鈴の音
ミリカラムス
第1話 始まりの音
単なる聞き間違いだったのかもしれない。
だけどあの時確かに鈴の音が聞こえた。
それは聞こえた場所からの距離感がつかめないのに、聞こえたという感覚だけがはっきりと耳に残ったから
しかしそこはいつもの光景、夕方の誰もいない学校の廊下だった。
「…だ、だよねっ」
高鳴る鼓動はやがて音を鳴らした存在を否定してくれる無機質な板張りと、独り言をつぶやいてもそれを拾ってくれる人間が他に存在しないことで徐々に速度を落としていく。そうやって安堵している彼女は少しずつだが今の状況に疑問が湧き出る。
そもそもどうして独りで誰もいない学校に残っているのだろう。
そして何故なのだろうか、教室に忘れ物をしたような気がして戻ろうとしているのに、ここから一刻も早く立ち去った方がいいと自分を急かす気持ちが二つ存在しているということに。
「なにその夢」
「自分でもわかんないよー」
翌日、そんな夢の話をクラスメイトである
「いつでもぼーっとしてるから、夢の中でも誰かに暇つぶしでからかわれたのじゃない?」
「そ、そんなことないよ、たぶん…」
「でもなんかおかしな夢よね」
「そうそう、そう思うよねっ」
そう言って千加は柚津にその先の言葉を聞きたいと勢いよく相槌を打っていた。そんな様子に柚津はいつものあれかと一つため息をこぼす。授業中寝ててノートを写してほしい時、宿題忘れて写したい時、なんか困ったり迷ったりして助けを求める時だけは一所懸命になる。そうなる前に何とかしてほしいのだがそれが彼女の癖なのだと、なんだかんだで高校までくっついてきた千加に今更否定する気も起きないのでいつも解説するための用意しているペンとノートを取り出した。
「話の流れから考えてみると、振り向いて誰もいなくて安心したってことだけどさ、音を鳴らした誰かが教室にいるって可能性もあるよね。実際忘れ物思い出したけど帰った方がいいって本能的な直観の警告があったというのもそういうことだと思うよ」
「おおー」
千加の反応に何も考えずただ怖い夢を見た程度の感想しかなかったのだろうなと、今度は心の中でため息をこぼす。
「で、その廊下ってこの教室の外の廊下?」
「うーん、ちょっと違ったかなー」
「そうなの?教室に戻ろうとしてたのに?」
「そうなんだよねー、と言ってももう曖昧にしか覚えてないから何とも言えないけどさ、でも今日の朝教室はいる前に通った廊下じゃないってことだけは確かめたよー」
「ふーん、じゃあ今日の昼休み夢で見た廊下でも探してみる?」
「やったー、なんか知らないけどゆづちゃんノリノリ~」
「いや…まあ夢だから辻褄が合う必要なんてないけどなんとなく探せば見るかなと思っただけよ」
「それじゃ放課後よろしくねー」
「さっき昼休みって言ったけど?」
「わたし食べるの遅いからー」
「あー…そうだったね」
どんな時でもマイペースな千加だったが、それでもなんだかんだで彼女に合わせてしまう柚津であった。
そんな約束をしてから、いつも通りの授業を終えて二人は放課後を迎えていた。
「ゆづちゃん、お待たせー」
「同じクラスだからほとんど待ってないわ」
そう言って二人は鞄を背負って教室を出ていく。
「それじゃどこからいこっか?」
「とりあえず一番遠いところ、職員室の廊下から行ってみましょ」
「おー」
放課後の校舎は部活動を始める生徒たちが残り、それ以外は帰宅していく。そんな中どちらにも当てはまらない二人は、早速職員室へと続く廊下へと向かっていく。
「ここじゃないですなー」
こうして廊下を往復しながら確認してみるも、千加は首を横に振っていた。
「まあ教室に戻りたいって思ってたからさすがにここじゃ遠いもんね」
「それじゃ来なくてもよかったのにー」
「念のためよ、それじゃ次行きましょ」
そうやって二人は次々と校舎内の廊下を巡っていった。千加は景色を確認し、柚津は昼休みの間ノートに描いておいた校舎の見取り図に違った場所へバツ印を付けていく。
そうやってほとんどの廊下にバツ印が付いたのに、千加が夢見た場所は見当たらなかった。のんびりと歩いていたのか冬の日没が早いのかわからないが、校舎はすっかり紫どころか青と闇が混ざる色に変わる時間になっていた。生徒もまばらになる中、二人は下駄箱まで来て帰る準備をしようとしていた。
「結局見当たらなかったわね」
「おかしいですなー、確かに学校に居たはずなのにー」
「はいはい…それじゃ教室に戻ろっか」
「え?鞄持ってるのに何か忘れ物?」
「…あれ、そうじゃん」
千加の言葉に、柚津はどこか我に返ったような感覚に襲われていた。
「や、やだなぁゆづちゃん、脅かすつもりなの?」
「え、えっと……そう!チカの言ってたこと思い出してこんな感じだったのかなーってね!」
「あはは…」
そう言って笑う千加の声には恐怖が混じっていた、それは柚津の心の中も同じだった。そんな夢の再現しているような状況に、柚津は足早に靴に履き替えた。
「早く帰りましょ」
「そ、そうだねっ」
だからさっき鈴の音が聞こえたなんて、単なる聞き間違いに過ぎないと柚津は必死に思い込むのであった。
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