第29話 フローラの憂鬱Ⅱ



 わたくしのもとに冒険者ギルドから通達があった。

 アーロン・レクセルの捜索を正式に打ち切ると。


 この報告を受けたとき怒りは湧いてこなかった。

 むしろ合理的な判断だとも思った。

 ギルドは慈善事業ではない。

 わたくしたち商人と同じ、市場原理で動いている。


 ギルドの応接間からとぼとぼと歩いて出ると、なにやら揉めているような声が聞こえてきた。


「……条件は満たした。筆記試験も合格した。実務試験を受けさせてくれ」


 揉め事は受付の一角で起きているようだ。

 目を凝らして見てみると、受付にいるのはアーロン様のお父様だった。


「確かに条件は満たしていますね」

「……できるだけ早くがいい」

「レクセルさん、今お歳は?」

「……今年で59になる」

「これまで武芸の経験は?」

「……ない」

「兵士に志願したことは?」

「……ない」

「そうですか」


 受付嬢は経歴書を眺めながら言った。


「例えばですよ。八百屋さんを生業として生きてきた59歳が、あなたの工房で鍛冶師になりたいと言ってきたら雇いますか?」

「…………」


 お父様はむっつりと押し黙った。


「そういうことです、レクセルさん。ギルドの許可証を出すには、我々にも重い責任があるのです。実務試験に合格しても、おそらく許可証は発行されないでしょう」

「……それでも受けさせてくれ」


 受付嬢はゆっくりと首を横に振った。

 お父様は何か言いたげだったが、途中で言葉を呑み込んだ。

 ホールの注目を浴びながら、背中を丸めてギルドを出ていく。


 お店が閉店中だった理由をわたくしはこのとき知った。

 お父様は冒険者になるためにずっと勉強していたのだ。

 アーロン様を探し出すために。


 アントの巣は今現在立ち入り禁止中。

 中に入るにはギルドの許可が必要だ。

 許可がなければ、どうしようもない。


 わたくしの中でふつふつと怒りが芽生えてきた。

 自分に対する怒りだ。

 むっかー! となってきた。

 わたくしにもできることはたくさんあるはずだ。


「お嬢様、お父上がお元気になりました!」


 そんなとき、朗報が耳に入った。

 ついにお父様が……!!

 急いで部屋に向かうと、ベッドに腰かけるお父様の姿が目に入る。


 表情は穏やかで、本当にお元気に!


「お父様!!」

「ガハハハ! この通りすっかり元気だフローラ!」


 お父様が体を揺らして笑っている。

 よかった、いつもの豪快なお父様だ。


「体はもう傷まないのですか?」

「まったく痛くないぞ! ガハハハハ! 見ろ、腹から笑える!」

「お、お、お父様〜〜〜!!」


 わたくしは思わずお父様の胸に飛び込んだ。

 いろんな感情が混じり合って爆発しそうだ。

 お父様の手が、優しくわたくしの頭に乗せられる。


「フローラ、聞いたぞ。私のために薬の材料を取ってきてくれたとね。腕が絆創膏だらけじゃないか。こんなになってまで……ありがとう、フローラ」

「いいえ」


 わたくしはきっぱりと首を振る。

 決してこれはわたくし一人の力ではない。

 アーロン様のお力があってこその結果。


 わたくしは事の経緯をすべて話した。


「なんと、そんなことが……」


 お父様はまさに感無量といった感じで呆けていた。


「私だけでなく、娘をも助けてくださった方がいたとは。アーロン・レクセル。捜索を打ち切るなどとんでもない。命の恩人……いや、この街の英雄を見捨てるなど、エヴァレット家の名折れだ。我が財力を以て、必ず救い出す!」


 病み上がりにも関わらず、お父様の行動は早かった。

 まず、広告ギルドに仕事を発注した。


 アーロン様を命の恩人だと大々的に宣伝。

 新聞にも記事を書いてもらった。

 アーロンを救え、と。

 そして冒険者ギルドに個人依頼として史上最高額を積んだ。


『我が命の恩人を救え。達成報酬1億ユグ』


 そのインパクトから、さらに世間では話題に。

 もはやアーロン様の名を知らぬ者はこの街にはいないくらいになった。

 新聞を見ても、雑誌を見ても、アーロン様の記事が目に飛び込んでくる。


 英雄アーロン。


 その名は街を越え、山を越え、領土一帯に広まった。


 納税オバケのお父様の意向は政治にも作用する。

 領主様もアーロン様に興味を持ち、ぜひともお会いしたいということで、国の騎士団も捜索に加わってくれることになった。


 一国が一人のために動くなんて。

 でもこれが、現実だった。


 わたくしも吟遊詩人を雇って、毎日大広場で歌ってもらった。

 そこでアーロン様の特徴を広く知らしめることに成功した。

 歌を聞いた子供たちが家庭で話し、家庭から社会へ広がっていく。


 大きくて屈強な体。

 シャレた銀縁眼鏡。

 肩に乗る相棒のシマリス。


 アーロン様の顔見知りが、「本当に眼鏡をかけてたのか? あいつが?」と訝しげだったけど、わたくし見たもん。かけてたもん。強靭な筋肉と知的な眼鏡のギャップでドキドキしたんだもん。「シマリス? なんだそりゃ。あいつは森の精か何かか?」って言われても、肩に乗ってたもん。よく話しかけていたから、動物が好きな方なんだなってキュンときたもん。


 一方で、アーロン様のこともどんどん詳しくなっていった。


 街の住人からは「致命的なほど不器用」「無駄に怪力」「修理依頼を出したら壊れて返ってきた」「人が集まるから職人より販売のほうが向いてそう」と散々な言われようで、でもその話を聞いて特に違和感も抱かなかった。


 むしろ「ああ、アーロン様っぽいな」って思った。


 イジられながらも、なんだかんだ皆から愛されていたようだ。


 ただ、父と自分の命の恩人だと言うと、全員が全員「あいつならそうするだろうなぁ」と口を揃えていた。「英雄って柄じゃないが、アーロンなら間違いなくそうする。根っからのお人好しなんだ。不器用だから毎回自分だけ泥を被っていたがね、そんなところも変わっちゃいない」と。


 街の有志の手により『アーロン募金』なるものも設置された。

 捜索活動を支援するための募金らしい。


 わたくしもマッスル事業の予算を報酬金に回すことを発表した。

 ジムの新店舗を一つ見送って、その初期費用をまるまる移した。

 公私混同だという反発の声はわたくしの耳を通り抜けていった。


 これで依頼達成の報酬額は2億ユグ。


 領土中の冒険者たちが熱狂する。

 噂が噂を呼び、捜索活動は日に日に拡大していった。


 カクロコンの冒険者ギルドには毎日ひっきりなしに冒険者が集う。


 わたくしがイヴリンとともに訪れたとき、それはもう大層な賑わいだった。

 受付カウンターには行列が並び、我先にと依頼の登録を行う者であふれる。


 この一人一人が、アーロン様の捜索に力を貸してくれるのだ。

 もちろんこのほとんどがお金目当てだろうけど、それは別に問題ではない。


 この状況を作ったのは我々エヴァレット。


 どのような動機であろうと、大衆が動員されれば構わない。

 捜索活動は数が正義だ。

 手がかりがないのであれば、絨毯作戦を行うしかないのだ。


 すなわち、世界中を人の手でしらみ潰しに捜索する。


 街から街へ、大陸から大陸へ。


 必ずアーロン様を見つけ出し、ありがとうを伝えるのだ。



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