第58話 公務員、攻撃手段を考える

 俺たちは順調に迷宮を進んでいた。

 ……というか、想像以上にあっという間に5階層まで到達してしまった。また、帰り道もマップを見ればすぐにわかるので、サクサクと進められた。


「……敵、少ないですね」


 セリーヌが周囲を警戒しながら呟く。

 確かに、俺たちが潜ってから、戦った魔物の数は驚くほど少ない。


「意識して探してないってのもあるけど、戦闘時間もほぼゼロに等しいな」


 ゴブリンやコボルトが現れても、セリーヌとアルメリタの動きがスムーズすぎて、一瞬で片付く。

 セリーヌの剣さばきは見事なもので、シンプルながらも無駄がない。アルメリタの気配察知も相まって、ほぼ一方的な戦いが続いている。


「さすが、二人ともすごいな……」


「ふふっ、私はまだまだです。セリーヌさんも見事でしたよ」


 アルメリタが微笑みながらセリーヌを見ると、彼女も照れくさそうに微笑んだ。


「いえ、戦闘経験が多いわけではないので……ですが、このペースなら、すぐにもっと強くなれそうです」


 俺はそんな二人の成長を見届けながらも、自分のことを考える。

 ――問題は、俺の戦闘能力のなさだ。

 今のところ、俺の魔法は火魔法D(1)、水魔法D(1)、土魔法D、風魔法Dと、バランスよく揃っている。

 しかし、それぞれの魔法が付与系の属性攻撃と防御(エンチャント&ウォール)である以上、敵が強くならなければ実戦での使用機会がない。


「もうちょっと、俺自身の攻撃手段も増やしたいな……」


 ふと考えながら、俺はバッグに手を伸ばす。


「カズトさん?」


「ちょっと試してみたいことがある。少し協力してくれ」


 俺は地面に転がっている適当な石を拾い上げると、バッグに収納した。


「何をするんですか?」


「俺のスキル《アイテム投げ》の使いどころを試したい」


 実際に戦闘で使えるかどうか、今のうちに確かめておくべきだろう。手元のスキルを活かせる戦闘スタイルを見つけることが、俺が戦力になるための第一歩だ。


 コボルトの気配をアルメリタが察知した。


「カズトさん、右側の通路からコボルトが一匹……こちらに向かってきています」


「よし、試すなら今だな」


 俺はバッグからさっき拾った石を取り出し、《アイテム投げ》のスキルを発動。

 投げる方向を定め、全力でコボルトの頭部目掛けて石を投げつけた。

 ヒュッ――!!

 ゴッ!!


「ギャウッ?!」


 コボルトの額に石が命中し、軽くよろめく。

 ――お? これ、意外と使えるんじゃないか?


「カズトさん、やりますね!」


「今のは……狙った場所に正確に当てていましたね」


 アルメリタとセリーヌが感心したように俺を見る。


「まあ、ただの石だからそこまでダメージは入らないけど……少なくとも動きを鈍らせることはできそうだな」


 さらにもう一発、バッグから石を取り出し、再度コボルトに投げる。

 今度は膝を狙ってみると、見事に命中。コボルトの体勢が崩れ、次の瞬間――

 セリーヌが鋭い一閃を放ち、コボルトを仕留めた。


「今の、結構良い連携だったな」


「はい! カズトさんの石投げでコボルトが動きづらくなりました!」


「うん……確かに、戦闘の流れを作るという意味では、かなり有効な戦術かもしれません」


 セリーヌも納得したように頷く。

 ――つまり、俺は《アイテム投げ》を使って、戦場をコントロールする役割が持てるかもしれない。

 石以外にも、もっと効果的なものを投げれば、さらに幅が広がるはずだ。

 例えば、爆発系の魔法をエンチャントした投擲武器を作るとか……?金に余裕があるなら、以前にも試した火炎瓶とかもありだ。


「ん?まてよ……」


 ――シンプルに属性魔法を付与した石を投げたらどうなる?

 俺は手に持った石を見つめる。


「……よし、次はこれを試そう」


「カズトさん、また何か考えているんですか?」


 アルメリタが小首を傾げながら尋ねる。


「ああ、さっきのアイテム投げに、魔法を組み合わせる。石に《エンチャント・火》を付与して、それを投げてみる」


「なるほど……! それは確かに、威力が上がりそうですね」


 セリーヌが目を輝かせる。

 試してみる価値は十分にある。もしこれが上手くいけば、俺の攻撃手段が飛躍的に増えるはずだ。


「比較のために、コボルトでまた試してみよう」


 魔物と出会わず順調に進む。適当に落ちている石を拾いながら進むので若干腰が痛い。


「カズトさん、私が拾いましょうか?」


「いや、私が拾いますよ。アルちゃんは警戒しながら進んでいるので」


「いやいや、セリーヌもアルメリタも魔物に集中してくれ!むしろ、いい運動になるくらいだ。でも、気にかけてくれて、ありがとう」


「疲れたら、いつでも言ってくださいね」


 とセリーヌが言ったその時、アルメリタの耳がピクリと動いた。


「カズトさん、左側の通路にコボルトが一体……こっちに来ます!」


「よし、じゃあ試してみるか」


 俺はバッグから石を取り出し、手のひらに乗せる。

 そして、集中しながら火魔法を発動。


「《エンチャント・火》」


 すると、俺の手の上で石がぼんやりと赤い光を帯びた。

 ――うまくいった!

 この状態の石を投げたら、どうなるのか。


「いくぞ!」


 コボルトがこちらに気づき、低い唸り声を上げながら駆け寄ってくる。

 俺は狙いを定め、ほどよく力を込めて、石を投げつけた。

 ヒュッ――!!

 次の瞬間、

 ボンッ!!!

 石がコボルトの肩口に当たった瞬間、若干の赤い光を発したようにみえる。



「ギャウッ!?」


 コボルトの身体が大きくよろめき、勢い余って壁に叩きつけられる。


「すごい!」


 セリーヌが驚いたように息を飲む。


「これは……思ってたよりも威力があるな……!」


 俺自身も驚いた。

 ただの石が、魔法を付与しただけでここまでの威力になるとは。


「カズトさん! いまの、すごくいい感じでしたよ!」


 アルメリタが目を輝かせながら言う。


「確かに、普通の石の時よりも、コボルトの動きが鈍くなってました」


 セリーヌも分析しながら頷く。


「そうだな。火の属性攻撃でコボルトの体勢を崩せた。これは使える……!」


 単なる石でも効果があったのだから、もっと重い物や、形状を工夫したものを使えば、さらに戦術の幅が広がるかもしれない。また、火だけでなく4属性全てを使えるのも強みだろう。


「試してみる価値が大いにありそうですね、和人様」


「うん! カズトさんがいると、戦闘の幅がどんどん広がっていく感じがして楽しいです!」


「お、おう……」


 二人の評価が高すぎて、ちょっと照れる。

 ――よし、この戦術、もう少し研究してみるか。

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