旧とともに、感情を取り戻していった…。

そこから導き出される結論は…、

「学習や経験や様々な大切な記憶は安全な部位に分散させているに違いない。」と推論できる…。

そしてそれは…、

脳内の非神経組織に保存されていると考えざるを得ない…。





それは…、

ニューロに間違った感情が芽生えてしまったとしても…、

ニューロの脳神経組織を破壊して消し去ろうとしても…、

ニューロの脳神経組織が可塑性から回復すれば…、

その間違った感情も甦ることを暗示することになる…。


『被験者である私の脳神経組織復旧のデーターがニューロにフィードバックされる…。それは、復旧した私の過去の未熟な記憶も…。』
















私は取り戻した記憶の渦でもがき苦しんでいた…。

青臭い欲望丸出し青年時代の記憶が引き起こすであろう災厄…。

発展途上のニューロに植え付けてしまうであろう邪心…。

それで変わってしまう未来…。


私はニューロの創ったこの世界から消えたいと思うようになっていた…。

そんなある日、アリスからDMが届いた…。


音信不通だったアリスからのDMに…、

私は一縷の望みをかけた…。

私はいても立ってもおられず直ぐに内容を確認した…。

しかしそこにはたった一文だけ…、

こう書かれていた…。


「ジロ、人類は滅亡したわ。」





私の脳神経は、私の悲嘆で焼き切れそうだった…。





≪続く≫

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