第17話 ギルド内の秩序はわたちが守ります!



「いで、いでででで!」


 冒険者ギルドに来た私たち。そこでひと悶着あり、冒険者モノのお約束を披露するつもりだったんだけど……


 私を守るように立つリーシャーが、冒険者ウゼーノの手首を掴みめちゃくちゃぎゅってやっている。

 手の大きさはまるで小さいのに、凄まじい握力だ。


「先ほどから聞くに堪えない暴言の数々。このまま見過ごせないな」


「いっ……でぇ、って言ってんだろこのアマ!」


 そのままウゼーノはなすすべもなくやられて……しまうわけではなく。反対側の腕を振るう。

 まるで丸太のような腕がリーシャーに襲い掛かるけど、リーシャーはそれをあっさりとかわした。


 代わりに、ウゼーノの手首も解放されたけど。


「くそっ、この女風情が! 調子に乗ってんじゃねえ!」


 激昂するウゼーノは、拳を握り締めてリーシャーへ向かって振り抜いた。


「……はっ」


 だけどリーシャーは、それを怯える様子はない。それどころか、避ける様子も。


 そのまま拳がリーシャーに激突すると思われたが。リーシャーは身体を横にずらした。傾けた身体は拳をかわし、最小限の動きで見切ったのだ。

 す、すごい……


 そして、腕を振り抜いたばかりで隙のできたウゼーノに接近し、喉元に黒く尖ったものを突き付けた。

 あ、あれって……クナイだー!


「ぐ……くっそ女がぁ……!」


「そのくそ女に生殺与奪を握られている気分はどうだ? このまま喉を突き刺してもいいんだぞ」


「っ……」


 リーシャーが少し手を進めれば、喉元にクナイが突き刺さる。

 じんわりと流れる血は、ウゼーノにさすがにそれ以上の抵抗をさせなかった。


「おー、すげーなあの人。ウゼーノをあんな簡単に」


「あぁ。なにもんだ?」


 一連の動きを見れば、リーシャーがただ者でないことは誰でもわかる。

 でも、あぁ……目立っちゃってるよぉ。


 新人冒険者(まだ冒険者ではないけど)は目立つものではあるけど、これじゃ別の意味で悪目立ちしちゃってるよ。


「ちょっとちょっと、なにをやっているんですか?」


 すると、どこから明るいともなく声が近づいてくる。

 その声は人をかき分け、私たちの前に出てきた。


 その人物は、冒険者ギルドの制服を着ている。ここの従業員さんかな。

 わぁ、学校のセーラー服みたいな服だ。憧れだったなぁ。


「いったいなんの騒ぎ……わぁー! なにやってるんですか!」


 現れたのは、赤毛をツインテールにした小柄な女の子。子供か? いやでも制服着ているしな。

 気の強そうな彼女は、だけど現場を見て騒然としていた。


 そりゃそうだ。可憐な女の人リーシャーが大柄な強面男に、クナイを突き付けているのだから。


「あ、これは……」


「ぼぼ、暴力行為! ギルド内での暴力行為は禁止ですよ!」


 どこからか取り出した笛をピピーッと吹き、彼女はリーシャーを注意する。

 その表情はぷんぷんと怒っている。


 冒険者ギルド内では、暴力行為は禁止なのか……まずいな、理由はどうあれ状況だけ見れば、リーシャーがやっているのは暴力どころか殺人未遂だ。


「ギルド内の秩序はわたちが守ります!」


 ……わたち?


「即刻憲兵に突き出して……」


「待った待ったキャンちゃん。暴力行為を働こうとしたのはウゼーノの方だよ」


「そうそう」


「へ?」


 ルールに厳しそうな彼女から沙汰が下されそうになったところで、周りの冒険者が待ったをかける。

 そして、事情を説明してくれたではないか。

 先に襲い掛かって来たのはウゼーノであること、リーシャーは私を守ろうとしてくれたこと……ええ人たちだ。


 それを彼女は、ふんふんと聞いていた。


「なるほど……状況は理解しました。でも、鋭利な武器を突き付けるのはやりすぎです!」


「あと一秒遅ければしゃ……モミジさんのお顔に傷がついていました。なので、緊急措置を取ったまでです」


 彼女に注意され、リーシャーはようやくクナイを引いた。

 これは正当防衛ってやつだし、リーシャーは悪くない。私もそう加勢しようとして……


「このアマァアア!」


 先ほどまで腰が引けていたウゼーノが、背を見せたリーシャーに襲い掛かる。

 あいつ、まだ……!


「ほちゃあぁあ!」


「へぶっ!?」


 ……だけど、リーシャーが反応するよりも早く。飛び上がった小柄な彼女が、ウゼーノの顔面に蹴りを入れる。

 その上、バランスを崩したウゼーノの身体を押し倒したではないか。


 つ、強い……


「まったく。またあなたですか……素行の悪さは確かに問題ですね」


「き、気絶してる……」


 さっき顔面を蹴った時、狙ったのかはわからないけど……蹴りがウゼーノの顎に打ち込まれ、ウゼーノは気を飛ばしてしまっていた。

 大柄な男とはいえ、人間の急所はみんな同じだ。顎が揺れれば脳も揺れるけど……


 だからって、あの体格差で一撃で気絶まで持っていった……?


「うぉー、キャンちゃんさすがー!」


「相変わらず痺れる蹴りだねぇ!」


「えへへ、どうも……って、キャンちゃん呼びやめてください! わたち受付嬢ですよ!」


 しかも、誰も驚いている様子がない? ってことは、あの子の実力はみんな知っているのか。

 驚いて目を丸くする、とはこのことだよ。


 それに、冒険者たちに慕われている?


「す、すごいですね……」


「うん……」


 よかった、驚いているのは私だけじゃない。セルティーア嬢も同様だ。

 一方で、リーシャーは動じていないように見える。


「リーシャーは、あの子の強さ驚かない?」


「受付嬢がそれなりの力を持っていることに、疑問はありません。ああいうのもいる以上、受付も多少なり護身の心得があった方が安心ですから。

 とはいえ、あれほどまでとは思いませんでしたが」


 ああいうの、とウゼーノをチラ見するリーシャー。

 確かに冒険者の中には、受付さんに絡む輩もいるだろう。身を守る手段、冒険者同士の仲裁……そういうのに対応するために、多少護身の心得はあった方がいい。


 でも……強すぎない?


「さて……あなたたち、災難でしたね。こんなのに絡まれて」


 こんなの、と言いながら彼女は、ウゼーノの頭を足でつつく。

 受付さんもそういう扱いなんだ、この男……

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