Rebirth River

緋那真意

第1話(最終便)

 川の渡守ウンダルベアは夕方を迎え、そろそろ今日の仕事を終えようかと思案していたところで声をかけられる。声の主は二十歳くらいの若い男であった。


「すみません、今から川を渡りたいのですが可能でしょうか?」

「ちょうど店じまいしようとは思っていたけど、今ならギリギリ出せなくはない」

「ありがとう。少し急いでるので……」


 男は手早くポーチから銀貨六枚を取り出して彼女へ渡す。


「これは多すぎるよ」

「帰り分も込みです」

「受け取りは基本片道のみなんだけど……後から取消は受け付けないからそのつもりでね?」

「構いません」


 よほど急いでいるのか男は早口で受け答えをするとさっさと船に乗り込んでいき、ウンダルベアは苦笑いを浮かべながらゆっくりと舟に乗り、櫂を操って岸辺から川へとこぎ出していった。


「間に合って良かった」

「そんなに急ぎとは珍しいね」

「最悪、舟だけでもとは思ってました」

「それは勘弁しとくれ。こいつは商売道具である以前に借り物なんでね」


 真顔で諭す。川の行き来は川を管理している王の許可を受けて行うものであり、渡守以外の人物が無断で舟を使い川を渡るのは重罪とされていた。


「そんな心づもりの相手を乗せたのはまずかったかね」

「重ね重ね申し訳ない。しかし、私にとっては一大事なのです」

「……ふーん、最近の流行りかね? この間もあんたに似たようなことを言ってた奴を乗せたけどさ」


 興味のなさそうな口調で話しながら櫂を操り舟を動かす。この川の流れは急ではないが、底が深い場所があちこちにあり、熟練の渡守と言えども油断はならない。

 その間、男は真っ直ぐに前だけを見つめ一切後ろを振り返ろうとはしなかった。


「……戻るつもりのなさそうな面してるけど、本当に後々戻るつもりかい?」

「今は向こう岸へ行くのが先なので」

「そんなに急いだところで何も変わりゃしないよ」


 ウンダルベアは少し強めに言う。渡り切る前に事をはっきりさせておかないといけなかった。


「この三途の川リ・バース・リヴァーは原則渡しは片道のみなんでね。さっきので賄賂のつもりならば無駄と思っておきな」

「承知の上ですよ……ああでも言わないと渡してもらえないと思っていたからな!」


 男はそう言うと視線をウンダルベアへと移す。その目は殺気立っていた。


「わざわざ仮死輪転アンデッド・リンクの術を買っただけのことはあった! こうして冥府へ行けるのだからな!」

「なるほどね。あんたはまだ完全に死んでないわけだ」


 道理で妙に舟が重いと思ったよ、とため息をつく。


死神ライフ・ディーラーも劣化したもんだ。こんな不良を密航させてからに」

「悪いな。このやり方で渡ってしまえば帰りは舟の心配をする必要はないって教わったんでな」


 男は強気に出た。全財産と引き換えに再生処置を施した状態を保ったまま仮死化した男は、半年前に息絶えた妻の魂を現世に連れ戻すためだけに川を渡ろうとしていたのだった。銀貨六枚が引き渡されてから三十分後に蘇生処置が行われる手筈であり、死亡証明デス・サーティフィケートが否定されれば彼は船に乗ることなく現世に送り戻される。死神の描いたシナリオ通りに。


「その死神とやらの名前なんて……聞いても無駄だろうね」

「あんな奴の名前に興味はないんでね……あんたの名前と同じくらい」

「そうかい」


 ウンダルベアは憐れむような視線を男に向けると櫂を操っていた手を止め、男は怪訝な表情を浮かべた。


「おい、なんで手を止める?」

「無駄だよ。この舟は彼岸に着く前に沈むからね」

「冗談はよせ! 本当だとしても、沈んだらお前も道連れだぞ?」


 お前も死にたくはないだろう、と男は脅すが彼女は動じない。そもそも彼女に人間の法則を当てはめて考えること自体が誤りであることに男は気づけなかった。


「あたしは単なる歯車ギア、三途の川という装置マシーンの消耗品に過ぎないのさ。だから、舟に異常が発生すればこの通り、舟ごと廃棄される」


 話している間にも舟はどんどんと川の中へと沈んでいき、男はウンダルベアに掴みかかろうとするも川の水がずしりと脚にのしかかり動けなくなる。


「お、おい! 止めてくれよ! なあ!」

「無駄だよ。せめて、向こう岸につくまで知らん顔をしてればあたしも何も知らずに逝けたけどね……事がわかったからにはあんたを地獄かわぞこへ落とすだけさ」

「畜生! あいつめ、俺を騙したな!」

「死神相手に騙し合いを挑んだあんたが愚かなのさ」


 無様にもがき苦しむ男を見やりながら、ウンダルベアは気怠げに目を閉じ沈みゆく舟に身を任せた。目が覚めたときには川岸でまた仕事が待っている。


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