第3話 新章突入 聖女危機一髪! 生類憐みの凶悪ドラゴン禁猟命令

 聖都オエド。

 そこは聖教会を中心に栄える神聖都市。

 オエドの人々は聖女の慈悲と加護の元、今日も日々を幸せに暮らしている。

 だが、その夜、そんな聖都の平和を脅かすものが現れた。


  ◆


 カンカンカン……カンカンカン……


 半鐘が鳴らされ、夜空が赤く燃えている。

 焦げ臭いにおいが辺りに充満し、夜警の老人は咳き込んだ。

 火の熱気は夜警の肌を焼かんばかり。

 聖都オエドの下町ディープリヴァータウン。

 そこでの火事はありふれたもの。とはいえ、


「いったいこりゃどうなってるんじゃ!? やけに火の回りが早い……」


 夜警は顔をしかめながら呟いた。


「こりゃ誰かが火を付けおったか? とにかく火消しを急いでもらわにゃ……」


 その時、ディープリヴァータウンのごみごみした街路の端で動くものがあった。

 ん? と目を凝らす夜警。

 そして、腰を抜かした。


「ひぇ!? なんじゃこの化け物!?」


 夜警の目の前を、黒々とした体の生き物が横切っていく。

 4本脚でのしのしと歩くその姿は巨大なトカゲのよう。

 だが、その背中には蝙蝠のような羽根が生えている。


「こ、こりゃあ、まさか地下水道から迷い出た人食いかなにかか……?」


 体長は2メールト程だろうか。

 丁度、人を食い殺しそうなくらいの大きさをしている。


「し、しかし、なんでこんな街中に化け物なんぞが……」


 羽根の生えた爬虫類のような怪物は夜警に気づかなかったのか、そのまま脇道の奥に入って行ってしまった。

 命拾いをした……と、胸を撫で下ろす夜警。


「うわああ!? ドラゴンだあ!?」


 その脇道の奥から悲鳴が聞こえてくる。

 自分と同じように、誰かがあの化け物を見て腰を抜かしたらしい……と、夜警は尻もちをついたまま考えた。

 そして、こうも思う。

 おっそろしい目に遭ったもんだ。ドラゴンなんぞもう二度とごめんさね、と。

 だが、夜警の願いは叶わなかった。


  ◆


 人は信仰のみで生きるにあらず。

 聖都といえど、それは変わらない。

 オエドにだって、いくつもの歓楽街がある。

 そんな歓楽街の1つ、ハッピャクヤッチョ・ストリートに賑やかな酒場があった。

 その名も『おさわりタッチミー』亭。

 ちょっとエッチなサービスもあるとかないとか。

 そんなお店の扉を、小柄な少女が押し開けた。

 店のお姉さんたちが早速それに気づく。


「あーら、いらっしゃい、セレスちゃん!」

「セレたん、ごぶさた~」

「あ、どーもー。お世話になってまーす」


 勝手知ったる様子で店の奥へと進む少女、セレス。

 華奢な体に目を見張る巨乳を持つ美少女冒険者だ。

 街の人々から便利屋として親しまれている。

 と、店のお姉さんが首を傾げた。


「あら? でも今日、お店のネズミ退治でも頼んでたかしら?」

「いや、今日はちょっと……パパを迎えに」

「ああ、そういうこと」


 お姉さん、肩を竦めて、


「パンチおじさんなら奥でビーンちゃんと飲んでるわよ」

「セレたんも飲んでいきなよ~、セレたんだったらサービスしちゃう~」

「うっわ、えっ……あ、あの、僕、今日のところは失礼いたします……」


 セレスはこのような酒場では似つかわしくない丁寧な言葉で誘いを断り、店の奥へと進む。

 そこには大勢の酔客がいた。

 皆、思い思いに飲んだり食べたりしている。大抵のスペースにはお店の女の子がついて接客しているようだ。

 セレスはそんな飲食スペースをチラ見しては、確認していく。

 そして、何やら聞き覚えのある声を聞きとった。


「……むほほ! それにしてもビーンちゃん、今日もかわいいねぇ」

「え~、そうですか~? ありがとうございますう~」

「かわいいからもう一杯飲んじゃお! おかわり追加ね!」

「は~い。ご一緒にフルーツはいかがですか~?」

「フルーツ? たっか!? なにこれ!?」

「フグサシの実っていってすっごく美味しいらしいですよ~」

「フグサシってなんか毒じゃ……」

「あ~ん、ビーンも食べてみたいな~」

「おっけぃ! それも頼も頼も! いいよいいよお、好きなだけ食べなあ?」

「いいんですか~? ありがとうございま~す。は~い、オーダー入りま~す」


 セレスはその騒がしい声のする方に近付いていった。


「むほほむほ。ビーンちゃんも飲みなよ」

「わあ~、ありがとうございます~。じゃあミネラルワーラーで~」

「……それ、水だね?」

「は~い、かんぱ~い」

「むほほ、かんぱーい!」

「わあ~いい飲みっぷりですね~。お酒強い人って憧れちゃう~」

「むほほほほほっ! あ、そぉお? パパ、いっくらでも飲めちゃうんだよねえ!」

「あ、ちょっと他の席に呼ばれちゃいました~。ゆっくりしていってくださいね~」

「しちゃうしちゃう! パパ、いっくらでもゆっくりしちゃうよお!」

「……パパ?」


 セシルは低い声でその騒がしい声の持ち主に呼びかける。


「おわぁっ!? セシルぅ!?」


 呼びかけられた男は席から飛び上がった。


「お、おまえ、いつからここに……」

「むほほの辺りから」

「むほほむほほいっぱい言ってるからいつからなのかよくわかんないけど、パパの大人の会話を盗み聞きするとか酷いじゃないか」


 そういうのはがっちりした体つきの中年男。いかにもタフガイといった感じだ。

 そのいかつい顔つきの男が、セシルを前に情けなく弁解する。


「大事な仕事の場に、子供が来るんじゃありません! ここは遊び場じゃないんだぞ?」

「どう考えても大人の遊び場だろうが!」


 セシルは声を大きくした。


「なにやってんの、パパ!? いつまで経っても帰ってこないから……ママにバレたらどうするつもり!?」

「ま、まあ、待て、い、いや、お待ちください」


 と、男は態度を改め、声を潜める。

 神妙な顔つきで、


「……聖女様、このようないかがわしい場所にお越しいただいては困ります。高貴なる御身をお預かりした私共が法皇様に叱られてしまいます。どうかご自重を……」

「……あなたがこのお店に出入りするからではないですか」


 セシルも声を潜めて言い返す。


「……私はあなたの娘ということになっているのですから、その役を演じなければなりません。……どこかに遊びに出かけた父親を、娘の私が迎えに来ざるを得ないのです」

「ははっ、恐れ入りましてございます……いえ、あの、お気遣いなく、私めのことは気にせずに放っておいてくださればそれで……」

「……まったく、パンチ、あなたは何をやっているの? こんな場面を見たら年頃の娘だったらグレますよ……」


 パンチは咳払いをして、格好つけた。

 ひそひそ声もやめる。

 父親らしい威厳を見せようとしかめ面。


「なあ、セシル。パパだって辛いんだ。これも仕事なんだよ」

「……酒飲んでお姉ちゃんとキャッキャするののどこが仕事なんだよ!」

「こういう酒場で手に入る街の人々の本音。それこそがパパにとって大事な情報なんだよ。どこかの塔の上でふんぞり返っているだけでは決して聞き出せないんだからね」


 パンチの言葉の何が琴線に触れたのか。

 セシルは、はっとした様子で呟いた。


「街の人達の本音……」

「そうだぞお? 知ることはとっても大事なんだ。……というわけで知りたいんだが、ママ、怒ってなかったか?」

「……ママ、なんか勘付いてるよ。僕は何も言ってないけど、あれは完全に疑ってるね」

「おいぃ、やばいよ、パパどうすりゃいいんだ」

「浮気止めろ! それで終わりの話だろうが!」

「だからこれは浮気じゃなくて仕事なんだって」

「……それ、ママの前で言える?」

「ばっか、言えるわけないだろお!?」

「開き直んな!」

「と、とにかく、セシル。パパはちゃんと仕事としておさわりタッチミー亭に行ってたんだってママに説明してくれよ。頼むよお」


 泣きついた。

 セシルは疲れたように溜息を吐く。


「……仕事仕事って……じゃあ、パパはここでどんな成果を上げたっていうのさ?」

「おっ! いいこと聞いてくれた! セシル、ちょっとおもしろい話を耳にしたんだが」


 と、パンチはセシルを手招きして、近くの客席の裏に呼び寄せた。

 そして、シーっと人差し指を立て、


「……ここの席の客の愚痴、ちょっと聞いてみてくれ」

「他人の愚痴? 娘にそんなこと盗み聞きさせる父親いる?」


 言いながらも、セシルは耳を澄ませた。

 男女が会話しているようだ。


「……ドラゴンだよ!」

「ええー? ここ聖都で? うっそだー」

「知らねえの? 最近、火を吹いて夜な夜な聖都を襲ってくるって噂のドラゴン」

「酔っ払いの見間違いでしょー?」

「いや、冒険者ギルドだってドラゴンだと認めたから討伐の依頼を下ろしてきたわけでさ」

「で、倒したの?」

「それがひでえ話でさあ! 俺あもう二度とドラゴン退治なんか引き受けねえと誓ったね!」


 ドラゴン……?

 セシルは心の中でその言葉を繰り返す。

 ……聖都にドラゴンが戻ってきた!?

 そう思った時には、セシルの身体はもう動いていた。

 その席にグイッと身を乗り出して、


「ドラゴンだって? その話、詳しく聞かせてくれる?」

「え!? 誰!? こわっ!?」


 空気を読まずに隣に座り込んだ。

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