第2話 私の癖
チェキ会の会場として指定されたのは、共通講義棟一階にある広めの教室だった。机や椅子は撤去されていて、撮影しやすい状態になっている。
受付に、チェキ会の料金表があった。
女の子と一緒に写るツーショットチェキでも、女の子だけを写すソロチェキでも、一律一枚600円。
これが安いのかどうかは、私にはよく分からない。
アイドルとのチェキって考えると安い気はするけど、ただの女子大生って考えると高いような気もする。
とはいえ、躊躇うほどの額ではない。とりあえず、受付で一枚チェキ券を買った。
女の子別に列が形成されていて、撮影したい子の列に並ぶ、という仕組みらしい。長い列もあれば、短い列もある。仕方がないことかもしれないが、残酷だ。
顔が可愛い子の列が長い……とは限らないんだ。
本人の知り合いっぽい客も結構いるし、友達の多さとかも関係してるのかも。
先程はペンライトを振り回しているオタクばかりが目立っていたが、教室内を見回すといろんな客がいる。
おそらく友達であろう女子大生の子や、彼氏なんじゃないかと疑いたくなるような若い男。
あの子の列は……やっぱり、ちょっと長めだな。
ツインテールの子の列は、友達らしき女性客とオタクっぽいおじさんで構成されていた。
最後尾に並び、チェキ撮影の様子を観察する。どんな相手にも愛想よく対応している姿は、本物のアイドルのように見えた。
◆
「きてくれてありがとうございます! さっき、ステージ見てくださってましたよね!?」
私の番になると、ツインテールの子は笑顔でそう言った。
「……覚えてるの?」
「もちろんです! ステージからって、結構お客さん見えるんですよ。それにお姉さんみたいな美人、一目見たら忘れません!」
「ありがとう」
すごいな。こんなことまで言ってくれるんだ。
完全なお世辞……ではないはずだ。20年間生きてきて、自分の容姿レベルについてはそれなりに把握している。
とはいえ、アイドル顔の美少女に褒められるほどではないだろう。
近くで見ても、この子の顔は本当に整っている。ぱっちり二重の大きな瞳が印象的な甘い顔は、大学生にしてはやや幼い。
「チェキ、どうします? 一緒に写るか、私だけになるんですけど」
「あー、どうしよう……」
「せっかくなので、一緒に写りませんか? 私、お姉さんと撮りたいです」
「……じゃあ、それで」
撮影スタッフの案内に従って移動すると、あ! と彼女が声を出した。
「名前! 言い忘れててすいません。私、うさぎっていいます」
「……うさぎ?」
「はい。ツインテールがトレードマーク、甘えん坊で寂しがり屋なうさぎです!」
なるほど。本名は言わないんだ。
考えてみれば当然だ。ただでさえ大学は特定されているのだから、名前まで明かすのは危ないのだろう。
「お姉さんはお名前、なんですか?」
「……
ちょっとだけ迷ったけれど、私は本名を口にした。名乗るようなあだ名はないし、別にこの子に本名を知られたって不都合はないだろう。
「翡翠さん。お姉さんにぴったりな、綺麗な名前ですね!」
ふふ、と口元に手を当て、うさぎはあざとく笑った。
彼女に促され、二人でハートマークを作ってチェキを撮る。
チェキ自体撮るのは初めてだったが、悪くないな、と思った。最近はスマホで写真を撮っても、紙に印刷することなんてほとんどない。
だから、こうして物としてとっておけるのはいい思い出になる。
「イベントとかに出たりもしてるので、よかったらまた会いにきてくださいね、翡翠さん!」
笑顔でそう言ってくれたうさぎに手を振り、私は教室を後にした。
◆
家に帰った後、財布にしまっていたチェキを取り出す。
私は戸惑ったような顔をしているが、うさぎは完璧な笑顔だ。チェキには今日の日付と『翡翠さん、きてくれてありがとう♡』というメッセージを書いてくれた。
「……本物のアイドルみたいだったな」
呟いて、ふと、私は疑問を抱いた。
うさぎと、そして彼女が属していた二ツ橋大学アイドル同好会は、アイドルではない。本物のアイドルみたいではあったけれど、結局はただのサークルだろう。
本物みたいだけど、本物じゃない。
彼女はいったい、どんな気持ちでステージに立っていたのだろう。
「なんて、私には関係ないんだけど」
勝手にあれこれと他人のことを想像してしまう。そういう私の癖は、どうやらまだ治っていないみたいだ。
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