第35話 わっ、出た!



 さて、門番さんに冒険者カードと依頼書を見せ、確認してもらう。身分証の提示と、外に出る理由と証明が必要だ。

 冒険者の場合は、身分証でもある冒険者カードと、外に出る理由である依頼書の写しを見せればそれで問題はない。


「よし、いいぞ。しかし……女の子三人か、大丈夫か?」


 門番のおじさんが、依頼書を確認したあと私たちを見る。

 多分だけど、全体的に見ても女の子三人のパーティーは少ないのだろう。ギルドでもそうだったし。


 大抵は、四人から六人でパーティーを組む。その男女比はそれぞれだけど、役職を振り当て困ることのない配置をするのだ。

 人数が多くなれば、それだけ指揮を取る人の労力は割かれるし、報酬の分け前も減る。だけど、人数が多ければやれることの幅も広がる。


 三人で、それも女の子だけというのは珍しいのだ。


「問題はありません。お二人は私が守りますので」


 躊躇なく、リーシャーが言う。やだ、私のメイドイケメンなんだけど!


「……お、あんた確かウゼーノと一悶着あったっていう。あー、そうかそうか。

 ま、冒険者の仕事のあれこれに門番の俺が口出しすることじゃねえわな。とりあえず、気ぃつけて行ってきな」


 リーシャーとウゼーノの話、こんなところにまで届いてるのか。

 ウゼーノはわりと高ランクの冒険者だって話だったけど、ここまでなのかよ。マジでなんであんな粗暴なんだよ。


 まあ、そのおかげというかなんというか。リーシャーの実力は証明されているようだ。

 そしてそのリーシャーが一緒だからと、おじさんは私たちを快く送り出してくれた。


「少し強面の方でしたが、優しい方でしたね」


「人は見かけで判断しちゃいけないねー」


 門をくぐり、国の外へ出る。

 おじさんに手を振りつつ、私はついに初国外の地を踏みしめたのだ。


 広がっているのは、だだっ広い草原だ。国の外には別の町が広がっている、なんてこともなく。

 見晴らしのいい草原。風が気持ちいいし、空がきれいだなぁ。


「これが国外かぁ。なんか空気がおいしいね」


「そうですか? 国壁で遮られているとは言え、密閉されているわけでもない以上空気の味はどこも同じだと思いますが」


「……そういうとこだよリーシャー」


「?」


 ともかく、このまま感動を噛み締めているのもいいけど、依頼をこなさないと。

 近くの湖にスライムが……だったよな。


 地図も貰っているため、指定の場所まで歩きになる。


「こんなことなら、馬車を持ってくるんでしたね」


「馬車で冒険する冒険者は嫌だなぁ」


 この先にいるスライム。ついに初めてモンスターとバトルをする実感が湧いてきたのか、私の心臓はドクンドクンと高鳴っていた。


 スライムは、基本的には無害なモンスターだ。というか、場合によっては私たちにとって有益なモンスターでさえある。

 水を吸収する体質は、使いようにもよるのだ。例えば浸水して水が手に負えなくなった場合、スライムに水を吸収させることができる。


「……まるで包丁や火みたい」


 私たちでも簡単に扱えるもの。それも、使い方を間違えればあっという間に凶器に変わってしまう。便利なものも、使いようによっては危ないし……逆もまた然り。


 それでも今回のように、水を吸収しまくって巨大になりすぎればやがて被害が及ぶ。身体は水なのだから、巨大スライムが畑なんかに飛び込めば作物は水浸しに。

 そして場合によっては、スライムのせいで逆に浸水してしまうこともある。


「スライム、ってどんな攻撃手段なんだっけ」


「基本的には、こちらの呼吸を害する行為がスライムの唯一にして危険な攻撃方法です。顔をスライムの身体で包まれたら、まず抜け出せません。水ですから、掴むこともできませんし」


 スライムに溺れさせられる、なんてのも嫌な死に方だ。

 スライムの身体には核があるのだから、それを破壊すれば抜け出せるのだろうけど……溺れている状態でそんな余裕があるかどうか。


 よく、服だけ溶かすスライムが出てくるラノベを読んだことがある。でもこの世界のスライムは水とほぼ同じの成分だし、服を溶かすなんてことはない。

 そもそも、服だけ溶かすなんて都合のいいモンスターがそのへんをのさばっているはずもないよなぁ。


「あ、あの湖でしょうか」


 しばらく歩いていると、セルティーア嬢が声を上げる。とはいえ、わりと大きな湖なため言われなくても気づくレベルだ。

 誰が先に言ったか……程度の差。そして目の前には、大きな湖が広がっていた。


 地図を見ると、確かにここだ。キャンちゃんさんの描いてくれた簡易的な地図だけど、位置関係は合ってるし問題ないだろう。

 ……キャンちゃんさんわりと絵ぇうまいな。


「となると、この付近にスライムが生息しているようですね」


 周囲を警戒しているリーシャー。私も周囲を警戒しつつも、湖を見る。


 ……湖の水が、スライムに吸われているという問題。実際に被害に遭っていると聞いているから、すぐにわかった。

 スライムのせいだろうか、確かに湖の水かさが本来のものよりも低いように感じる。


「初めて来た場所だけど、確かにこれは……水が少ないね」


「日照りが続けば水が干上がってしまうなんてこともありますが、そんな話は聞いていませんし……スライムの仕業に間違いないですね」


 この被害がスライムであることを改めて認識する。ただ、スライムがどこに潜んでいるかだ。

 普通にここで見張っていて現れるのか。スライムに知能があるかはわからないけど、人がいるなら出てこないかもしれない。


 ここは、ひとまず隠れて様子をうかがったほうがいいかもしれ……


「! 来ました!」


 はっと、リーシャーが声を上げる。弾かれたようにリーシャーの視線の先を確認すると、そこには草むら。

 長く伸びた草が、ガサッゴソッと音を立てている。そこになにかがいるのは明らかだ。


 そして、それがなにか確認しようと……行動を移すよりも先に、それは草むらから飛び出した。


「わっ、出た!」


 飛び出すのは三つの影。地面に着地し、私たちの前に姿を現したのは……


「スライム!」


 予想通り、スライムだ。水のような身体を持つモンスター……こいつが。

 初めて生で見たモンスター。それに、一種の感動すら覚える。


……って、いけない。感動している場合じゃない。これが初モンスター、そして初バトルだ!

 この短剣のサビにしてくれるわ……って……


「で、でっか……」


 せいぜい頭一つ分の大きさかなと思っていたスライム。だけど実際に現れたのは、一般自動車並みに大きなスライムだった。

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