第26話 おセンチになってるだけだから



「はぁー、極楽極楽」


 髪と身体を洗い流した私は、大きな湯船に浸かる。

 リーシャーは自分の身体を洗っている最中だ。私がお返しに洗ってあげようかとも提案したんだけど、頑なに拒否されてしまった。


 使用人である以上、お嬢様に身体を洗ってもらうわけにいかないということだ。堅いんだからもう、身体は柔らかそうなくせに。


「ふぃー……」


 やっぱり肩まで浸かれるお風呂ってのはいいもんだねぇ。それに、いつもとは違い労働の後のお風呂だからだろうか、いっそうに気持ちいい気がする。


 冒険者かぁ。終わってみれば、まるで夢を見ていたみたいだ。

 だけど、現実なんだよね。私とリーシャーと、そしてセルティーア嬢とで。三人で、パーティーを組んで。



『まあ、隙を見て逃げ出してきたんですけどね』



「……セルティーア嬢、大丈夫かなぁ」


 楽しかった思い出を思い返せば、次に浮かぶのはセルティーア嬢のことだ。

 彼女はお城から逃げ出してきたって言うし……いや、それでもとんでもないことなんだけどね。


 冒険者の仕事を終えて、解散したわけだけど……彼女は、自分の屋敷に帰ったら王子に見つかってしまうのではないか。

 そんな心配があったけど、彼女は特に気にした様子もなく帰っていったんだよね。


「失礼します」


 声がすると、湯船が揺れる。ぽちゃん……とリーシャーの足が湯に入り、それが波打たせているのだ。

 リーシャーが湯に浸かる。はぁー、やっぱり色っぽいなぁ。


 私より年上とはいえ、大した違いもない。なのにどうしてこうも、大人な雰囲気なのか。

 やっぱりお胸なのだろうか?


「どうかしましたか?」


「あ……もうちょっと、こっち来なよ」


 あ、変なこと考えていると気付かれたかと思った。うまくごまかせたかしら。


 湯船に浸かったリーシャーは、私との距離は離れている。なので、近くに来るように誘う。

 一瞬躊躇を見せたリーシャだけど、すぐに「では失礼します」とうなずき、私の側へと近寄ってくる。


 そうそう、お風呂場でくらい私に対して気を遣わなくていいんだって。


「はぁー、気持ちいいねリーシャー」


「そうですね」


 お風呂でのんびり。騒がしいのも好きだけど、この時間はこれで悪くない。

 周りには誰もいないし、変に肩を張る必要もない。気楽な時間だ。


「……ねえリーシャー」


「どうしました?」


「セルティーア嬢、大丈夫かな」


「……どうでしょうね」


 リーシャーも、セルティーア嬢のことは気にかけていた。どうやら、私に好意的な人間だからリーシャー的にはオーケーらしい。

 リーシャーが警戒するかしないかって、私基準なんだ……


 とはいえ、仲良くなってくれるのなら嬉しいよね。


「彼女の道についてどうこう言うつもりはありませんが……このまま屋敷に戻れば、彼女を捜しているであろう王子に捕まりもう自由にはなれないかもしれません」


「……だよねぇ」


 あの思い込みの激しい王子のことだ。おとなしく見えたセルティーア嬢の行動の意味を知ったら、もう見逃さないようにどこかに閉じ込めてしまいかねない。

 そうなってしまったら、もう冒険は……って、そんな場合じゃないよなぁ。


 やっぱり、帰すべきじゃなかったかもしれない。なんなら、ウチで匿うことも考えたらよかった。

 私は自由が嫌だから婚約者として縛られたくなかった。だから婚約破棄されるようにいろいろやった。これじゃあ、セルティーア嬢が私の嫌った不自由を押し付けられたみたいになっちゃう。


「心配ですか、セルティーア様のことが」


「そりゃあ、そうだよ。ほんの少し前までは、王子の取り巻きでしかなかったのに……今は、友達だと思ってるんだから」


 考えてみれば、私って前世もだけどこの世界でも友達いないんじゃあないか……?

 リーシャーたち使用人のことは、私が友達だと思っても向こうが恐れ多いって理由で首を盾に振らなさそうだし。


 貴族令嬢としての付き合いはもちろんあるけど、友達って呼べる人がいるかと言われると……

 それに、王子の婚約者として少なからず敵視されていた部分もあると思うし。


 あぁ、私友達いなかったんだ。


「どうかしたんですか、いきなり黙ってしまって」


「ううん、大丈夫。ちょっとおセンチになってるだけだから」


「?」


 いやまあ、前世じゃ友達どころか話をする人すら……最後の方は家族やお医者さん以外いなかったんだけどさ。それを考えたら、話をできる人が多いだけ恵まれてるんだけどさ。


 ただ、私はセルティーア嬢を友達と思ってるけど、セルティーア嬢が私を友達だと思ってなかったら、それはとても悲しいことになる。

 だから確認するのは怖いなぁ。


 そもそも「私たちって友達だよね?」って本人に聞くのも、なんだか違う気がするし。


「うーん、まあ明日会ったときにいろいろ聞いてみよう。王子に捕まってないことを願って」


 バシャ、と湯船から私は立ち上がる。ふぅー、かなりあたたまったよー。


 湯船から出て、脱衣室へ。後ろからはリーシャーがついてきてくれて、慣れた流れで私の身体をタオルで拭いてくれる。

 濡れタオルで背中を拭いてもらうことはあったけど、こうして濡れた身体を全身拭いてもらうのは……ぶっちゃけ、今でもちょっと恥ずかしかったりする。


 自分より年上のお姉さんに全身拭かれるのだ。ちょっと変な気持ちになりそうなのを、いつも抑えている。


「はい、拭き終わりましたよ」


「ありがと」


 それからリーシャー自身もテキパキと身体を拭く。それと同時に、脱衣室に入ってきた別の使用人が私に衣類を着せていく。

 下着と寝間着をそれぞれ着せてくれる。


 ただ立っているだけでいろいろなことをやってくれるんだ。貴族様々だよね。

 でもあんまり任せっきりだと、ダメ人間になっちゃいそうだ。


 部屋に戻った私たちは、しばらく部屋でじっとしていたのだけれど……


 ……その、わずか数分後……


「こんばんは、シャルハート様」


「……セルティーア嬢?」


 なぜか、玄関先にセルティーア嬢がいた。すごい笑顔で。なんか、荷物みたいなものを持って。

 荷物……しかも結構多い……? えっと……まさかこれって……


「あの、よろしければ……しばらく泊めていただけませんか?」


 やっぱりそうかぁ!

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