第3話 アヴァターラ
「そこで、この国が滅びるにあたり提案があるのですが…聞いてくれます?」
エルジェが問えば、侯爵は片眉を跳ねあげてこくりと頷く。発言の許可を得たと判断して彼女は口を開いた。
「国が壊れる運命は変わりません。ですから現王家が1度崩れればいいのです。…遥か彼方、東のマハーチャンドラをご存知ですね?」
「ああ。」
「かの国ではアヴァターラと呼ばれる手技がございます。神やそれに類する神秘を保有した存在が己の魂を分け、人の子として新たに世界に送り出すことで自らが辿る運命の道筋を預け、整えるというものです。この手技を用いることが出来れば───滅びの運命を穏便な方向に変換できます。」
所詮先延ばしにしかならないかもしれない、と言えた。今この時も心臓に相当する宝玉は激しく魔力を生み出しているのだからまだ先とはいえ近いうちにエルジェが完全な竜に変ずることは確定しているようなものだ。だから、先延ばしにする。太古の契約を応用することで。
「この国を物理的に破壊することで竜種の千年王国を築き上げるのが想定された太古の契約です。ですが、仮に王族に竜種が着けばその時点で契約は成される。わたくしが求められていた当初の案が不可能になったのなら、転身すれば良いと考えました。」
エルジェはそっと腹に手を当てる。当初の案、とはエルジェと王子の子を玉座につけるという案のことだ。エルジェは竜姫だが、竜姫が最後に産まれてから実に1000年以上経つ。同一の役割を持つ竜太子が産まれることは多いが、姫は無い。そしてこの国は王になれるのは王家の血を引いたものであり男、つまり王配が王座に着くことは出来ないので契約の更新や正当な解除が困難だったのだ。
「……成程、母親の種族が影響しやすい事を踏まえての旧案だったが大衆の前で婚約破棄されては子を王座に付けて契約を成立させることが出来ない。ならばアヴァターラを宿させる、と?」
「左様にございます。幸いにして、婚約破棄の理由は浮気でもなんでもなく『わたくし』を拒絶しただけのこと。予めこの事を把握し、秘匿する簡易的な魔法契約を交わせるご令嬢を嫁がせる事が出来れば……或いは、国と民は。」
竜姫である事なんて一応身の安全を建前に隠していることになっているが、それは国交上のものであり中立地帯の学園や貴族なら誰でも知っている。ましてや『心下』と称される────太古の契約を交わした当人である古竜ドラシルの心臓が眠る丘、王宮直下の街にすむ貴族ならば尚更だ。この国の要を自覚して無さすぎるものが多いとはいえ、契約の重みを理解出来る家柄も幾つかはあるだろう。それこそ、この侯爵のように。
エルジェはそっとため息を吐く。全く、あのクソ王子はなんてことをしてくれたんだ、と。
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