第64話 公務員、武具を購入する

 ボスを倒した奥の部屋に進むと、そこには10階のセフティーゾーンと呼ばれる空間が広がっていた。


「……ここが、ギルドで言っていた休息エリアか」


 部屋の中心には魔法陣が描かれている。


「これは……1階にもあった魔法陣ですよね?」


 セリーヌが不思議そうに眺める。


「ああ、たしかギルドの説明では、この魔法陣を使えば1階に戻れるって話だったな」


「ちょっと待ってください。嫌な感じがします」


 アルメリタが怪訝そうにあたりを見渡す。

 アルメリタは気配察知の他に直感のスキル持ちだ。何か感じとったのかもしれない。


「罠……ということはないのでしょうか?」


 セリーヌが慎重な声で言う。


「可能性はゼロじゃないな。ただ、万が一罠だったとしても、俺には《鑑定》と《罠解除》のスキルがある。ちょっと確認してみる」


 そう言いながら、魔法陣をじっくりと観察し、《鑑定》してみる。


――――――――――――――――

魔法陣:迷宮の階層間を移動できる。

――――――――――――――――


 ――特に「罠」のような異常な反応はない。


「うーん、特に何もないようだが」


「そうですか……すいません。嫌な予感や嬉しい予感は、結構当たり外れあるので、気にさせてしまいました」


「いやいや、そういう直感はすごく重要だから。いつもありがとう」


 アルメリタを安心させるように頭をなでる。セリーヌがじっとこちらを見てる。


 しまった、また子供扱いをしてしまった。手を引っ込めて、二人に話す。


「念の為、ギルドに何か魔法陣に変なところないかを聞いてみるのと、使い方も丁寧に確認してから使用しよう。申し訳ないけど二人とも歩いて帰るのでいいか?」


「全然大丈夫ですよ!」


「私も! まだ、体力十分のこっていますし、この籠手も使ってみたかったので」


 アルメリタとセリーヌが元気よく答える。


「よし、では戻ろうか」


 アルメリタとセリーヌに励まされながら、俺たちは来た道を戻っていく。


 迷宮を脱出し、ギルドへ向かう。

 まずは、魔石の換金だ。ボス魔石を含めて12個だったが、意外にも換金額は金貨1枚になった。


「おお、すばらしいな」


「10階のボスを倒してきたんですね! すごいです!」


 いつもの受付嬢リネアが驚いたように俺たちを見た。


「こんな短期間で……本当にすごいです。Cランクも近いですね!」


「はは……まあ、俺たちも結構頑張ったからな」


 セリーヌとアルメリタも、少し誇らしげに頷いている。


「ところで、10階のセフティーゾーンの魔法陣なんだけど……何かおかしいところは報告にあがってないか?ちょっとおかしな感じがしたのだが」


「うーん、ここ最近、10階を利用するパーティーからも特に声はあがってないですね」


「気にしすぎかな。使い方を詳しく聞いても良いか?」


「もちろんですよ。魔法陣の上で移動したいと念じると迷宮内で行けるところが出てきます。ただし、入り口の魔法陣しか知らないといけるところがなく発動しないので、初めて使用するのは10階から入り口へとなります」


「つまり、入り口に戻るように念じれば1階に戻れるということだな」


「そうです!」


「わかった。ありがとう。明日、もう一度試してみる」


 リネアにお礼をいい、ギルドを出る。



 ボス戦でお金も入ったことだし、道具の補充とセリーヌのために新しい剣と盾を探そう。

 まずは、道具の補充を済ませる。いつもの道具屋で特に新しい道具は出ていなかったが、火炎瓶は広範囲の攻撃手段になるので切り札になる。持ち運びに便利なポーチがあることも良いことだ。

 火炎瓶は道具屋にあるだけの12本と、ロープの補充、また何かあった時用に魔物避けの木炭の補充も行った。全部で金貨1枚となった。

 続いて、セリーヌの武具の購入だ。今までギルドから借りていた初心者向けの装備も、そろそろ返却しなければならない。


「ちゃんと自分に合うものを見つけような」


「はい! 私、今度こそ自分の武器を持つんですね……!」


「ああ、自分で戦って稼いだお金だ。遠慮はしないでくれ。ただ、予算はだいたい合わせて金貨4枚が目安で」


 セリーヌの目が輝いている。初めての自分の武器と盾、そりゃあ嬉しいに決まってるよな。

 初心者向けの装備を探すなら、まずは武器屋だろう。ギルド近くにある店に足を運ぶと、店内にはずらりと剣が並べられていた。


「お、いらっしゃい。何か探してるのか?」


 店主は鍛冶職人らしいガッチリした体格の男だ。


「初心者向けの剣を探してるんです。片手剣で、扱いやすいものを」


「ほう、ならこっちだな」


 店主が案内してくれたのは、初心者向けの片手剣が並んだ棚。


「この辺りは、扱いやすくてクセが少ない。耐久性もそこそこあるが、高級品ほどじゃねえ。でも、最初の一本としては十分だ」


「なるほど……」


 セリーヌは真剣な眼差しで剣を一本ずつ手に取る。


「これとかどうだ?」


 俺が手に取ったのは、刃渡り80センチほどの片手剣。軽くて扱いやすそうに見える。


「ちょっと軽すぎるかもしれません。振り回しやすいのはいいですけど、当たったときの威力が足りないかも……」


 なるほど、ただ軽いだけじゃダメなのか。


「なら、こっちのはどうだ?」


 店主が別の剣を取り出す。先ほどのよりも少し重みがあり、刃の厚みも適度にある。


「……これ、しっくりきます!」


 セリーヌが目を輝かせる。試しに軽く振ってみると、手首の動きにもよくなじんでいるようだった。


「いいね。これなら大丈夫そうだな」


「お嬢さん、見る目があるな。その剣なら金貨2枚半だ」


「ちょっと予算オーバーだけど……まあ、盾とのバランスを見て考えようか」


 剣が決まったら、次は盾だ。防具屋に移動し、初心者向けの盾が置かれた棚を探す。


「盾も初心者向けで、そこそこの防御力があるものを探してるんですが……」


「ほう、盾役向きの装備をお探しってことだな」


 防具屋の店主がにやりと笑う。


「初心者用なら、これが基本だな」


 店主が取り出したのは、鉄製の丸盾。見た目は頑丈そうだが、ちょっと重い。


「持ってみてもいいですか?」


 セリーヌが慎重に盾を手に取る。


「……結構重いですね。今の私だと、長時間の戦闘がキツいかも」


「うーん、じゃあこっちは?」


 次に見せてもらったのは、木製の盾に金属の補強が施されたもの。さっきの鉄製ほどの防御力はないが、軽くて扱いやすそうだ。


「……これ、しっくりきます!」


 セリーヌが腕に固定し、構えてみる。軽さと防御力のバランスがちょうどいいようだ。


「いいね。それでいくらです?」


「金貨2枚だな」


 剣と合わせて金貨4枚半。ちょっと予算オーバーだが、セリーヌが納得する装備を見つけられたなら悪くない買い物だ。


「よし、これにしよう」


「まいどあり!」


 金貨4枚と銀貨5枚を支払い、セリーヌの装備がついに決まった。



 防具屋を出ると、セリーヌは買ったばかりの剣と盾をじっと見つめていた。手の中にしっくりと馴染む感触を確かめるように、そっと剣の柄を握る。


「本当に、自分の武器と盾なんですね……!」


 その言葉には、これまでの苦難を乗り越え、自分の力で新たな一歩を踏み出した実感がこもっているようだった。


「おめでとう、セリーヌ」


 アルメリタがにっこりと微笑む。


「すごく似合ってます。その剣と盾……うん、セリーヌさんにぴったりです!」


「ありがとう、アルちゃん!」


 セリーヌは顔を赤らめながら、嬉しそうに盾を構えてみせる。


「そんなに似合ってる?」


「はい、とても!」


 アルメリタが頷くと、セリーヌは恥ずかしそうに笑った。


「アルちゃんも、最初に剣を買ってもらったとき、こんな気持ちだった?」


「うーん……」


 アルメリタは少し考え込む。


「最初に剣を持ったときは、嬉しかったです。でも、それ以上に“強くならなきゃ”って気持ちが大きかったかもしれません」


 その言葉には、彼女のこれまでの過去がにじんでいた。白狼族として、戦うことを宿命づけられ、それでも囚われの身となり、力を奪われた時間。

 そして、今こうして自由を取り戻し、自分の意志で戦う力を得たこと。


「だから、今はセリーヌさんと一緒に戦えるのが、すごく嬉しいです」


「私も! 私たちで、和人様を支えましょうね!」


 セリーヌとアルメリタが、お互いに力強く頷き合う。

 俺はそんな二人を見て、自然と笑みがこぼれた。


「いや、俺を支えるとかじゃなくて、アルメリタとセリーヌがちゃんと安全に戦えるための装備だからな」


「はい、もちろんです。でも、私はカズトさんを守ります!」


 アルメリタが真剣な表情で宣言する。


「私も! これからは、この盾でしっかり前線を守ります!」


 セリーヌも力強く言う。

 ――本当に頼もしい仲間を持ったものだ。次の迷宮探索が、ますます楽しみになってきた。

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