第4話 お店期待の超大型巨乳型新人セシル

 突然、話に割り込まれたのに、その酔客は怒りだしたりはしなかった。

 セシルの容姿を見て、特に胸のあたりを見て、納得したように頷く。


「なるほど? お店の新人さんか?」

「おいっ! 聖女……うちの娘に色目使ってんじゃねえ!」

「待って、パパ。……えへ。入店したばかりなんでなにも知らない新人ですけどよろしくお願いしまーす」


 セシルは両手の人差し指を伸ばし頬にピトっとして、スマイル。

 小首も傾げてクッソあざとかわいいスタイル。

 こんな仕草をどこで覚えたのか。

 そんなセシルを、酔客は「ほほお?」とばかりに見つめる。特に一点に集中して。


「……新人ちゃん、いいもの持ってんねえ。メンロみたいにでっか……」

「ええーそうなんですよー、巨乳ですいませーん」


 調子を合わせるセシルにパンチが頭を抱えた。


「セシル……おまえ……」

「しーっ! ……パパは黙ってて!」


 セシルは小声でパンチを制し、酔客に向き直った。


「それでお客さん、僕、ドラゴンの話が大好きでー。ドラゴン話ができる人もだーい好き! ドラゴンのこと、語り合いたいなー?」

「へえー。新人ちゃん、変わった趣味してるね」


 酔客は目を瞬いた。

 と、その席についていたお店のお姉さんも話を合わせてくれる。


「そうなのよー。セシルちゃん、ドラゴンの話を聞くのが大好きなのよねー。お客さん、さっきの話、セシルちゃんにも聞かせてあげたら?」


 お姉さんにも勧められて、酔客は口が滑らかになったようだ。


「まあ、そうだな。といっても、そんなに面白い話でもないぜ? ええと、ここ最近、聖都でドラゴンが出るって噂聞いたことあるか?」

「えー!? それ本当なの? 見たい見たーい!」

「いや、近付かない方がいいって。そのドラゴン、火を吹いて家を焼いてるって話だからな。ほら、下町の方で火事が頻発してるだろ? あれ、ドラゴンの仕業らしいぜ。もう犠牲者も結構出てる」

「……へえ。そんな悪いドラゴンなんだ……」

「そうそう。だから、野次馬気分でドラゴンなんかを見に行こうとしようもんなら、火を吹かれて丸焦げになりかねない」

「こわーい。そんなドラゴンが暴れてたらどうすればいいの?」


 セシルの怯えた演技に、酔客はぐいっと酒杯を煽った。

 そして、空になった酒杯をドン!


「……そこで俺達、冒険者の出番ってわけだ!」

「えー? もしかしてお客さんが退治してくれるの? カッコいー!」

「うへへ、そうだろそうだろ? ドラゴン退治、かっこいいよなあ! 冒険者としてある意味階段上ったっていうかステータスっていうか……箔がつくよな!」

「じゃあ、もうお客さんがドラゴンを倒してくれたから、聖都は安全になったわけだね?」


 セシルの問いで、酔客は急に不機嫌になる。


「それがよお……嫌な時代だよ。……もうドラゴン退治はこりごりだ……!」

「え? お客さん、どうした? そんなに荒れちゃって。僕、話聞くよ?」

「……俺はもう、二度とドラゴン退治なんか引き受けないぞ!」

「……そんなに強いドラゴンだったの?」

「いや、正直俺も見てないんだよ、そのドラゴン。まあ、クマくらいの大きさのドラゴンらしいんだけどさ。それくらいなら、俺達でもなんとか倒せそうだしってんで、冒険者ギルドでドラゴン討伐依頼を受けたわけだ」

「えらーい。たすかるー。これで火事で困ってる下町の人達も助かるね」

「普通そうだよなあ? そう思うよなあ? なのに、イカれた連中がクレームつけてきてさあ。やってられねえよ、まったく……」


 酔客はブーブー愚痴を垂れ始める。

 セシルは眉を顰めた。


「クレーム? それってどんな?」

「戯言だよ! ドラゴンを退治するなんてかわいそう! と、きやがった」


 酔客は酔いの回った眼でセシルを見つめてくる。特に一点を。


「ドラゴンを殺すな! 生け捕りにして山に返してあげればいいだろ! って……そんなアホみたいな反対運動してる奴等がドラゴン退治を引き受けたパーティに嫌がらせしてくるんだよ! そんなのってあるか!? うちの母ちゃんは関係ねーだろ、くそっ!」

「え。家族にまで脅迫とかしてくるの? ……それはやり過ぎだよね……」

「そーなんだよー! ひでえ話だろ? 仲間もこんなんじゃやってられないって、抜けていくし……。もう散々だ!」

「おーよちよち。辛かったねえ?」

「辛かったよー。セシルちゃん、慰めて?」

「はいはい。頑張ってるのに、意地悪な人達がいて嫌だったね? いいんだよ? 僕の胸で泣いても。この大きな胸でいっぱい泣いていいんだよ?」

「やったぜ! ママー! ……え? ……あれ?」


 セシルの胸に飛び込んだ酔客、真顔になる。


「……ん? ……どうかした?」


 ゴゴゴゴゴゴ……。

 セシルは慈愛に満ちた笑顔を浮かべている。貼り付いたような笑顔を。

 酔客は凍り付いたように動かない。

 いや、動けないのか。


「……おかしい。何か変だ……俺の頭が当たっている、この胸……胸……? 胸にしてはあまりに巨大で……あまりに硬い……!」


 酔客はぶつぶつと独り言を呟き始めた。


「……これは胸じゃあない……! 巨乳なんてものじゃあ断じてないっ! なにか、なにか別のなにかに置き換わっている……! やばい! なんだか知らないがこいつはヤバい状況……! 俺は今、既になんらかの攻撃を受けている……!?」

「……余計なことに気づく前に酔い潰れておくべきだったね」


 ゴゴゴゴゴゴ……。

 セシルは威厳に満ちた表情になり、一言。


「断罪」

「ぐわー!」


 断末魔がおさわりタッチミー亭に響いた。


「……うちの娘にセクハラすんじゃねえ!」


 そうして、パンチがその酔客を店から叩き出した。

 酔客はパンチの一撃で完全に伸びている。かわいそうだった。

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