夕立の男、夕凪の男、今来た女。 その1

 ―都内某所某ビル、椅子に縛り上げられ猿轡さるぐつわを噛まされた状態で横たわる俺、木暮こぐれ佑介ゆうすけに片目が義眼の男は言う。


「お前にとっても悪い話じゃあねぇんだ、なんせビジネスの話だ。 むしろ良い話でもある。 もちろん断る自由もある_ただまぁ、もしお前が断るなら、お前のこれから長ぁ~い人生の、一生分の不幸の頂点ピークってやつが”今この瞬間に”訪れることになる。」


もし俺が天才イリュージョニストなら、椅子に縛られ引き倒されピクリとも身動きが取れなかったとしても、その不幸の元気玉を避けるなり跳ね返すなりできたのにな…などとボンヤリ考える。


残念ながらマジシャンでも超人でもない今の俺では芋虫以下の機動力なワケだが。


俺の名前は木暮佑介、33歳。

職業は、探偵だ。

 


 俺がなぜこんな目に合っているのかは、俺の人生を振り返り、語りながら辿り着こう。


 ……あるいは、これは俺の走馬燈なのかもしれない、縁起でもないが。


 ―時は5年ほどさかのぼる。

高卒から就職した印刷工場が倒産、先輩の誘いで何でも屋の開始、多忙多忙の毎日から社長へ、そして自堕落から窮地へ。

困窮からの脱出、新規事業の展開、安定軌道に乗り探偵稼業一本への今日が第一歩。


『光陰矢の如し』とはよく言ったもの、気づけばもう少しで5年、気づけば28歳。

もう『若い!』と胸を張って言うのがややキツイ年齢、アラサーだ。


アラサーで、探偵? しかも、俺が??


高卒間際の就活で「ここなら会社に4人しかいないし誰とも喋らなくて良さそうだし楽そう」とか「面接で聞いたけど社長には子供いないらしいし、その内この会社乗っ取って社長業で自堕落な生活」とか、夢が大きいんだか小さいんだかサイズだけは大きいのに厚みはペラッペラなんだかわかんない野望ユメを抱いていた俺が、探偵?


しかも探偵事務所の所長っていうか探偵社の社長になるだって???


人生は、わからない。


「よーしよし! 日当たり良好だな!」

「シャッチョサンココキレイネー!」


我が身を通り過ぎた成り行きが、身に余る激動で忘我の境地へ踏み出しかけたところで我に返る。


長身細身の金髪女性の肩を抱き満足げな笑みを浮かべているコイツは大衡おおひら善継よしつぐ

この探偵社のたった一人の社員で、部下で、金主でもあったりする。


隣の金髪は…誰だ? 誰だろう、いや誰なんだマジで。


「善継さん… その子…」

「しかし殺風景だな! 窓にブラインドが付いてるくらいで何もねぇや!」

「いやそりゃ今日借りて今鍵開けたばっかだし。 んで善継さん、その子…」

「じゃあまずアレだな! デスクを買わなきゃなんねぇな! バカみたいにデカくて見た目がエラそうなヤツだ! イスも革張りで背もたれがデカいヤツをな! ハッタリは重要だぞ!」

「善継さん、コリアンには振られたの?」

「バカ抜かせ! こっちからフッてやったんだ!」

「聞こえてんじゃねぇか。 何で別れたの?」

「顔もカラダも申し分ねぇが気が強いオンナはダメだな! あとオレ辛いの苦手なんだよ。」

「え? そんな理由?!」

「ちげぇよ! オレは騙されたんだ! あの女『ワタシもカライのダメよーおんなじよー』とか言いながら毎日毎日毎食毎食キムチ出してきやがる! 『コレはカラクないキムチだから平気よー』とか言いやがって! 辛くないキムチなんかあるか! くそったれ!」

「いや知らねぇよ…」

「シャッチョサン浮気ダメヨ!」

「ラリサ、もう終わった女の話だ、お前が気にすることじゃないのさぁ!」


ラリサって言うんだ、その金髪。


「物欲しそうに見るんじゃねぇよ! この北欧系はオレのモノだ!」

「別に欲しくもないけど女性をモノ扱いは今時の女性はうるさいんじゃないかな?」

「どうせ日本語なんかウロ覚えだから大丈夫だよ! それより見ろこの吸い付くような白い肌! 蠱惑こわく的で大きな青い瞳! 輝くブロンド! 日本人にとって金髪美人ってのはソドムとリビドーのパレードなのさ!」

「日本語は理解してないかも知れないけどソドムとリビドーは日本語じゃないよ。」

「………あ!!」

「オオゥ… シャッチョサン…オオゥ…」


出稼ぎの北欧系をドン引かせるってなかなかできることじゃないと思う。


「まぁまぁラリサ! オレが悪いヤツじゃないのは知ってるだろ?」


良いヤツでも無いけどな。


「ソウ、シャッチョサンイイ人。 ラリサオ願イアル、イイ?」

「おう! いいぞ! 聞いてやらんでもない! 後なラリサ、オレは社長じゃない! あっちのアイツに頼んでみろ!」

「え? 俺?」

「ラリサ自分ノ国、帰リタイ。 デモスグ戻ル。 ケド帰リタイ。」

「一時帰国がしたいってこと…? 今そんなに金ないんだけどなぁ… せめて事務所借りる前に言ってくれれば善継さんに貸すことにして出せないことも無かったんだけど… ていうかそれ初対面の俺に頼むことじゃねえよ、善継さんで何とかしてくれよ。」

「なんだそんなことならオレの金で北欧旅行とシャレ込もうじゃねぇか! 国はどこだ?スウェーデンか? フィンランドか?」

「善継さん… 北欧がどこだか知ってたんですね?」

「お前オレを謎の人脈と出所不明の金を持ち合わせたゴリラかなにかと勘違いしてるだろ?」

「そんなことはなくもないですけどそれで9割あってます。 あー、んで、ラリサちゃん? パスポートは?」

「ソンナモノ、最初カラナイヨ!」

「無いんだとよ! 何とかしようぜ『元』何でも屋!」

「密入国者じゃねぇか!!」


密入国者だった。


本当に、普通に。


 新事業所立ち上げ記念の飲み会を2人でささやかに行うためにラリサの勤める多国籍パブへ向かう。

乾杯もそこそこに飲み始めようとした途端、大勢の男が突入してきた。

入国管理局やら警察官やらだった。

おとなしく確保に応じるヤツ、ビザとパスポートをちゃんと提示する正規の入国者、そして慌てふためき髪を振り乱しながらその場を逃れようとするヤツ、修羅場というかカオスと言うか様々で、勿論我らがラリサは3番目のリアクションだ。


「あぁ… うわぁ… コレこの後俺らどうなるんだろ?」

「オイ見てみろよアレ! ラリサとその横! 髪真っ赤に染めたオンナと2人でアタマ振り回して逃げ回ってっから連獅子れんじしみたいになってんぞ! 歌舞伎の心がわかる伝統芸能に精通してるヤツ等だったんだなぁ!」


指差してゲラゲラ笑ってんじゃねぇよ、サイコパスか。

仮にも彼女と呼んで隣においてる女性の大ピンチにコレだ。


本当に、この人は、わからない。



―テンプレートな取り調べを受けて留置場に1泊、夜は明けて次の日の夕方。


「出迎えご苦労!」

「何で善継さんだけ取り調べが半日も長いの?」

「尿検査の結果待ちがあったからだな! てかまたオレ騙されてたぁ…詳しく聞いたらあのオンナ北欧系じゃねぇじゃん! 通りでウォッカばっかり飲みたがると思ったぜ…メスロシアンめ!」


北欧がどんなくくりか知っていてもその辺を察せない、やっぱり人間としての知能は天才ゴリラと紙一重なんじゃないだろうか…ていうか尿検査ってなんだよ。


「何の反応も出ねぇからみんなハテナ顔だったぜ! このオレのことだからもしかして万が一何かがナチュラルに分泌されてやしないかと思ったが、それもなかったな!」


そりゃしたくもなるよな、尿検査。

取り調べ中も隣の部屋からマンガに出てくる海賊みたいな高笑いって言うかバカ笑いが響くように聞こえてきたもんな。

付き合いが長い俺ですら、何の反応もないって結果に多少は驚くわ、『この人って素でこうなんだぁ』って。


―散々な開所記念を終え数日、机や書棚、パソコンやOA機器、応接テーブルにソファ、茶器や観葉植物など必要なものを順次揃え一応会社らしくはなってきた、依頼者さえ来れば。


「ヒマだな。」

「場所が辺鄙へんぴ過ぎやしませんかね? 何でこのビルの裏キャベツ畑が広がってんの?」

「オレは金には別に困ってもないが無尽蔵でもないんでな! 予算と条件擦り合わせたらベストがここだったんだよ、それに言うて23区内だぞ!」


 ―そうだ、この時はまだ23区内にオフィスを持っていたんだ。

と言っても仮に東京駅まで行くとすれば、まずバスに乗り、電車に乗り換え、恐ろしいことに1時間弱の距離だ。


因みに条件とは

1.真南向き、または南西向きに大きな窓があること。

2.希望フロアは3階以上。

3.周りに太陽光を遮る高い建物がないこと。


それをクリアした物件が右を向けば商店街で左を向けばキャベツ畑、23区の端の端の某所ココだ。


「こだわりの物件だぞ! 時刻は…15時か、丁度いい! おい社長、デスクの方行け!椅子に座ってみろ!」

「はいはい…」

「どうだどうだバッチリ太陽の陽射しを背負えてるじゃないか! 後光がさすようだぜ…逆光は勝利の証だぞ!」

「うわ暑っつぅ…いやコレ夏の真夏は死ねる暑さだろ… ブラインド閉めちゃお。」

「あぁ! 匠の技なのに!」

「絶対違う。」


などとジャレているのもいいが。


「___ヒマだな。」

「平和な町なんですよ、トラブルが少ないんだろうなぁ…」

「ヒマは嫌いだ、息が詰まる。 社長! 気晴らしにオンナでも呼べ、面接してやる! 良ければそのまま秘書にするぞ!」

「えぇ…こんなわけわかんない場所まで呼んで来る女なんて知り合いにいないですよ… そもそも友達が少ないんですから…」

「つまんねぇヤツだなぁお前は! 少しはオレを見習え!」

「はぁ? じゃあ善継さんは金で繋がってない外国人じゃない女の知り合い何人いるんですか?」

「よし! この話題はやめよう! 血で血を洗う争いに発展する前に… 俺は平和主義者なんでな!」

「えぇ…」


主義の主張は個人の自由だ。

善継さんがそう思うのなら、そうなんだろう、コイツの中ではな。


「しゃーねーな… んじゃ町の探索しながら聞き込み調査と軽く営業行ってくる、探偵の看板出してて何でも屋やったって別に悪いことじゃないしな! 営業に飽きたら俺はそのまま帰るし、適当な時間になったらお前も帰っていいぞ! じゃあな、社長!」

「あいよ、金主スポンサー。」


 何でも屋時代からいつもこんな感じだが、善継さんはコミュニケーション能力だけで言えば世界に通用するレベルだと思う、歴代の彼女(らしき人々)から察するに。

きっと営業に行ったからには探偵に関係ない仕事とはいえ、それなりに金に繋がる仕事を見つけて探偵稼業が本格始動するまでのツナギにはなるだろう。

 

「あっあっあっ、今ちょっと!今ちょっとアレなんで一旦切ります!」


 ―コミュ障という言葉がある、まぁそのままコミュニケーション障害の略称だが、俺のように仲の良い人以外とは基本一線を引いて壁を作ってしまうコミュニケーション能力が低い人間に対して使われがちな言葉だが、善継さんのように他人の軽く百倍は能力が高い人間もある種の障害だと思う、ただのねたみと言えばそれまでだが。


「アレってなんだよ…俺…。」


何でこんな事を急に思ったかと言えば、前に事務所を構えていた町で顔見知り程度になった人に探偵でも何でも屋でも構わないから仕事を振ってもらおうと電話した、のだが_久しぶりの相手に俺のコミュ障が発動して会話は噛み倒すわジョークは滑るわ会話は詰まるわで心が折れて、いたたまれなくなってガチャ切りしてしまったのだ。


「…今日はもう帰ろう、てかもう営業は俺じゃなくても良いよな…」


デスクに向かってはいたがブラインドは閉められており背中に太陽光を背負っていたワケでもないというのに、背中にヘンな汗びっしょりだ。

掛かってきた電話には出れる、話しかけてきた相手には返せる、なんで自分からってこんなに緊張するんだろう…

モヤモヤしながら帰り支度を整えているとノックの音がした。


「え?! は、はーい! どちら様ですか?」


誰だ?! あっダメだ!今のまんまのテンションはマズい! まだコミュ障炸裂ショックから俺は立ち直っていないんだ!


「あ、こんにちわー。 ここに大衡善継さんて人、働いてませんか?」



―その人がドアを開けたその瞬間、鼻を擽った仄かな香水の甘い香りは、今でも覚えている。

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