世界各地で起きた異世界転移による同時刻失踪事件の顛末

鮎砂期

転移者と神々、そして地球

 『あぁ、ようやく見つけた』


 私の目の前にいるのはとても綺麗な男の人、沢山の尻尾と狐耳を生やしている、九尾だろうか?


 『初めまして。私は地球とは異なる世界、"アルシアム"と呼ばれる世界の神の一柱だ。君を探していたんだ』


 これは夢?周りは何もない真っ白な空間だ。変な夢を見てるのかな……?


『これは夢ではあるが、現実でもある。単刀直入に言おう、君は本来私がいる異世界で生まれるはずだった魂を持っている』


 狐の神様が言うには、私は地球意思によって地球に魂が連れてこられ、人間に転生してしまったらしい。どうやら他の異世界でも魂が連れ去られ、地球に人間として転生してしまった人が多くいるらしい。

 地球には異世界にはある"魔力"が存在せず、本来なら人間ではない異種族に転生する筈だった人も多い為、地球での人間生活に適応できず不幸な目に遭う転生者が多いのだという。既に自ら命を絶ってしまった者もいると。

 じゃあ、どうやって魔力も無いのに異世界から魂を連れてこれたの?というと、魔力ではない地球としての特別な力があり、この力で魂を連れて、いや誘拐してきたらしい。

 それと、地球にも神様はいるが基本地球の神は不干渉なので特に止めたりもしなかったらしい。


 今回、被害を受けた多数の異世界と地球が繋がり、本来の世界へと連れ戻せる様になったのだという。

 にわかには信じられないが……確かに私も学生時代にはいじめに合ったりもしたし、今でもこの世界は生きづらいな、とは思う。最近は道徳やモラルが無い人間も多いから、そういった人間の非常識な行いがテレビのニュースに出るたびに「どうしてこの人達と同じ種族なのだろう、同種なの嫌だなぁ」と心の中で何度も思った事がある。


『君には2つ選択肢がある、このまま人間として地球で生きていくか、本来生きるはずだった異世界に転移して新たな人生を歩むかだ。転移する場合は君は人間ではなく私のような狐の種族、狐族として生きる事になる。魔法も使えるし、魔物もいる世界だ。冒険者も存在するから、君のやりたかった事は叶えられる』

 

 冒険者という言葉に私は目を見開いた。

 そう、地球ではやりたい事なんてなかった。ゲームの中の主人公みたいに魔法や武器を使って魔物と戦ったり、仲間とまだ見ぬ世界を冒険してみたいと思っていた。でもこんなの今の人生では絶対に叶えられないし、こんな事を言えば「現実とゲームの区別のつかない人」ってバカにされるだろうから、ずっと心の奥にしまってた。

 そっか、本来なら異世界に生まれてたなら冒険者や魔法に憧れるのは寧ろ当然なんだ。


「あの、もし転移する場合って私は行方不明扱いになるんでしょうか?」


『いや、今回君のように転移する可能性のある魂はそれなりにいるから、神々合同で人類に声明を出す。かなりの数の世界で連れ去られたからな、流石に一斉に居なくなれば騒ぎになる』


 家族や友人に手紙も出せると言われ、少し考える。

 ……このまま地球で生きていて楽しいだろうか?やりたい事は出来ないし、生きづらい世の中で死ぬまで人間として生きれるか考えるが、結婚する気も無かったし、地球で人間として生きるのは精神的に苦痛でもある。

 神様の言うように狐族になって、異世界で職を見つけるか冒険者として生きる方が、不便な事はあっても今より不幸にはならない気がする。

 やらないより、やって後悔した方が良いよね。


 「……手紙だけ、両親宛てに書いても良いですか?」


 そう告げると神様は『分かった』と言って微笑んだ。


 ──


 『この様に、今回の行方不明者というのは本来我々が治めている異世界で生きる筈だった者達だ。我々は迎えに来ただけであり、本人の同意を得て本来の世界へと転移させた。そのまま地球で生きると言った者達には何もしていない』


とある日、世界各地で同じ時刻に行方不明者が続出した。 

 家で寝ている筈の人が突然消えただとか、突然立ったまま何処かを見て喋らなくなった、と思ったら次の瞬間消えていた。という目撃証言が多数報告されてニュースで騒がれていたが、行方不明事件の3日後に世界中のテレビやスマホに映像が流れ、神を名乗る存在が今回の事件について話した。


 中には誘拐だと騒ぐ者もいたが、それは神によって否定された。


 『そもそもの発端は地球が此方の世界の魂を誘拐し、人間として転生させた事だ。地球は犯行理由について「異世界から魂を呼び寄せれば、魔力が生まれてこの惑星の生命を異世界の様に進化させられると思った」などと言っているが、寧ろ異物と認識された魂達が人類によって不幸な目に遭わされるという惨事を招いた。今後、地球はこんな馬鹿な事を繰り返さない事、人類には今一度道徳やモラルというものをちゃんと勉強する事を勧めておく。以上だ』


そうして神の声は聞こえなくなり、地球は再び元の日常に戻った。

 彼等の書いた手紙は後日届き、「やりたい事叶えてくる」「見た事ない世界を見てくる」といった異世界への転移への意欲や理由、そして両親や友人への感謝が書かれていた。また、神は便箋を用意しており、これに転移した息子や娘、友人が手紙を書くと異世界に行った者へと届けられたという。

 一部、居なくなった人物に嫌がらせをしていた者は「あいつだけズルい」などと言っていたが、転移した人物は嫌がらせを受けたりしていたという事実が神によって明るみになっていたので、かなり世間から咎められたという。


 『ふぅ、ようやく終わったな』


 『全く、こんな事が起きるなんて思いませんでしたよ』


 円卓に集まった異世界の神々は、誘拐された魂をようやく元の世界に帰す事ができ、ホッとしていた。


 『しかし、帰らない者もいるとは』


 『結婚して子供がいる人や、親の介護などで離れられない人は帰りませんでしたね。彼等は死後に魂を迎えれば良いだけです』


 『既に死してしまった者の魂も元の世界へと帰した。来世幸せになれる事を願うのみだ』


 神々は笑顔で頷いていたが、今回の計画の主導をしたリーダーである神がコホン、と咳払いすると神々は一瞬で真面目な顔になった。


 『それで、今回の地球への処罰はどうする?』


 『個人的には消滅一択ですが、転移した者を育ててくれた親御さんがまだ存命ですからねぇ、彼等は恩人ですし』


 『地球はまぁ厳重注意で、転移した子達を虐めたり、嫌がらせしていた奴だけ罰与えちゃえば?あんなに文明発展してるのに、いじめとか差別とかする奴が多いって相当なバ……ゲフンゲフン、愚か者じゃない?』


 2人の女神がそう言う。異世界からしてみれば地球は立派な誘拐犯だ。二度とこんな事をしない様に消滅という厳罰を与えるべきという考えはあるが、異世界に帰った魂達は幸いにも親に恵まれている者が多かった。故に恩人となる存在である彼等を罰に巻き込むのは可哀想だという意見も納得できる。

 

 

 『なるほど……皆さん、一旦此方をご覧下さい』


 1人のメガネを掛けた銀髪の神がそう言うと、円卓の中央に半透明のスクリーンが現れる。


 『勝手ながら好奇心で、私のいる世界の時を司る神に地球の情報を見せて未来視をして貰い、今しがた返答が来たのですが……』


スクリーンに映るのは宇宙から見た地球の映像。そこに一つの隕石が地球の太平洋へと落下し、地球の大半の海が干上がり、マグマの様に赤くなっていく映像へと切り替わっていく。

 しかも日付を見るに、そう遠くない未来での出来事の様だ。


 『このように、地球は近々隕石が落ちて大半がマグマの様になり、人類も隕石落下とそれに伴う環境変化によって人口の7、8割が消える、という未来を見たと報告がありました』


 『的中率は?』


 『このままいけば100%ですね。この事実を地球や人類に伝えれば多少は変動するかもしれませんが……近い未来地球がこうなるのであれば、わざわざ今罰を与えなくても良いかもしれませんよ』


この発言に神々はざわつく、「ちゃんとした罰を与えるべき」という意見と「手を下さなくても痛い目に遭うなら良いのでは?」という意見に割れる。

 最終的にリーダーの神が決める事となった。


『地球にはこの隕石落下を罰にすると決定する』


『人類はどうします?地球に伝えないとなると人類にも教えられません』


 『ふむ……転移した者の親と親しかった友人がまだ生きているくらいの近い未来か……ならば、死後その魂達を転移した者と同じ世界に転生させよう。今の地球ならこの話も受け入れる筈だ。もちろん隕石の話はしない。他の人間と生命に関しては、そのまま地球の輪廻転生の輪に行ってもらう』


神々が助けたかったのは連れ去られた魂を持つ者達だ。育ててくれた親や友人となってくれた者には感謝しているが、それ以外の人間は管轄外の生命体なので特別な感情は無い。ましてや地球そのものは絶対的な敵として認識しているから、地球自体が消える事に否定的な神はいないのだ。



 こうして、異世界転移とそれに伴う同時刻失踪事件は終わりを迎えた。


 この先の未来、彼等の親や友人が異世界に転生し、転移した者と出逢って記憶が戻ったりするのはまた別のお話……

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