きみの瞳と虹色の暁

柴野日向(ふあ)

1章 翠

1

 あいつは信用できない。信用できるはずがない。

 七宮しちみやしょうはたっぷり二十メートルは距離をおいて、心の中で再度呟いた。父親の七宮しちみや孝雄たかおは、慈善事業で子どもを引き取るような人間ではない。だが、何のためにと幾度問いかけても、父親は人助けだと信用ならない言葉を吐くだけだった。

 翔の前方で背を向けて歩く彼の姿は、一般の健常者と何ら変わりない。それが翔には不気味でならなかった。以前から奇妙には思っていたが、外出する姿は初めて目撃した。

 すいと変わった名前を名乗った十三歳の少年は、初めに挨拶をした時点で、両の瞼を白い布でぐるぐると覆っていた。目の病気なのだと説明されたが、とても信じられる話ではなかった。彼が家にやって来て既に十日ほど経ったが、翔は一度も彼が布を外した場面を見ていない。それがただの偶然だとしても、彼は食事も入浴も一人で難なくこなす。例え盲目ゆえに視覚以外の感覚が鋭いのだとしても、来たばかりの家で迷いなく行動する様子には、気味の悪さを覚えた。

 放課後の学校帰りに、翔はたまたま翠の姿を見かけた。彼はいつもと等しく目を布で覆ったまま、翔の見知らぬ男に声を掛けていた。あっという間に興味をそそられ、青信号の点滅する横断歩道を駆け抜けて、翔はこっそりと二人の後をつけている。

 あいつ、何をしているんだ。翠の頼りない細い背中は、会社帰りと思しきスーツ姿の中年男と並んで歩道を進んでいる。昼下がりの住宅街に通行人は少なく、翔は充分に距離を空け、時には自動販売機や電信柱の陰に隠れて尾行した。

 心臓が若干の緊張に鼓動を速くするのを感じる。得体の知れないあいつの行動、盲目とは思えない身のこなし、七宮家に引き取られた理由。納得できない疑問が翔の頭の中で渦を巻き、肩に食い込む通学鞄の重さも忘れさせた。

 六月初めの空気は早くもじっとりと重く、空には真っ白な雲が敷き詰められている。

 ふいに、翠が角を曲がった。住宅街に現れた背の低いアパートと雑居ビルの隙間だった。男が訝しげに何か声を掛けている。そして苛立った様子で路地裏に足を踏み入れた。

 予想外の展開に翔も足を止めたが、すぐさま彼らを追って小走りに駆け出した。目隠しをした不気味な少年が、男を路地裏に連れ込む理由が分からない。そしてその少年は、自分と同じ屋根の下で暮らしている。このまま見逃してはあまりに後味が悪い。

 もはや尾行がバレようが構わない。足音を殺し、角からそっと覗き込んだ。

 理解が及ばず、翔は言葉も失く立ち尽くした。

 大人二人がようやく並べるほどの薄暗い道に、スーツ姿の男がうつ伏せに倒れている。ぴくりとも動かないその身体から視線を上げると、少年の背中が暗い路地の向こうへ駆けていくのが見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る