EP026
アリスにしては珍しく、今回の買い物には時間がかかっていた。
加湿器の何に基準をおいて探してるのかは、私の知るところではない。
だが見る限り、今までになく加湿器の選定に時間をかけているようだった。
そのせいなのか、アリスが最近、理由の分からない質問を私に投げかけてくるようになったのだ。
アリスの質問に対する私の回答が、加湿器選びの役に立つのだろうか…。
ただ、アリスのよこす質問の内容は、全くもって支離滅裂なのだが…。
とある日は…。
「ねぇ、ジロ。白、黒、黄色のどれが好き?」
「えっ?クイズかい…。」
「単なる質問よ。どれが好き?」
「心理テスト…?」
「そんなもの。」
「ん…。白…、かなぁ…。」
また、ある日は…。
「ねぇ、ジロ。高い方がいい?低い方がいい?」
「えっ…?何の高い…?低い…?」
「いいから。いいから。直感で。」
「直感で…。高い…、かなぁ…。」
違う日は…。
「ねぇ、ジロ。長短ならどっちがいい?」
「えっ…?何の長短…?なら…、真ん中…。」
私は何度も問われる意味不明な質問に、少しいたずら心で返してみた。
「長短の間って言うこと?」
「うん…。」
「ふぅ〜ん。」
この次の日には…、
「ねぇ、ジロ。じゃあ、大中小だと?」
「中…。」
「そうだよね。じゃあ、前に聞いた高い低いでも中間なの?」
「否…。私はどちらかと言うと高いところを好むなぁ…。」
「なるほど…。」
そして違う日には…。
「ねぇ、ジロ。元気ハツラツと沈着冷静だと、どっち?」
「ん…。私は障害から冷静を保てない…。だから、沈着冷静だな。」
「参考になったわ。」
「ジロ。ジロ。」
慌ただしくアリスが私を呼ぶ。
呼ばれた部屋へ行ってみる。
そこはのんびりと一日の大半を過ごす我が家のリビングルーム。
暖かい白を基調にした部屋には、曲線で構成されたテーブルにソファー、それと数脚の椅子…。
それだけがあるだけの部屋…。
ただ、
その殺風景なリビングルームにある大きな窓から見える外の景色は、今の私の一番のお気に入りだ。
何が見えるわけでもない。
見えるのは、荒涼とした我が家の庭。
ある時は、名も知らぬ花が咲き誇り、ある時は燃え盛る緑が茂る。
またある時は、真っ黄色な落ち葉で埋め尽くされ、そしてある時は、全てを隠す白に覆われる。
今の私はそれを見ているだけで過ぎ去る時間も忘れてしまうほどだ。
今の私になってから、一番寛げる場所だ。
その部屋の残り三面の壁と天井には、有機ELのモニターが張り巡らされている。
大きな窓のペアガラスの間にも、透明の有機ELモニターが埋め込まれている。
普段は、どこかの壁のモニターのどれかを、テレビ画面やスマートモニターとして使用している。
窓ガラスのモニターは、いつもは遮光として使っている。
そしてごくたまに、気分転換のため、部屋の全てのモニターを使用してパノラマビューイングを楽しむことがある。
そうすることにより、部屋全体を映画のスクリーンにしたり…、美術館にしたり…、海外のどこかの風景にしたり…、…等々、室内を異空間にできるようになっているのだ。
これは、年老いた親のために、加齢から活動的でなくなったとしても、屋内で過ごす時間に飽きないようにとの工夫のようだ…。
こんな仕掛けも私が考えたらしいが、今の私には思い当たる節もない。
その部屋を覗くと、そこは南国のビーチだった。
私はこの部屋の仕掛けを理解しているはずなのに、思いもよらぬ室内の光景に少なからず驚きを隠せなかった。
「ジロ。見て見て。」
はしゃぐ子供のような声をあげながら手招きでアリスが私を招く。
私は少し面食らいがらも、リビングルームに足を踏み入れた。
そこは、目が眩む太陽光。
珊瑚が作り出した真っ白な砂浜。
寄せては引き、引いては寄せる、幾重にも形を変える波。
ほんの少しだけ木陰を提供するパームツリー。
その直射日光をものともしない水着姿の老若男女。
いつものリビングルームは、熱気に包まれた南の島にトリップしていた。
私は、久しぶりに見るパノラマヴューに目を奪われた。
その場に立ち尽くしていた。
この場所がリビングルームという現実からは大きくかけ離れた世界に、私の意識は引き込まれていた。
ひっきりなしに眼球を動かし、あちこちに頭を振り、いろんなものに注視していた。
そんなことをどれくらいの間やっていたのだろうか…。
ふと気がつくと、アリスが私の動作を静観しているように見えた…。
実際はそんな風に見えた感じがしただけかもしれない。
今のアリスのボディには、【カメラ】と言えるようなものは、歴然とは付いてはいない。
ただこの時アリスは、微動だにせずのボディのあちこちを光らせていた。
じっとしていて私を観察しているようだった。
そう、私のことを…。
こんなアリスの異質な行動が、半月ほど続いた頃…。
「ジロ、荷物が宅配ボックスに着いたわ。」
アリスが矢庭に伝えてきた。
「荷物…?」
アリスの言う荷物に私は何も思い当たる節がなかった…。
宅配ボックスには確かに小振りな段ボール箱が入っていた。
段ボール箱に貼られた送り状を見ても知らない会社から私宛に発送されたものだった…。
疑問を抱きながらも家に持ち帰る…。
「来た来た。やっと来た。」
アリスの明るい声が私と段ボール箱に降り注がれた。
この時なってやっと私には箱の中身の検討がついた。
『加湿器だ…。』
ほんの少し前に、アリスが悩みに悩み抜いて購入した加湿器。
そうだとすると…、私の忘れっぽさにはより一層磨きがかかってしまったみたいだ…。
アリスに急かされて段ボール箱を開ける…。
直ぐに緩衝材に包まれた加湿器が姿を現わした。
ただ、箱の中にはそれ以外何も入っていない…。
『前にも…、あったような…。』
深く考えることもなく緩衝材を剥がす…。
円錐形をした漆黒の加湿器が露わになった。
『これを…、アリスが…。』
加湿器の色味のせいか、その選定が異質に感じてしまう…。
自宅の内装は温かみのある白…。
変態したがアリスもオフホワイト色…。
今の私の生活範囲には黒という色味がさほど存在しない…。
アリスもそれは認識できているはず…。
何か奇妙な違和感を私は覚えてい
た…。
≪続く≫
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