第9話

「お衣装は洗ってまいります」

 従業員は怜也にも事情を告げて出て行った。


 どうしよう、と亜都は困惑する。

 服がないのは亜都だけだ。怜也が自分を置いて帰ると言えば終わってしまう。

 部屋を覗くと、怜也がソファでタブレットを見ている。

 部屋のドアがノックされ、怜也が対応に出てくれた。


「失礼します。ホテル内に不審者が現れました。お部屋から出ないようにお願いいたします」

一方的に言って、従業員は下がる。

「琴峰さん」

 かけられた声が近くて、亜都はどきっとした。彼は脱衣所の近くに来たようだ。


「不審者が現れて、部屋から出られなくなった」

「はい」

 亜都はそれしか答えられなかった。不審者情報もおそらく仕込みだろう。


「さっきから出てこないが、大丈夫か?」

「大丈夫です」

 怪しまれる前に出て行かなくては。

 このミッションに失敗は許されない。


 借金を返して家族を救うため、自分を抱いてもらうしかない。

 亜都は拳をぎゅっと握りしめてこれまでのことを思い出し、深呼吸をしてから脱衣所の扉を開けた。


「なっ!」

 バスローブ姿の亜都に驚きの声を上げ、怜也は目を逸らした。

「なんでそんなかっこうなんだ!」

「服が紅茶で汚れたので」

 ここからどうやってそういう方向に持って行けばいいのか、まったく見当がつかない。

 だから真正面から怜也に抱き着いた。


「こ、琴峰さん!?」

 彼は慌てて亜都の肩に手をかけ、引き剥がそうとする。

「お願いですから……お願いです」

 それだけしか言えず、亜都はしがみつく。


 揉み合ううちに亜都がバランスを崩した。

「危ない!」

 怜也は支えようとしたが、亜都もろとも床に倒れ込む。

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