第30話 ステータスオープン!



 さて、冒険者生活二日目。私たちは変わらず変装して、冒険者ギルドに訪れた。


 ここに来るまでの間、街の様子を見ていたけど……セルティーア嬢がいなくなった、といった話を聞くことはなかった。

 やっぱりあの王子が、情報を外に出さないようにしているんだろう。城の人間を使い、しらみつぶしに捜せばいいものを。


 それをしない……いやできないのは、あの王子のプライドゆえか。こっちとしては助かるんだけどね。


「その代わり……ってわけじゃないけど、やたらと私に視線を感じるなぁ」


 ギルド内に足を踏み入れると、冒険者たちはまばらだ。思い思いの時間を過ごしている。

 時間的に、朝っぱらから飲んでいる人はいないけど。


 その中でも、なんだか視線を感じる気がするんだよねぇ。最初はセルティーア嬢に向けた視線かと思ったけど、どうにも違うっぽいし。


「気のせいかな、なんだか視線を感じる気がするんだよ」


 ……この世界に転生してからというもの、人目にさらされる経験は多かった。

 貴族としての社交界に始まり、学園での生活、街の人との交流。まあ後半は私が自分から関わりにいったんだけどさ。


 前世じゃ最期になるにつれて人と関わることはなかった私だし、いきなりあんな人の目にさらされてどうなるかと思っちゃったよ。

 ま、意外となんとかなるもんだけどね。リーシャーも助けてくれたし。


 王子の婚約者という立場も加わり、善意や悪意といったいろいろな視線にさらされてきたのだ。なので、そういった視線には敏感だ。

 ……貴族令嬢にこんなスキル必要ないと思うんだけどなぁ。


「ご安心ください。モミジさんに害成す視線は切って捨てますので」


「いや、切らなくていいから」


 ま、そのおかげで冒険者として動くには素晴らしいスキルになったはずだ。多分。


 リーシャーも言うように、視線は感じるけど悪意は……害意を感じるものは、ない。

 だいたいこういうのって「新人のくせにでかい顔しやがって」的な、新人冒険者をよく思わない奴らからの悪意を受けるパターンだと思ったけど。


「……?」


 セルティーア嬢や、昨日冒険者ウゼーノを倒したリーシャーが注目されるならわかるんだけど……なして私?


「おはようございます、今日も依頼をお探しですか?」


「どうも。うん、実はそうなんだ」


 受付に行き、そこに立っていたキャンちゃんさんがにこにこと対応してくれる。

 昨日、あんな大柄の男を倒したとは思えないよな。目の前で見たのに信じられないよ。


「うふふ、そうだと思って一通りの依頼を纏めておきました」


「え、そうなの?」


「はい」


 私の答えに、キャンちゃんさんは壁を指す。

 壁……というよりは、壁付近にある掲示板かな。


「ちなみにあちらの掲示板には、現在募集している依頼が貼ってあります。他にも、冒険者パーティーのメンバー募集と言ったものも貼りだしてあります」


「ほほぉ」


 キャンちゃんさんはカウンターの下からいくつかの紙を取り出し、それを私に渡してくれる。

 纏めておいたって……わざわざ、準備してくれていたってことだよね。


「わ、ありがたい……けど、どうして?」


「それはもう、シャ……おっほん! モミジさんは、依頼をこなしたいこなしたいと鼻息荒くしておられましたので」


「私そんなだった!?」


 むぅ……まあ、よくわかんないけど私たちのために準備してくれていたってことだもんね。

 ありがたいことだ。私はリーシャーとセルティーア嬢にも、依頼を見せる。


「これ、簡単そうじゃありませんか?」


「こちらも、危険はなさそうですね。これにしましょう」


 二人の意見も取り入れ、とりあえず二つの依頼を受けることにする。

 難易度的にも、そこまで難しくはないだろう。リーシャーの言うように危険もないし。


 冒険者としてのランクを上げるためにも、今はコツコツと経験値を貯めていかないと! いやまあゲームみたいにレベルが上がるわけではないんだけどさ。


「いや、もしかして私が試していないだけで、この世界にはそういうシステムがあるんじゃないのか?」


 依頼の受注やり取りをリーシャーとキャンちゃんさんに任せつつ私は、ふとそんなことを思っていた。

 愛読していたラノベだと、異世界に召喚された主人公はよく自分のレベルを可視化して数値を見たりしていた。


 それはまるでゲーム画面みたいに。そもそもゲームの世界でもないのにレベルや数値やどういう意味なんだ……って思ってたりしたんだけど。

 もしかしたら……あるのかもしれない。異世界特有の、そういうなにかが。もしかしたら、この世界にも?


 今まで私は、婚約破棄されることばかりを考えていたけど……冒険者という職業があって、ランクというものがある以上。あるんじゃないだろうか?


 ……試してみるか?


「ステータスオープン!」


 思ったら即行動。私は目を閉じ、その場で猛々しく声を上げ、右手を突き出した。

 ステータスオープンってのは、なんかどの作品でもだいたいステータスオープンだからこうして声を出してみただけだ。


 この声に反応し、突き出した右手の先には自分のレベル数値が可視化されたものが表示されて……


「……ないか」


 だけど、目を開けたそこにはなにもなかった。びっくりするくらいに。

 実はちょこーっとだけ期待していただけに、がっからしてしまう。せっかくのファンタジー世界なんだから……もしかしたらと思ってたのになぁ。


 しょぼん……


「も、モミジ、さん?」


「あ」


 セルティーア嬢が恐る恐る、といった感じに話しかけてきたことで、私ははっとした。そして彼女を、周囲を見る。


 セルティーア嬢も、リーシャーも、キャンちゃんさんも……他のみんなも、じっと私を見ていた。さっきまで騒がしかったギルド内も静まり返っている。

 当然だ。新人の冒険者が突然奇声を上げたんだから。


 こんなにも人目を集めるのは緊張するけど、私に湧いた気持ちは別のものだ。

 や、やっちゃった!


「モミジさん? いきなり叫びだして、いったいどうし……」


「な、なんでもない! なにも聞かないで! 忘れてぇ!」


 わ、わ、うわー! 私、こんなに人が居るところで……昨日よりも人は少ないとは言え!


 人前で、なんてことを……

 わ、わー! 恥ずかしー! 恥ずかしいー!!


「顔真っ赤ですよ……」


「言わないでー!」


 私は耳をふさぎ、その場にしゃがみ込む。今はなにも聞きたくないし誰の顔も見たくない!


 ……私、シャルハート・アルファーとしてこの世界に転生して十五年。これまで生きてきた中で、少なくともこの瞬間が一番恥ずかしいと思える時間だった。

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