大人になれない私たちは、同じ屋根の下で違う夢を見る

八星 こはく

第1話 眩しい子

 年をとればほとんどの人は、子供の頃の夢なんて忘れてしまう。

 たいていの人間には才能なんてものはないし、忘れてしまった方が、楽に現実を生きられるから。


 そしてたぶんそれが、大人になるってこと。

 だけどみんながみんな、上手く大人になれるわけじゃない。


 私は彼女に出会って、大人になれない自分を受け入れることができた。

 彼女の眩しさが、心の底に沈めていたはずの夢をまた照らしてくれた。


 これは、臆病だった私が、彼女に出会って変わる物語。

 素直になれなかった彼女が、私に出会って変わる物語。


 私たちの、愛おしい日々の記録だ。





「……これ、買うんじゃなかったかも」


 文句を言ったって、買ったばかりのポテトは消えてくれない。塩味が薄すぎるポテトを、私は半ば強引に口の中へ突っ込んだ。

 腹が減っていたとはいえ、素人が屋台で販売している食べ物を買うべきではなかった。


 溜息を吐いて、改めて周囲を見回す。年に一度の文化祭というだけあって、学内は賑やかだ。普段は見ないようなチャラついた人たちは、きっと他校の学生だろう。


 私が通う二ツふたつばし大学は、日本でも五本の指に入る名門国立大学だ。だから普段は、比較的学内の治安がいい。

 それなのに今日は道のあちこちにポイ捨てされたごみがあるし、うるさいし、最悪だ。


 去年、私は文化祭にこなかった。今年はなんとなくきてみたけれど、既に後悔している。文化祭なんてものを楽しめるのは、サークル活動を満喫している陽キャだけだって、分かっていたはずなのに。


 もう帰ろう。これ以上ここにいたって、いいことなんてないし。

 そう思い、校門へ足を向けた、その瞬間。


「みなさーん! 盛り上がってますかー!?」


 マイク越しの大きな声が周囲に響き渡り、私は反射的に振り向いた。

 文化祭用に設置されたステージの上に、セーラー服風の衣装をまとった女の子たちが立っている。


 なにあれ。アイドル? サークル?


「私たち、二ツ橋大学、アイドル同好会でーす!」


 中央に立つリーダーらしき子がそう叫ぶと、ステージ前列にいる客がおおー! と野太い歓声を上げた。

 ペンライトを持って熱狂している客たちの様子は、まるで本当のライブみたいだ。


 熱気に吸い寄せられるみたいに、ゆっくりとステージに近づく。近くで見ると、衣装の作りや見た目の雰囲気で、なんとなく本物のアイドルじゃないことは分かった。

 けれど客の熱気は本物だ。メンバーカラーらしき色に灯したペンライトを振り回し、女の子の名前を口々に叫んでいる。


 注意深くステージ上の子たちを見ると、何人かには見覚えがあった。友達というわけではないけれど、中国語の授業で一緒だった気がする。


 やっぱり、普通の大学生だよね。

 なのにこんな、オタクみたいな客がくるんだ。


「私たちのステージ、楽しんでいってくださいね!」


 曲が流れ、女の子たちが踊り出す。どうやら歌は音源をそのまま流し、ダンスだけを披露するスタイルらしい。

 プロほど揃っているわけではなく、明らかに数名、ダンスが苦手なんだろうなと思う子もいる。


 でもみんな、楽しそうだ。


 スポットライトや衣装のおかげだろうか。それとも、ステージに立っているからだろうか。

 女の子たちはみんな、きらきらと輝いて見える。


「……あ」


 一人の女の子と目が合った。

 たぶん、気のせいじゃない。その子は明らかに私を見ていたし、ダンスをしながら、ばきゅん、と撃つようなポーズをしてくれたから。


 ツインテールがよく似合う、ダンスがキレキレの女の子。細身で色白で、遠目で見ても顔が可愛いことが分かる。

 どうしてだろう。あの子から目が離せない。


 他の子だってみんなきらきらと輝いて見える。だけどあの子だけは、そうじゃない。

 見えるんじゃなくて、輝いてる。

 ステージの上で、あの子だけが異様に眩しい。


 気づけば、彼女たちのステージは終わっていた。目が合ってからは、ツインテールの子以外を見ることなんてできなかった。


「皆さん、ありがとうございました! この後はチェキ撮影ができるので、よかったら、私たちとチェキを撮りにきてくださいね!」


 オタクたちが歓声を上げ、女の子たちが嬉しそうに笑う。

 訳が分からないまま、私もチェキ会の場所へ向かっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る