第28話 フローラの憂鬱
初めてミドルの殿方のことが
この「いい」というのは、ドキドキするほうの「いい」だ。
そうだったのに――
虹色の蟻に、アーロン様が消し飛ばされた。
それが五日前のこと。
アーロン様はあれからずっと行方が知れない。
生きているのかも死んでいるのかも……。
だけどわたくしは信じていた。
アーロン様は今もどこかで生きている。
きっと必死に生きて、今も救助を待っているのだと。
わたくしはあの日の恐怖を毎日思い出す。
『お嬢様、逃げましょう!』
『でも、アーロン様が……』
わたくしは目の前の光景が信じられなかった。
先ほどまで手を握っていたアーロン様の姿がどこにもない。
そこにあるのは、魔法陣の虹色の残光だけ。
『お嬢様!!』
辛坊たまらず、イヴリンがわたくしの腕を半ば強引に引っ張ってきた。
『アーロン様が!!』
わたくしはイヤイヤと首を振る。
だけどイヴリンに担がれて為す術がなかった。
必死に手を伸ばすれど、虹色の残光はどんどん遠ざかっていく。
わたくしの頭の中は真っ白だった。
ただ、顔が涙でぐちゃぐちゃだったのは覚えている。
蟻の巣の中も、逃げ帰る道中も、カクロコンに着いてからも。
カクロコンに到着するとすぐに冒険者ギルドへ報告に行った。
真っ先に受付へ向かったはいいものの……。
『アーロン様が……アーロン様が……』
口を開けば嗚咽ばかりが漏れてきて……。
状況を上手く伝えることができなかった。
代わりにイヴリンが全部説明してくれた。
命芽の森の洞穴で、虹色の蟻と遭遇したこと。
摩訶不思議な力で、行動を共にしたアーロン様が飛ばされたこと。
すぐさまアーロン様の救援に向かってほしいこと。
冒険者ギルドの行動は早かった。
即座に捜索隊が結成され、森の中へぞろぞろと踏み込んでいった。
しかし。
どれだけ探してもアーロン様は見つからなかった。
それどころか、虹色の蟻すら見つからなかった。
森の妖精に惑わされたのでは? と誰かが言い出した。
まるでわたくしたちが幻を見たような言い草だった。
でもわたくしはちゃんと覚えている。
アーロン様の皮の厚くなった職人の手の感触。
大きく包みこんでくれるような気遣いの言葉。
そして何より、わたくしたちだけでは決して成し遂げられなかったこと。
この成果は、ちゃんと現実的に証明できる証拠である。
誰が何と言おうとアーロン様は傍にいた。
それから……非常に心苦しいけれど……。
アーロン様のご家族にも事情を説明に行った。
金槌マークの看板が目印の建物。
『レクセル鍛冶店』
アーロン様の実家だ。
わたくしはどうしても扉をノックすることができず、二時間ほど扉の前で立ち尽くしてしまった。
イヴリンも何も言わずに付き添ってくれた。
わたくしには、ご家族と顔を合わせる勇気がなかった。
本来であれば、魔法陣で飛ばされていたのはわたくしのほうだったのだ。
それをアーロン様が身を挺して守ってくれた。
きっとそのことを告げれば、ご家族から恨みを買ってしまう。
激しい罵声を浴びるかもしれない。
怒りの矛先を向ける場所がないのだから、当然のこと。
ご家族だって、罵声を飛ばしたくない。
でも八つ当たりしたくなる気持ちも痛いほどわかる。
だからこそ、わたくしは足がすくんで動けなくなった。
未熟なわたくしには、人の剥き出しの感情を受け止める強さが、まだない。
まだ18歳だから……というのは本当に言い訳ですね。
「……うちに何の恨みがあるんだ。店の前で二時間も立たれちゃ、商売上がったりだ」
あわあわした。
なんと向こうから扉を開けてきたのだ。
白髪の角刈り、その上からバンダナとゴーグル。
どことなくアーロン様の面影があった。
「ア、ア、アーロンしゃまが……!」
わたくしはまたもやわんわんと泣いてしまった。
本当に無様ですね。
「……うちの倅がどうした」
わたくしは工房の奥の応接間に案内された。
罵声を浴びる覚悟を決めて、洗いざらいすべての経緯をお話しした。
アーロン様のお父様は、目を閉じてじっと聞いている。
「……お嬢さん、怖かったな」
「ふぇ?」
「……あいつがやりそうなことだ。バカ正直で、他人のために動きすぎるところは昔から変わらねえ」
「わ、わたくしを責めないんですか?」
「……どうして責める。あいつが守りたかった、それだけの話だ」
ああ、アーロン様に似ている。
そのときふとそんなことを思った。
「……あいつのことだ、今もどこかでしぶとく生きてるだろう。不器用だが、体だけは頑丈に生まれた。お嬢さんも気にやむことはない」
そうだ。
そうに決まっている。
アーロン様は今もどこかで生きている。
ギルドの捜索は打ち切られることが決まりそうだけど、わたくしはずっとアーロン様を個人的に探そうと思う。
ただ、気がかりなのは――
この日以来、レクセル鍛冶店がずっと閉店中なこと。
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