第65話 公務員、転移する
朝一番、ギルドへ向かい、セリーヌが借りていた剣と盾を返却することにした。
「長い間借りっぱなしですみませんでした」
俺がそう言いながらギルドの受付カウンターに置くと、受付嬢のリネアがにこやかに首を横に振る。
「いえ、大丈夫ですよ。長く使っていただいても、しっかり返却してくださるなら問題ありません」
それからセリーヌの新しい装備をちらりと見て、目を輝かせた。
「新しい剣と盾、とてもいいですね!」
「……え、えっと、あ、ありがとうございます……!」
セリーヌは顔を赤くして、そっと俺の後ろに隠れる。
「おいおい、そこまで恥ずかしがることでもないだろう」
「だ、だって……こういうことは、なんだか慣れなくて……」
たしかに、初めての自分の装備だからこそ、誇らしいけれど、それを褒められるのはちょっと照れくさいのかもしれないな。
「よかったな、これでしっかり前線を守ってくれ」
「はいっ!」
セリーヌは少し恥ずかしそうにしながらも、新しい盾を抱きしめるようにして頷いた。
「今日は再度10階に行くつもりなんだが、一つ確認したいんだけど、ボスってまたいるのか?」
「いえ、初めてボス戦に挑む人がいなければ、ボスは出ませんよ。ですので、普通に10階の探索は可能です」
「なるほど、なら安心だな」
もしまたボスが復活していたら、準備して戦わなければならないかもしれないと思っていたが、それなら気にする必要はない。また、ボス戦を繰り返して、レベル上げやアイテム貯めは無理ってことだな。
「じゃあ、行ってくる」
「お気をつけて!」
俺たちはギルドを後にし、迷宮へ向かった。
「今日は魔法陣を使ってみよう。ただ、変な感じがしたらアルメリタはすぐに言ってくれ。まずは10階まで最短で向かうぞ」
「了解です!」
アルメリタが頷く。
今回はどのくらいの時間がかかるかわからない。調査に時間をかけてもいいように、余った時間はレベル上げに充てるつもりだった。
「それと、時間が余れば、11階の様子も少しだけ見ておこう」
「いよいよ次の階層ですね!和人様のガチャポイントも貯めないと」
セリーヌの声は期待とやる気に溢れる。
俺たちはすでにマッピング済みのルートを辿りながら、最短ルートで10階へと向かっていった。
迷宮に入ってからは、戦闘らしい戦闘もなく、サクサクと進んでいく。
やがて、俺たちは10階のセーフティゾーンへと到着した。
「……さて、問題の魔法陣だな。特に何か感じることはないか?」
「そうですね。意識しちゃうと、あんまり感じなくなっちゃって。すいません」
「いやいや、謝ることじゃないよ。大丈夫、確認して使用するようにしよう」
目の前に広がるそれは、淡い青白い光を放つ大きな円形の魔方陣だった。
床に直接刻まれた幾何学的な紋様は、中央に向かって複雑に絡み合い、まるで魔力の流れを可視化したようにも見える。
紋様の周囲には、小さな魔石のようなものが埋め込まれており、ほんのりと発光していた。
「……見た感じ、入り口の転送陣と変わらないな」
「ええ。でも、どういう仕組みなんでしょうかね?」
セリーヌが不思議そうに魔法陣を覗き込む。
「一回試してみますか?」
アルメリタが提案する。
「そうだな。まあ、何もせずに悩んでても仕方ない。迷宮に入る限り魔法陣での移動は避けては通れないし、一度やってみよう」
俺たちは三人で魔法陣の中心に立つ。
迷宮の入口へ転送されることを念じながら、魔法陣に集中する。
――すると、突如青い光が現れた。
その瞬間、アルメリタとセリーヌの姿が消える。
「ああ、無事に起動したか」
次は俺の番だと意識を集中させる。
すると――
ブワッ!!!
目の前が突然、眩い光に包まれた。
視界が真っ白になり、足元がふっと消えたような感覚に襲われる。
まるで身体が浮遊しているような、不思議な感覚。
ドンッ!!!
次の瞬間――
俺の身体は勢いよく何かに叩きつけられた。
「ぐっ……!いてて」
衝撃に耐えながら、どうにか身体を起こす。
「こんな、乱暴な転移あるか?アルメリタ、セリーヌ、大丈夫か?」
二人が怪我してないかを確認する。
「あれ?」
見渡すが、二人の姿が見えない。
「アルメリタ!セリーヌ!どこだ?」
返事がない。
「ここは、迷宮の入り口だよな?」
もう一度、辺りを見回す。
冷静になれ。
魔法陣は発動した。ただ、怪我はしてないが、結構の衝撃だった。
二人も魔法陣が発動していた、とりあえず、合流しないと――。
「……まいったな」
もう一度、《ライト》を強めにしてあたりを見渡す。
迷宮の中であることは間違いない。
ただ、一緒に移動したはずの二人がいない。
俺は頭をかきながら、転移してしまった魔法陣を振り返った。
俺はもう一度、目の前の魔法陣をじっくりと観察する。
「……あれ?この魔方陣、ちょっと変だ」
ついさっき、じっくり確認したのでわかる。模様が結構違っている。
「どういうことだ?」
《罠発見》により罠がないことを確認する。うん、反応はない。
再び魔法陣の中心に立ち、迷宮の入り口へと意識を集中させる。
だが、さっきのような光が発生することはなく、何の反応もない。
手をかざしてみても、足で軽く踏んでみても――結果は同じ。
転移したのは間違いないが、どうやら 一方通行 だったらしい。
つまり、10Fからしか発動しない仕組みか……?そんなことはないはずだが。
「いや、こんな時こそ実際の結果、ファクトベースで考えよう。今は魔法陣が動かないのが事実だ」
だとすると、どういうことだ?
入り口に向けて三人で移動して、何故か二人がいない。
もっと考えろ。
公務員時代、リスクの回避行動とリスクが起きた時の行動を何度も何度も考えただろう。
「今は非常事態だ。まずは、状況把握を冷静にしっかりとしよう」
ひとまず、迷宮入り口を後にし、まわりの状況を確認する。
そう決めて、迷宮の入り口を出た瞬間、違和感に気づいた。
――別世界だ。
さっきまでいた迷宮の入り口 とは明らかに景色が違う。
見渡せば、辺りは深い森。空を覆うほどの巨大な木々が生い茂り、朝日を遮っている。
「……なんだ、ここ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます