第37話 王子様
要塞を訪れてから早十日が経とうとしていた。メイド隊の活躍により錆兵の被害は激減し、要塞の工事はすこぶる順調に進んでゆく。一門、また一門と増える砲台を眺めながら彼女たちは日々錆兵討伐に勤しんだ。ロザリーはと言えば身の丈の倍ほどの錆兵も一人で倒してしまうまでに成長していた。空を飛ぶ錆兵や、地を這う大蛇のような錆兵など様々な個体を相手にしたが、その身に怪我を負うことはほぼ無かった。
強そうな相手からは即刻逃亡のヘタレ精神が上手く作用したらしい。
その戦いぶりに男性兵士たちからは驚きの声があがった。あの可愛いおっとりした子がこんなにも強いなんて、と話す声にロザリーはニヤニヤが止まらない。感謝の言葉と一緒にもらった大量のお菓子を食べ尽くしてしまい、ダイエットがまったく進まないことだけが悔やまれる。あとお風呂だ。せまい。その代わりと言ってはなんだが最近はリラに習いサウナにハマっている。八十度を越えるモワモワのサウナで数十分耐え凌ぎ、水風呂に浸かった時の「整う」快感は言葉ではとても形容できない。気付けば立派なサウナーになっていた。
「ふう……イイ感じですぅ~……」
貴重な木材の使われたサウナルームには全裸のロザリーのほかに、玄人のリラとフラフラのゾイドが居た。指先まで真っ赤っかになったゾイドは目を回す。
「ロゼ~……アタシはも~むり~だ~……」
「まだ五分しかたってないですよ~。そんなんじゃぜ~んぜん整いませんっ」
「先に出てるぜ~……」
千鳥足を踏みながらゾイドは出て行った。戸の向こう側から彼女の歓喜が聞こえる。
「まだまだですねぇゾイドさんっ。この先にもっと大きな快感が待ってるのにっ」
バスローブ姿のリラは「その通りよ」と足を組み替えた。
「これはワインと一緒なの。待てば待つほど成熟して、コルクを開けたあとには猛烈な風味が待っているのよ。私たちはまだ勝負の途中。もっとレイズして。降りては駄目よ――」
わけのわからないリラの例えをてきとうに受け流し、ぐっちょりと汗をかいた髪をかき上げる。垂れた汗がむっちりとした身体を妖艶に流れていくのを見ると、なんだか変な気になりそうだ。膨らんだ胸の先端を滴り、へそを伝ったところで汗を拭った。
「うう……ぜんぜん痩せてない……なぜなのだっ……」
「昨晩の札束みたいなビスケットは美味しかったかしら?」
このぷにぷにの中に入っているものをピタリ当てられた。食べなければ痩せると分かってはいるものの、その選択肢ははなから無かった。「食べたいものをお腹いっぱい食べる」のマスを越えてからロザリーの「どうしよう」は始まるのである。
パンプキンジャムがたっぷりはさまっていて最高に美味しかった。
汗の浮かんだ顔を手で覆う。
ふう、と息を吐いたリラは濡れた前髪の隙間から覗き込んできた。
「そんなにお腹を気にするなんてロザリーちゃん、気になる男の子でもいるの?」
不意の質問に頭が冷えた。彼女の言う気になる男の子とは多少ニュアンスが異なるものの、脳裏にはあの少年が浮かんでいる。
「……居ると言えばっ、です」
「あら本当。どんな王子様なのかしら?」
王子様――思い出してみればそんな見た目だったかもしれない。カール気味のブロンド髪は鮮やかで、月光のように白い肌はより碧眼を際立たせていた。仕草や表情に品格が滲み、輪郭がくっきりとした顔付きは誰が見ても美形と言うことだろう。
ただ、ロザリーは彼のことをほとんど知らない。
「……まだしっかりお話したことは無いんですけど、かっこよくて目がキラキラで、きれいなお花がとっても似合いそうな男の子です」
リラは感心したように小刻みに頷く。
「あら素敵。思春期の一目惚れ、ね。お休みにでも会いに行けばいいじゃない?」
「そうしたいんですけど、なかなか会えなくってっ。ホントは今すぐお話したいんですけど……」
俯いた桃髪をリラは撫でてくれた。
「大丈夫よ。またすぐ会える。乙女の恋路は影で応援するのが大人の努めよ。私や隊長はロザリーちゃんの味方だから。いつでも頼ってね」
これが恋の話ではないと知れば味方なんてしてくれるわけがない。
ロザリーは晴れない顔で大袈裟に頷いて見せた。
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