第36話 国境錆兵狩り作戦
「ほわぁ~~! 高いですね~!」
ガラスに額と両手を引っ付けたロザリーは声を上げた。眼下に見下ろすのはどこまでも続くスチームパンク。一つ一つの建物の形はすでに判別がつかず、巨大な銅の板が地表を覆っているように見える。
壮大な景色に目を奪われた。隣のゾイドも同じらしい。
「すっげぇなー! メチャクチャデカーい!」
「あっ! あれボイルタワーじゃないですか~!?」
「ホントだっ! マッチ棒みてー!」
子供のように騒ぐ二人にヴォルビリスは保護者の目を向ける。
「健気なものだ。見ていて面白いものなど無かろうに」
「そうかしら? 空から見る鉄の街も悪くないのよ? キラキラしていて」
ローズドリスが横に立つ。彼女はロザリーを心配した。
「ロザリーはそっちで上手くやれているの? あのメイド服を見るに、だいぶ悪影響を受けているようだけれど……」
開けた背中に腰回り、太もも。フラピーチで会った頃の影は無い。
「あの子の純真を弄んでいないでしょうね?」
「外側に反して中身は強固なのさ。すでに十分な戦力だ。貴様に返す気はない」
ローズドリスは活発に揺れる桃髪をしばらく見つめたあと、意味深に呟いた。
「あの子、これから向かう先の景色を見てどう思うかしら……」
「心配は無用。ロザリーはそこまで弱くはない。心も、そして身体も」
ヴォルビリスは二人の先に望む鋼鉄の地平線にその瞳を向けた。
鋼鉄と荒野の狭間には高さ数十メートルにもなる大鉄壁が走っていた。内側に広がった、都市部に引きを取らない大きさの要塞は多数の飛空艇と車両を有し、作業員たちを行ったり来たりさせている。
この要塞で働くのは男性たちだ。女性で構成されたメイド隊が街の治安維持を任されているのに対し、男性たちはメルボイルの兵士として外周部の建築に当たっている。彼らが作り上げたものは、街中では見たことも無いものだった。
それは砲台。巨大錆兵を撃ち抜いた列車砲をも凌ぐ巨大兵器だ。それらが何門もなにもない荒野に向けられている。
あっけに取られたメイドたちは口々に声を上げた。「あのデカいのはなに?」と。
ヴォルビリスが巨大錆兵の対策だなんだと本当かどうかわからないことを説いている中、ロザリーだけがごくりと唾を飲みこんでいた。
「国境の武装化……戦争の道具……あれが――」
晴天の下に広がる荒野。その遥か先にじっと目を向ける。
要塞を統括する司令官の男から説明を受けた。
最近になって急増した錆兵の被害により建築作業に遅れがでているらしい。金属を喰うという錆兵の特性上、即時撃退が望ましいのだが戦闘に不慣れな男性兵士たちでは荷が重く対処が間に合っていない、と。
通達通り、メイド隊の任務は近隣に出没した錆兵の排除だ。それらを一掃することで要塞の浸食を防ぐ。外から訪れる錆兵から鉄壁を守るため外の荒野に出る必要があるそうだ。
「変な話だよなー。壁を守るなんて。じゃーあのデカい壁はなに用なんだってのー」
小型飛空艇を運転するゾイドは疑問を呈した。彼女の腰に手を回したロザリーは、右側に聳え立つ大鉄壁を見上げる。
ゾイドの言うことは核心を付いていた。錆兵は鉄を喰う。それらの前に巨大な鉄の壁など、餌を置いているようなものだ。そしてメイドたちは錆兵と戦うことを戦争とは呼ばない。
なにを迎え撃つつもりなんだろう――。
「っし。付いたぞロゼー。お前の管轄はこの辺りだ」
ひょいと飛空艇から降りると、ゾイドは親指を立てた。
「時間になったら拾いに来るからなー。もしヤバくなったら信号弾でソッコー知らせろよー」
「は~い。すぐ助けに来て下さいね~」
遠ざかってゆくゾイドに手を振る。荒野にポツンと残されたロザリーは少しの淋しさを感じながらも双剣を引き抜いた。巨大錆兵との戦闘以降、錆兵の相手はそこまで怖くなくなっていた。特殊なものを除いて強力な個体は少ないし、この双剣を使えばすぐに切り裂ける。ゾイドが言うには手先の器用さが役立っているらしい。
錆兵は人に対して好戦的であるものの、その行動概念に肝心な力量が足りていないと感じる。人の敵ではなく建物の敵と言ったほうが正しいかもしれない。
「さっそく来ましたね~っ」
荒野を覆う砂がもぞもぞと蠢いている。蜘蛛に似た形の錆兵が這い出した。
足は小速いが身体は小さく、ハウンドのような鋭い爪も持っていない。
「ダイエットにはちょうどいいですっ! ロザリーやったりますっ!」
「痩せるぞ~!」と意気込んで錆兵狩りを開始した。
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