第2話 魔王の復活(2/5)
おばばはヴォルクスをもうしばらくベッドで安静にさせることにした。まだ無理は禁物だという。ライラは出来ることならすぐにでもヴォルクスに色々と聞きたかったが、今は我慢することにした。
今は無理でも可及的速やかに、ヴォルクスから口づけの意味を語ってほしい。本当のところライラは、奇声でも発したいくらいに舞い上がってしまいそうな気持ちをぎりぎりのところでなんとか抑えているのだ。
ヴォルクスの額に現れたあの赤い目は“精霊”だろうか。ヴォルクスが雷に撃たれた衝撃で、雷の精霊が宿ったということは考えられる気がした。
この世界に広まっている精霊信仰の心をライラはあまり強く持っていない。目に見えない精霊を信じられる人もいれば、信じられない人もいる。奇特なことに目に見える人もいるらしいが、多くの人と同じくライラには見えない。だから、信じられない。おばばが聞いたら敬虔さが足りないと嘆かれてしまいそうな話だが、本当のことなので仕方がない。だからといって、自分以外の人が何かを信じる心までは蔑ろにはしていないつもりだ。
精霊が実際に目の前に現れたら信じてあげる、というやや不遜な態度で生きてきたせいで、精霊のことをライラはよく知らない。たしか、人間に害を為すことはない、とおばばに聞いたことがある。
そうなるとライラを見つめて恐怖を与えた目は、精霊ではない別の何かのような気がしてくる。とにかくヴォルクスは生きて目を覚ました。それが自然に宿る大いなる力と精霊の力のおかげなら感謝をしてもしきれない、とライラは生まれて初めて心から思った。
食堂と居室を兼ねた隣りの部屋へ場所を移すと、おばばはダニとライラそれぞれに事情を説明するように言った。
ダニの行動はだいたい想像どおりだった。
早朝の静かな村じゅうにライラの悲鳴が響き渡ったので、ダニは何事かとここへ急いで駆けつけた。見るとヴォルクスがライラに襲い掛かっていたので、思わず頭に血が上って桶の水をぶちまけた。ヴォルクスに一発かましてやろうとしたところで、おばばが起きてきた、と話した。
まさか重病人を殴るつもりだったとは呆れてしまう。ダニは口だけだから本当に殴るつもりはなかっただろうけど。
さらに、村じゅうにライラの悲鳴が響き渡った、というのは嘘だ。もしそうなら今ごろ村の誰もこの家に来ていないはずがない。村じゅうがヴォルクスの心配をしているのだから、すぐ大騒ぎになるはずだ。
ダニのことだから、朝の散歩のふりでもしながら様子を窺いながら家の周りをうろうろしていたのだろう。こう見えて根はいい奴なのだ。
ライラもおばばにありのままの話をした。
ただ、ヴォルクスとキスをしたことは、伏せておくことにした。そんなセンシティブなことまで赤裸々に話す必要はない。
「ライラ、おまえ、ヴォルクスに無理やりキスされてただろうが」
ダニがすかさず必要のない突っ込みを入れてくる。
前言撤回。ダニは根はいい奴だけどデリカシーが無さすぎる。こういうところは信じられない。しかもなぜかダニのほうが憤慨している。怒りたいのはこっちなのに、ため息が出てしまう。
おばばは目を伏せたまま何も言わない。ここは仕方がないので全力で誤魔化すしかない。
「……ええと、あれはそのう……お互いに寝ぼけてた、とかかな? そう、顔がぶつかったかも……」
言いながら脳裏にありありと蘇ってしまった。あの感触、唇……? ヴォルクスの……? くち、びる? くち? あわわわわ……
自分の口元を押さえながら頬が赤くなってくるのが分かる。
「はあ!? お前、全然そんなんじゃなかっただろうがっ……」
「まあ、まあ、ダニ、それはいいから……」
「良くない! おばば! ライラも! ぽっ、とかなってんじゃねーよ! 心配して飛んで来たらあんなもん見せられた俺の気も知らねーで…… 何なんだよ!」
加害者のくせになぜかダニのほうが被害者面だ。何なんだは、こっちのセリフだった。今日のダニはおかしい。一体、何なんだ。
一人で喚いているダニは放っておいて、おばばは考え込んでいる様子だった。
「ヴォルクスの額に現れたものがどんなだったか詳しく教えとくれ」
おばばがそう言うので、ライラはもう一度説明した。
赤くてキラキラしていて…… でも目だった。支配するようにじっと見つめてきて……
傷でも見間違いでもなく、あの目はヴォルクスとは全然違う別の何か。あれを思い出そうとすると、瞳に吸い込まれて身体の自由が利かなくなってしまう恐怖が蘇る。
おばばは黙って聞いた後、おもむろにヴォルクスの寝ている部屋に向かって行った。ライラも心配なのでついて行く。ダニもやって来た。
「おばば、ヴォルクスのおでこのあれ、確かめるの? 危ないと思う……」
「ライラの話だとやべーぞ、おばば。ヴォルクスが悪霊か何かに憑りつかれてるってことだろっ」
人が眠っているというのに声が大きい。ダニはヴォルクスの額に現れたあれを悪霊だと思ったらしい。
悪霊……? そう考えると腑に落ちる…… けど、せっかく両想いだと分かった途端に恋人が呪われるって……
「わかんねーけどよ、精霊って感じじゃなさそうだろ」
もしあれが悪霊なら、おばばはお祓いの方法を知っているのだろうか。何しろこの村で一番の物知りなのだ。
「……それを確かめてみねばな」
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