第27話 モーマンタイですよ



「……どうぞ」


「ありがとうございます」


 広間にて、テーブルを挟んで正面に座るセルティーア嬢。彼女の手前には、淹れたばかりの紅茶が置かれる。

 その香りをまずは楽しみ、何度か息を吹きかけて冷まし……紅茶を一口口に含む。


 こうして人の……貴族令嬢の嗜みをじっくりと見る機会なんてなかなかなかったけど、こうやって見るとやっぱ一挙手一投足が惚れ惚れするくらいにきれいだなぁ。


「ふぅ。とてもおいしいです」


「でしょー。……あ、そ、そうでしょうとも」


「ふふ、そんなにかしこまらなくてもいいですよ」


 コト……とカップをテーブルの上に置き、セルティーア嬢は私を見た。

 彼女がここへ来た理由は……だいたい察しがついている。


 ……お風呂から上がった私たちは、のんびりしていた。そこへ訪問者を報せる鐘の音が鳴り、使用人が応対した。

 こんな時間に誰だろうと思っていると、使用人からその正体が告げられた。

 セルティーア嬢・クドイ様が来ている……と。



『こんばんは、シャルハート様』



 扉を開けた先に居た彼女は、荷物の入ったらしき鞄を持っていた。

 そして、私を見て少し困ったように笑っていたのだ。「夜分に失礼します」と一文を加えて。


 その後、立ち話もなんなので彼女を招き入れた。というか、荷物を持っていたし立ち話は失礼だ。

 彼女がここへ来た目的は聞いてはいないけど、だいたいの予想はつくってもんだ。


「……王子のことですか?」


「! わかりますか」


 私の問いに、セルティーア嬢は少しだけ驚いたように口を開け、それから小さくうなずいた。


 昨日の今日だ。あんなことがあっては、自然とそっち方面の悩みだとわかる。

 それに、セルティーア嬢は今日までウチに来たことがないんだ。このタイミングでウチに来るなんて、それはもう理由は一つと言ってもいいだろう。


「申し訳ありません、ご迷惑だとは思ったんですが……頼れるところがなくて」


 申し訳なさそうに、深々と頭を下げるセルティーア嬢。


「いいですよ、頭をあげてください」


「……私きっと、あのまま家に戻ったら王子に捕まると思うんです。なので、迷惑なお願いだとは思いますけど……しばらく匿ってもらえないかと」


 匿ってくれ、か。私もそうできないか考えていたけど、セルティーア嬢の方から来るとはね。

 私としては、全然構わない。むしろ頼ってくれて嬉しいし。


 とはいえ……


「匿うのは構いませんが……お城から逃げたと言っていたし、なにか対策があってのことだと思ってましたが……」


「……私、思い切ったらすぐに行動に移してしまうことが多くて。家の者にも、その点を注意されることもあって……」


 ……思い切ったら即行動、か。顔に似合わず大胆なのね。


 って、それは冒険者に誘われた時にわかっていたことか。お城から逃げ出して、ここまで来て、直接冒険者にならないか誘ってきて。

 私が言うのもなんだけど、行動力すごいよね。


「でも、家の人たちにはなんて話しているんですか?」


「……王子から身を隠すために、しばらく行方をくらませるとは話しています。ですが行き先は伝えていません。万一にも家の者から足が着かないように」


「なるほど」


 確かにあの王子なら、どんな手を使ってもセルティーア嬢の居場所を聞き出そうとするだろう。

 でも、その居場所を知らなければ、聞きだすこともできない。それが狙いだ。


 あとは……必要以上に家の人たちに迷惑をかけないためだろう。居場所を知らなかったとなれば、セルティーア嬢の独断に振り回されただけだと思わせられる。てか実際にそうだし。


「その代わり、シャルハート様含めこちらの方々に迷惑をかけてしまうことになります。なので、無理に頼み込むことはできません」


 私なら迷惑をかけてもいい……と思ったわけではないだろうけど。多分、私が王子と真っ向から敵対(?)しているところを見たから、私なら頼れると思ってくれたのかも。

 これがセルティーア嬢の、いっぱいいっぱいってところか。


「私は全然オーケー、モーマンタイですよ!」


「もーまん……?」


「気にしなくても問題ない、という意味らしいです」


 大丈夫だ問題ない、と親指を立てて答えるけど、セルティーア嬢にはうまく伝わらなかったらしい。

 けれど、リーシャーが補足するように伝えてくれた。


 この世界にはない言葉でも、私は昔から使っているからリーシャーたち周りの人たちには意味が伝わるようになったみたいだ。

 私が言葉を覚えさせているみたいで、ちょっと興奮する。


「ここなら、王子も捜しに来ないと思いますしね」


「それなら、良いのですが」


 私と王子は婚約者の関係でありながら、少なくとも王子が私の家に来たことは一度もない。

 思えば、はじめから私には興味がなかったということなのだろう。


 私がお城に招待されるのは、ままあった。それは体裁を気にしてのことだ。でも逆は、なかったのだ。


「とはいえ……用心はしておいたほうが良いかと、思います」


「用心?」


 リーシャーが、口を開く。用心しておいたほうがいいと。

 その真意が分からず、私はリーシャーの次の言葉を待った。


「王子は、シャル様とセルティーア様のお茶会に乱入してきました。二人の会話まで聞いていたとは思えませんが……」


「……私たちに接点があるかもしれないとは思ってるかもってことか」


 手当たり次第、ってなったら確かに私のところにも来そうだな。いくら婚約破棄したい相手の家とはいえ。

 そのときは、知らぬ存ぜぬで押し通せるか……


 ま、王子だって事を大きくはしたくないはずだし。大騒ぎになることはないだろう。

 とはいえ、いつまでもこうして逃げ隠れするってのも無理なわけで……そのあたりの対策も考えないとねぇ。

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