脳内を埋めるあいつ
和泉ロク
脳内を埋めるあいつ
手垢のついた言葉なんて私には響きやしないのだといつもそんなことを考えてしまう。どいつもこいつも口説くんならハッキリしやがれと脳内で毒づき、缶ビールを飲み干す。
話は昨日の合コンに戻る。あまり私はそういった場が得意ではないのだが、「どうしても一人足りなくて」という友人の頼みを断るのもなんだか罪悪感が強かった。気が進まない飲みの場、しかも合コンだなんて鬱陶しくて仕方なかったが、なんとか顔に出さないように踏ん張っていた自分に二重丸をつけたい。いや、花丸くらいは欲しいものだ。誰か私に花丸をくれ、いやもらったところでどうしようもないのだが。そうだ、それなりに頑張った日には自分に花丸をあげよう。そして花丸ポイントカードを作るのだ。えらいぞ私、十個貯まった暁には何か無料券でもほしい。何の無料券だ何の。
脳内はしょうもない言葉で埋め尽くされていく。ふと、懐かしい顔がよぎる。「キミは随分と面白いね」脳内で声がする。あいつの声。あいつの匂いがふわりとした気がした。
思い出した、あいつの癖、鳴らないくせに指を鳴らそうとする手癖。一度どうしてそんなことをするのか聞いたことがあった。「綺麗に鳴らないから悔しくて」はにかむのはズルいなあと思いながら、まっすぐあいつを見れなかった、私まで照れてるのがバレてしまいそうで。
しょうもない合コンでもう顔も名前も忘れたバカみたいなやつが脳内で言う。
「俺、結構キミタイプなんだよねぇ」きったねぇ笑顔でこっちを見てきたから、「私はアンタのことタイプじゃないから残念だね」と言ってやった。
「うわ、辛辣ぅ!!」喧しく騒ぎ立てる周囲に苛立ち、友人に「ごめん」と一言告げ、店を出てきてしまった。振り返ってみるとこれは流石にやり過ぎた。さっき自分にあげた花丸は没収だ、ボッシュート。残念、花丸ポイントカードは白紙に戻ってしまった。
脳内がまたしょうもない言葉で埋め尽くされたとき、あいつの顔を思い出してしまう。最後のあのとき、あいつはなんて言ってたっけ、どんな顔をしてたっけ。
ききたくなかったから、みたくなかったから。全部塞いでしまったんだった。ごめん、子供だったんだ私。今なら見れるのに、今なら聞けるのに。恨み言でも憎まれ口でも、でも、きっとあいつは「キミは面白いね」って言うんだ。バカな私に、優しく言うんだ。
逃がした魚は大きいとはよく言ったもので、思い出すのはあいつのことばかりだった。
飲み干した缶ビールの空き缶をぶん投げる。
「私のおおばかやろー!!!!!」
脳内を埋めるあいつ 和泉ロク @teshi_roku
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます